39.王様に会いました
食べ物の恨みは怖いって言いますけど、トイレの恨みも怖いっすよ?
はい、もじもじしながら内股で、復讐を誓ったアーサー君です。
俺を強引にどかせた野郎は、よく見れば俺と同じぐらいの背格好で年も同じぐらいでしょうか?
なんか鼻歌混じりに、気持よく用を足していますよ。
俺は少々意識を乱されそうになるのを我慢しながら指先から、細く見えないように魔力を飛ばします。
先端だけに水魔法を発現させると、便器に触れているガキの放物線を、下から凍らせてやりました。
よし、先端と便器まで全部凍りました!
「なんだ!どうなってるんだこれっ! 誰か助けろ!」
なんだか騒がしいやつですが、今の俺にそんな余裕はありません。
後ろにある大きい方の個室で何とか無事に放出を完了しまして、ようやく一息つきました。
あっ、なんだかまだ、冬場の小便小僧みたいなのが便器と一体になったまま、ギャーギャー騒いでますね。
いい気味です。
俺は何食わぬ不思議そうな顔をして、後ろから小僧の窮状を確認します。
「うわ、ちっさ……」
あっ、ごめん。思わず声に出しちゃった!
まあ、そのうち溶けて動けるようになるでしょう。
「ぶっ、無礼な!貴様何者だ!」
俺はその小便小僧には構わず、もときた道を引き返していきました。
あースッキリした!
はてさて部屋に戻ると、程なくして世話役の方が迎えに来て、控室から謁見の間に呼ばれれます。
と言っても、謁見の間の横にある小部屋でして、ここで呼ばれてから接見の間に入るみたいですね。
てっきり謁見の間で王様が入ってくるのを待つのかと思ったら、逆みたいです。
なんでも謁見は一日に何人もいるらしく、ベルトコンベア式に右から左に流れ作業みたいです。
うん、王様って忙しいんですね。
「セルウィン子爵殿、お入り下さい」
儀典官のような人が、小さく声をかけてくれまして、父様を先頭にして謁見の間に入ります。
うぉ、なんだか左右に人が並んで、何段か高くなった玉座に王が、どっしりと腰掛けていますよ。
なんだかすごくファンタジーチックな光景ですね!
中程まで進んでから片膝を着いて、臣下の礼をとります。
この辺の儀礼はエリーナさんに仕込まれてますので、問題なくこなせますよ。
チョット油断すると、細い木の枝でピシリとやられるんですよ!そりゃ嫌でも覚えます。英才教育って怖いですね!
「陛下に於かれましては、ご健勝のこととお喜び申し上げます」
「うむ、久しいな。面をあげよ。色々と聞きたいこともあるゆえ、早速本題に入ろう。
セルウィン子爵よ。此度の領内経営の改善と、王家への鉄の献上と誠に大儀である」
そうして細々とした功績や報奨の内容が読み上げられて、つつがなく式典が終了しました。
うん、長ったらしいというか、めんどくさいですね。儀式って……
その間ずっと片膝ですから、チョット体勢的に厳しいですね。
「さて、ここからは私的な内容だが、よくぞあれだけ領内を立て直せたな。
正直領地替えか、執政官を送ろうかと心配していた所だ」
「はっ、ご心配をおかけいたしました。幸いにして鉄鉱山が発見され、持ち直しました」
「ふむ、それだけではなかろう。農業政策の大胆な革命、新しい剣の開発に家畜の活用と目覚ましい活躍であるな。
そなた一人で考えて、実行に移したとすれば近年稀に見る才だが、本当に卿がこれを考えたのか?」
あら、このおっさんさすが王様というべきか、情報力とか半端ないっすね。
一応領内での、もろもろの改革は父様の発案としているけど、あからさま過ぎたかしらねぇ?
「いえ、私は非才の身であり、領内からあまねく声を拾い、皆で知恵を絞った結果です」
おお!父様なんという模範解答。さすがダテに年は食ってませんね。
「ふむ、なるほどな―― まあよい。今後も励むが良い。
ところで話は変わるが、奥方のディアナ殿も近年新しい魔法の開発を行い表彰を受けたと聞くが?」
「はい、偶然の産物ではありましたが、幸運にも新たな理にたどり着きました」
数歩離れてかしこまっていたディアナ母様が、静かに頭を下げながら、しれっとそう言ってのけます。
この人も肝が太いというか、物おじしない性格だよなぁ。
「ふむ、確かそなたはハワーズ家の……」
「今は、セルウィン家の人間ですわ」
すこしかぶせ気味に母様が言葉を続けます。
何でしょうか? これ以上続けたら、王様が倉庫に連れ込まれる未来しか思い浮かびません。
「なるほど、ならばこれ以上は何も言うまい」
そう言った王様が、ふと俺の方に顔を向けました。
「そして、そなた達の一粒種の…… アーサーか」
あっ、この人いまチラッと視線落としてカンペ見ましたよ!
そりゃ謁見するのは初めてですけど、なんかムカつきます!
「ご拝謁にあずかり、恐縮にございます。セルウィン家が長子、アーサーにございます」
そう言って再び一礼しますと、「ほぅ」といった小さな溜息をこぼして、王様が目を細めました。
あれ?なにか口上とか間違えました?
