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最終話 皇帝の心を預かる唯一の妃

「ジェスレーン様! 指名してくださってありがとうございます! 私、アリシャ様のかわりに頑張りますね!」

「何を言っている? 参列者の指名をしたのは確認したいことがあっただけだ」


 これまでの動きで背後に誰もついていないことがハッキリと分かった。イメラ王国では傀儡として操る価値もないと判断されたのだろう。 


「あっ、そうだ! アリシャ様はハーレムで問題を起こしたから追い出されるんですよね? 第1王子の婚約者としてお詫びしたいと思っていたんです」


 逆ハーレムを作り上げるまではシナリオ通りに事を進めて上手くいったのかもしれない。そして今、悪役令嬢の『アリシャ』が二度目の断罪を迎えてセーリオ帝国から追い出されようとしていると思い込んでいるのだろう。この場所が本当にゲームの中だと信じている様子に恐怖すら覚える。


「アリシャは私の寵妃だぞ。追い出すわけがないだろう」


「えっ」

「えっ」


 イレーネ嬢とセラス殿下の声が綺麗に重なった。


「い、いや、しかし先ほどの発表ではアリシャが……」

「私の寵妃を呼び捨てにするとは良い度胸をしているな。イメラ王国は開戦がお望みか?」

「も、申し訳ありません! アリシャ、様が城に残ると発表があったので……」


 ジェスレーン様、その気持ちは嬉しいですが開戦は止めてください。あとイレーネ嬢が凄い顔で睨みつけてくる……


「寵妃は皇帝の心を預かる唯一の妃。皇帝のプライベートな部分をわざわざ発表する必要は無いのよ、お馬鹿さん」


 エディリアーナ様の言葉にソニア様がクスクスと笑っている。その成長した姿に胸がジーンとした。


「ジェスレーン様はアリシャ様の本性を知らないのです! 学園で私を虐めていたんですよ! それを理由に婚約破棄されて、そのせいで妻に選ばれたんです!」


 王子の婚約者とは思えない程のクソデカボイスで叫んでくれたものだから招待客が何事かとこちらに注目している。音楽もピタリと止んでしまった。


「何か勘違いしているようだがアリシャが帝国に嫁ぐことは随分前に決まっていたぞ」

「えっ」


 驚きの声を上げたのはセラス殿下だった。


「王家には結婚適齢期の女性が居りませんでした。ですからセラス殿下との婚約を解消して上級貴族の娘だった私がジェスレーン様の妻になるという事は事前に決まっていたのですよ」


 知らされていなかったのですね、とうっかり追い打ちをかけてしまった。

 先に婚約解消をしてしまえばセラス殿下がますますイレーネ嬢にのめり込んでいくことは目に見えていた。婚約破棄後に説明がされたと思っていたけれど、どうやら知らされないままだったらしい。


「それで、アリシャの本性とは? どういうことなの?」


 大事なことを伝えられていなかったことがショックだったのかセラス殿下は黙り込んでしまった。エディリアーナ様がそれはもう楽しそうな表情でイレーネ嬢に話しかけている。

 それを自分へのアシストだと受け取ったのだろう、イレーネ嬢は嬉々として自分の身に起きたことを語りだした。


「学園では身分に関係なく平等であるべきという校訓がありました! 私はいろんな人と仲良くなりたかっただけなのに、アリシャ様に暴言を吐かれたのですっ!」

「暴言? それは可哀相に……具体的にどのような事を言われたのかしら?」


 エディリアーナ様の獲物を見るような眼差し……怖いのに美しすぎて視線を逸らすことができない。


「婚約者のいる男性に気安く声をかけるなとか、異性の身体に触るなとか触らせるなとか、身分が上の者から声をかけるのが常識とか、セラス殿下に声をかけるなとか、たくさん言われました!」


 その酷い内容に招待客がザワザワと騒ぎ出した。

 身分に関係なく平等であるべきというのは形骸化した建前だ。学園は社交界の縮図であるため最低限の社交マナーを守るのは当たり前のことだった。


 可愛らしい、初々しい、天真爛漫、これまでに出会ったことのない、淑女とはかけ離れた様子の少女に堕ちてしまう男子生徒は少なくなかった。イレーネ嬢が吐いた「アリシャ様に虐められた」という嘘は尾ひれはひれがついた状態であっという間に広まっていき、セーリオ帝国に嫁ぐための勉強で忙しくしていた私が噂を放置していたこともあって最終的には婚約破棄となった。


