34.めでたく5歳になりました!
うん、社畜に戻った気がするアーサー君 5歳です。
いやはや、あれから色々ありまして、気づいたらもう5歳ですよ。
それでなんでまた社畜気分を味わっていたかといえば、あれから領内の仕事を一気に進めたんですね。
そのおかげで、目が回るくらい忙しくて大変でしたよ。
下手に回復魔法があると、倒れるのもダメとか鬼ですよね。
特に決済マシーンと化した父様は、一気に老けた感じです。
いつだったか、「おい、剣ダコが消えて、ペンだこが!」 とか叫んでましたね。
最近になってようやく落ち着いてきたので、騎士団のみんなと一緒にストレス解消も兼ねて、魔物狩りに出たりしています。
そのおかげで若さを取り戻したのか、両親とも最近お盛んです。
こりゃ、弟か妹が生まれるのも、そう遠くないでしょうね。
母様はといえば、父様に愛のムチをかける以外にも、色々と動いておりまして……
例えば俺が作っちゃった魔法の『一部』を、母様が開発したことにして論文発表し、魔法ギルドから表彰されたりしてます。
それで領内に魔法使いを呼び込んで、増えつつあった魔法の需要を満たす事に成功していました。
なんでも俺の『特異性』を隠すためには、実害のない程度に公表するのがいいと、判断したらしいですね。
まあ、俺の魔法も昔よりは随分と進歩しましたので、問題ありませんけどね。
さてここで、俺が取り組んだ内政について、少し触れておこうと思います。
まず黒焔狼の素材売却益で、家畜を買い込んで領主館のすぐ近くに牧場を建設したんです。
幸いにしてムダに広い敷地がありましたので、そこを使用させてもらい、家畜を飼っていた農村から数人雇って運営しております。
1年目は数を増やす事に注力して、そこから出た糞を堆肥化して、周囲の農村に無償譲渡したんですね。
堆肥を作るには適度に撹拌して、空気に触れさせなきゃいけないんですが、そこは魔法バンザイ。
細い管に風魔法を送り込んで、空気を循環させる手法で、バッチリ成功しました。
今では家畜数も増えてきましたので、領主の財産として領内の数カ所に、同じような牧場を増やす予定です。
これで余裕のない農村部に、労働力としての家畜を貸出できる体制を整えるつもりですね。
農村部にいくらか余裕が出れば、割引価格で家畜が買えるように布告も出しています。
おかげで昨年の年貢は、だいぶ持ち直してきてます。
領都周辺の農村では、部分的に四輪農法を取り入れさせて、飼料の増産も始めていますよ。
主に大豆なんかの豆類も植えさせて、年貢の対象から外し農家の備蓄に回してますので、冬場の食糧危機もだいぶ少なくなりました。
それに大豆からは油を絞らせてますので、これが農家の貴重な現金収入になってるようです。
この油については、もうちょっと他にも使い道があるのですが、それはもう少し後ですね。
畜産も安定してきたら将来的には、乳製品とかハムとかソーセージと、夢は膨らみます!
もう一つの動きは、領都のすぐ北にある漁村に、塩田を作らせたんですよ。
奄美だったか、小笠原の塩作りの手法を、記憶の泉で引っ張りだしまして、良質の塩が低価格で領内に流通するようになりました。
燃料に使う木は、大森林の付近でたくさんとれますので、そちらでも雇用が生み出せました。
これまでは内陸から岩塩を購入していたので、それだけでもかなりの節約だったのですが、色々と組み合わせて作らせています。
例えば塩が安価に手に入るので、魚の干物や牧場から肉を出して干し肉を作らせたり、試験的に魚醤も試していますね。
もっとも、魚醤の方はニオイのせいで、周囲からはえらく不評ですが……
ちくしょう、ナンプラーとか美味しいじゃん!
豆類は作ってますので、近いうちにみそしょうゆに着手しようかと思ってるんですが、なかなかそこまで手が回らないのですよ。
まあ、塩の他にも漁村で出た燃料の灰を使って、石鹸を作っています。
これは衛生環境の改善が目的で、出生率や流行病の予防に一役買ってくれると思います。
油の質がもう少し良くなれば、領外向けの製品としても売れると思いますが、それはもう少し改良してからですね。
そういえば、例の鉄鉱脈ですがかなり規模が大きくなりまして、今ではあの農村はすっかり鉱山の町になっています。
初期投資は俺の資金から出したのですが、今年中には返済されるみたいですね。
かなり質のいい鉄が産出されるらしく、エルモさんの他にも数人のドワーフさんが移り住んできましたよ。
それが相乗効果を産んだのか、例の割り込み鍛造で作る武器は、王国内でもかなりの評判になっています。
おかげで「武器といえばセルウィン領」と言われるぐらいに、最近評判になっています。
あの武器屋のおっちゃんは、なかなかに商売上手だったらしく、王家の騎士団長に剣を献上して、そこから火がついたみたいですね。
今では他領の騎士団から、まとまった量の注文や特注が入るらしく、かなり規模が大きくなってきました。
他の領の武器屋でも真似するところが出てきたのですが、いち早くセルウィン領の武器をブランド化したので、安定して注文が来ています。
こんな感じで領内の経済が活発になれば、当然人の出入りも増えるわけで、領都の『町』はすぐに『街』へと変わり、今も活発に拡張が続いています。
えっ?あんまり急激に発展すると、治安が悪くならないかって?
やだなー、ダリルさんがいればそんな事になる訳ないじゃないですかー!