「なかなか、その年でしっかりしているな。トリプルだと聞くが、母ゆずりであろうな。
それに幼き頃から武に優れ、黒焔狼を討ったとも聞く。なかなかに将来が楽しみであるな?チェスターよ」
「もったいなきお言葉」
「愚凡非才ながら、今後も王家への変わらぬ忠誠を奉上させていただく所存です」
親子揃って頭を下げると、周囲からヒソヒソとざわめく声がします。
耳を澄ませてみれば、「あんな子供が?」とか、「下駄を履かせ過ぎだ」なんて声も聞こえてきます。
まあ、貴族社会では領主の息子に箔をつける目的で、お守りつき魔物を狩らせたりするらしいので、そんな感じに受け止められているんだと思います
いやこっちは、死にそうな目にあってるんだからね?
「聞けばアーサーは8歳と聞く。ミレイアと同い年か。あのおてんばにその落ち着きを分けてほしいわ!」
そう言って王様が高らかに笑い、オチがついたのか後ろに下がることになりました。
イマイチ貴族とか王族の人達の、笑いのツボがわかりませんね。
まあ、とりあえず肩のこる謁見が終わりまして、元の控室で一息ついています。
特に何かしたわけじゃないんですが、気疲れでしょうね。なんだか、ダルいです。
父様も襟元をゆるめて、大きく息を吐きだしています。
会社で言えば、大企業の課長・係長クラスがいきなり社長に面会するようなもんでしょうからね。
一方母様はといえば、優雅にお茶すすってます。うん、この人はほんとブレないよな~。
とりあえずは、緊張するイベントも終わりましたし、あとは馬車の用意ができれば帰るだけです。
っと、その前にもう一回タンクをカラにしてきましょうかね。
なんか前回は微妙に落ち着いて用を足せませんでしたから……
そうして席を立った俺は、何とか場所を覚えていたトイレに直行します。
無論、同じ過ちは繰り返しませんよ!
入室前に左右を確認して、それから中に入って扉をロックします。
うん、最初からこうしていれば、さっきみたいなガキに邪魔されたりもしないんですよね。
急いでて気が回りませんでしたよ。
そして無事に邪魔されることなく放水が終わって、控えの間に戻る途中。
なにやら曲がり角のむこうで、なんか騒がしい声が聞こえてきます。
「……だから、なぜ……」
「……っさい! キモいから……」
なんでしょうか?
角を曲がると、2人の子供がなんか騒いでます。
まったく、ここは王宮内だぞ。託児所じゃないんだから、静かにしろよな。
自分も8歳なのを棚に上げて、そんな騒ぎを横目に通りすぎようと思ったら、何やら聞き捨てならないセリフが飛び出しましたよ。
「邪魔するんじゃないわよ!私はアーサーとか言う子に勝負を申し込むんだから、弱虫なんかにかまってられないの!」
「何を言っているんですか!せっかく婚約が決まったんですから、今のうちに互いを知ろうと……」
「うっさい、私との勝負を逃げるようなヘタレなやつ、婚約者でも何でもないんだから!」
俺は自分の名前が出たことで、思わず足を止めて2人の様子を見ていましたが、男の子のほうが俺に気づいたみたいです。
「あっ!さっきのヤツ!貴様、俺に何をしたのか、わかってるのか!」
おやおや、どこかで見たことがあると思ったら、先程のちっさい小便小僧くんじゃないですか。
って、いま会話の中で婚約者とかなんか言ってましたよね?
見たところ同い年ぐらいですが、その歳で婚約者とか、うらやまけしからん!
「ああ、さっきの順番守れない小便小僧くん。そんなに怒ってどうしたの?」
頭の中で、『リア充爆発しろ』って言葉がリフレインしてますので、思わず口をついてそんな言葉が出ました。
「小便小僧?」
俺と小便小僧の会話に興味を持ったのか、女の子の方がこちらに視線を向けてきました。
見れば、小さな騎士服を着てますが金髪縦巻きロールで、整った顔立ちの美人さんですね。
でもなんだか性格キツそうで、俺のストライクゾーンからは若干外れますな。
「いえ、ミレイア様なんでもないんです!」
おお、小便小僧くんがなんだか慌ててますね。
そりゃ放物線凍らされて便器と仲良しなんて、婚約者には口が裂けても言えませんよね。プププ。
「それよりも貴方、セルウィン家の控えの間はどこだか判るかしら?」
縦巻きロールちゃんが、会話の流れぶった切ってこちらに訪ねてきます。
「えーっと、どんな用件かは判りませんが、ウチの家になにか御用ですか?」
まあ、さっきの会話の流れからして俺に用件があるのは判ってますが、とりあえず聞いてみました。
「えっ?セルウィン家の人間で同い年って事は…… 貴方がアーサー?」
なにか訝しむような顔してますが、尋ねられたので応えないといけませんね。
「はい。僕がアーサーですけど、なにか御用ですか?」
そう言うと、縦巻きロールちゃんは俺を頭のてっぺんからつま先までしげしげと眺めまして……
「貴方!私と勝負なさいっ!」
ズビシッ!っと、効果音が出そうなほどドヤ顔で俺を指さしまして、そうのたまいました。
「……はっ?」
ごめん、素で聞き返しちゃった。