嬉々として犯罪者を狩りに行ってますよ。ええ、嬉々として……
はてさて、そんな感じで着々と発展しているセルウィン領なのですが、今アーサー君が何をしているかといえば……
「おーい、坊っちゃん!こっちも頼むわ」
「は~い、今行きま~す!」
絶賛、開墾作業中です!
呼ばれて行ってみれば、なるほど5歳になってけっこう伸びたアーサー君の身長を、余裕で超すようなでかい岩が鎮座しています。
「おお、こりゃ大物ですね~」
大岩を前にして腕組みをしている開墾作業の親方が、俺の言葉を聞いて一瞬だけ、不安そうな顔をします。
「やっぱり、いくら坊っちゃんでもこれだけの大きさじゃ、無理かねぇ?」
ですが成長した俺には、この程度の岩は、障害にもならんのですよ!
にっこり笑って、後ろの方に下がってくれと親方に伝え、俺は魔力を練り始めます。
指先に込めた魔力は水魔法で、極限まで細くした水流を岩に撃ち込んで小さな穴を開けていきます。
その穴に同じく風魔法を送り込んで、岩の内部で少しづつ膨張させていきましょう。
すると、送り込まれた空気がどんどん岩を圧迫して、ついにバキバキと音を立てて割れました。
「ほえ~、坊っちゃんの魔法はほんとにすげぇなぁ……」
親方と一緒に見ていた作業員が、ぽかんと口を開けて大岩の解体を見てそうつぶやいていますね。
いや~、それほどでも~!
どうして俺が開墾に駆り出されているかといえば、前述のとおり四輪農法を『部分的』に実施しているからなんですが。
区割とか水路やら地形の関係で、効率の良くない小さい畑では、作付面積の減少がヤバイのですよ。
なにせ平坦な部分に畑をこしらえて、地形はそのままって場合が多いので、いかんせん非効率になってしまうのです。
そのために、家畜の貸し出して手の空いた農民を、開墾要員として借り受けて、畑を広げたり新規に開墾しているのですね。
これが終わってから、四輪農法を行ってもらう講習会を開き、徐々に作付していくんです。
一気に普及させて一気に成果が出れば楽なんですけどね。長いスパンで物事を見る必要もあるのですよ。領地経営では。
「大変だ!魔物が出たぞーっ!!」
おや?どうやら木を切っている方で、魔物が出たみたいですね。
一応、冒険者の人達にも依頼を出しまして、一定数の護衛はつけていますが、魔物相手では何があるかわかりませんから、行ってみましょう。
魔力強化をかけて、素早く移動を開始します。
開墾作業の最前線である森の木を切り出すあたりで、剣戟の音が響いています。
ありゃ、あれはちょっと不味いかな……
見るとコボルト数体と冒険者さん達が戦ってますが、こりゃやばいっすね。
コボルトがいるって事は……
あっ、やっぱりオーガも出てきましたね。
今日の冒険者さん達は、Dランクですから、Cランクのオーガ込みだとちょい厳しそうですな。
「そのままコボルト達を抑えろ!オーガは僕がやるっ!」
魔力強化で冒険者さん達を追い越しざまに、そう叫んで左手を脇差しに添えます。
だいぶ成長したので、脇差しもそれほど大きくは感じませんね。
軽く脇差しに魔力を込めて、2メートル以上あるオーガの巨体に向けて跳躍します。
突然走りこんできた俺を見つけたオーガは、迎え討とうとこん棒を振り上げますが、ハッキリ言って遅いっす。
オーガの目線の高さまで跳んだ俺は、空中で横薙ぎに脇差しを一閃させました。
そのまま一瞬だけオーガの胸元に足先を触れさせて方向を変えた俺は、オーガに背を向けて追い越してきた冒険者さん達に向き直ります。
「坊っちゃん! 危ない―― 逃げてっ!!!」
おお、ビキニアーマーというステキ装備を身につけた女戦士さんが、俺を気遣って声を張り上げてくれます。
ですがコボルトの剣を、自分の剣で受け止めて噛みつきをギリギリで避けている女戦士さんは、こちらに駆け寄ろうとしますが、それができません。
でもそんなに慌てなくても、いいのよ?
だって、もうオーガ終わりましたから。
女戦士さんに駆け寄って、コボルトの脚の腱を切り裂けば体格で勝る女戦士さんは、それだけでピンチから抜け出せました。
おふぅ、コボルトの腹がバッサリ割られてちょいグロですね。
「アンタ!なにオーガをほったらかしてこっち来てるんだよ!」
ああ、残念。女戦士さんはまだ状況が飲み込めてないようですね。
「オーガなら、もう始末したよ?」
そう言ってちょっとだけ後ろを示すと、ようやく状況が飲み込めたみたいです。
ズルリとオーガの首と振り上げた腕が根本から、ズレ始めてドスッと鈍い音を立てて落下しました。
女戦士さんの目が点になって、一呼吸置いてからあのデカイ体がドスンと倒れます。
「それじゃ、剥ぎ取りよろしくお願いしますね!」
俺は残りのコボルトを始末してから、冒険者さん達にやさしく声をかけます。
なんだか、皆さん真っ白に燃え尽きてますけど、最近はこのリアクションにも、もう慣れました。
まあ、日頃からリアル・オーガみたいなダリルさんと稽古してれば…… ねぇ……
そんなこんなで、アーサー君は最近、すごく忙しくしております!はい。