これ(・・)がイメラ王国の王妃候補ですって? ……あまりの酷さに反吐が出るわ」

「エディリアーナ様、お言葉が乱れておりますよ」

「いやだわアリシャ、この場に居る全員の心の声を代弁したまでよ」


 エディリアーナ様はイレーネ嬢に向けていた冷たい表情を消して私に笑いかけてくれた。


「えっ、えっと、アリシャ様は本当に意地悪で……」

「そのうるさい口を閉じて今すぐ黙りなさい。それ以上口を開いたら許さないわよ」


 これまで黙って様子を見ていたジェスレーン様がそっと私の腰に手を伸ばして抱き寄せてくれた。


「アリシャは私の寵愛を受けるただ一人の女性だ。これ以上、私のアリシャを侮辱するな」

「嘘よ! だって『アリシャ』は『セラス』のことが好きなんだから! だから私に嫉妬して虐めてきたんでしょ!」


 ここまでくるといっそ哀れに思えてくる。

 『アリシャ』は『セラス』のことが好き、というのはゲームの設定なのだろう。しかし、現実の私はそうではなかった。


「イレーネ嬢、よく聞いて。私と殿下は生まれた時から婚約が決まっていたの。私は生まれながらに王妃となることが決まっていたからセラス殿下を好きだと思ったことは一度もないわ」

「えっ」


 驚きの声を上げたのはセラス殿下だった。今は構っている時間が勿体ないので無視することにする。


「問題さえ起きなければ王位継承権1位のセラス殿下が国王になるはずだったのよ。だからこそ殿下の周囲で異性とのトラブルばかり起こしている貴女を排除する必要があった」


 イレーネ嬢だけではなくセラス殿下にも注意をしたけれど……話を聞くどころか私の存在を障害に見立てて燃え上がっているように見えた。セーリオ帝国との平和協定の話が出た頃にはセラス殿下が国王になることは無理だと判断して注意するのを止めたのだ。ここで虐めの噂を放置しなければ婚約破棄まではされなかったかもしれない。


「セーリオ帝国でジェスレーン様の妻として過ごすうちに、愛すること、愛されることの喜びを初めて知ったの。私の心の中にいるのはただひとり、セーリオ帝国の皇帝陛下、ジェスレーン様だけよ」

「ふざけないで! 悪役令嬢なら悪役令嬢の役割をちゃんとやってよ! なんで『アリシャ』が私の邪魔するのよ! 私のほうがあんたの何倍もジェスレーン様のことっ……」


 イレーネ嬢が叫んだ瞬間、私の隣にいたはずのジェスレーン様が腰に帯刀していた剣を抜いてイレーネ嬢の目の前に突きつけていた。


「名前を呼ぶことを許可した覚えはない。それに、アリシャのことを侮辱するなと言ったはずだ」

「イレーネ! 皇帝陛下、も、申し訳ありませんでした! どうかお許しください……!」


 先に動いたのはセラス殿下だった。イレーネ嬢の腕を摑んで必死に謝罪の言葉を述べている。


「祝いの場であるから今は目を瞑る。早急に帰国せよ」

「セラス殿下」

「アリシャ、様……何でしょうか」


「あなたが婚約破棄をしてまで選んだ女性と共に他国の祝いの場で問題を起こしたことは多くの人が目撃しました。王位継承権は剝奪されるでしょう」


 セラス殿下はお馬鹿なところがあって頼りない男性だったけれど王家の人間だ。自分の立場は理解しているだろう。


「それと、二度目の婚約破棄が認められることもないでしょう。責任をもってイレーネ嬢の監督をしてください」


 帰国したら臣籍降下されるだろうから脳内花畑嬢を野放しにするなよと暗に告げてみると「分かりました」と返事があり、呆然としているイレーネ嬢をセラス殿下が引っ張るようにして退場していった。


「余興としてはいまいちだったな。皆、引き続きパーティーを楽しんでくれ」


 ジェスレーン様の一言で止まっていた音楽が再開され、招待客がダンスを踊り始めた。


「エディリアーナ様のお披露目パーティーでしたのに、めちゃくちゃにされてしまいましたね……」

「あら? 私は楽しかったわよ?」

「私も最初は腸が煮えくり返る思いをしましたが最後は胸がスーッと致しました」


 エディリアーナ様とソニアが笑ってくれたおかげで私も気持ちが軽くなった。


「アリシャ」


 ジェスレーン様に名前を呼ばれて振り返ると、右手を差し出された。


「踊ってくれるか?」


 エディリアーナ様に視線を向けると満足げにコクリと頷かれたので、差し出された大きな手に自分の手を重ねた。


「えぇ、喜んで」


 従者に剣を預けたようで身軽になったジェスレーン様と手を繋いでダンスホールに足を進めると自然に人垣が割れていき、十分なスペースが確保できた。


「ジェスレーン様、私のために怒ってくださってありがとう存じます」

「当然だ。あれでも抑えたくらいだぞ? アリシャが『エディリアーナ様のための祝いの場なのに』と気にするだろうと思ったのだ」

「お気遣いいただき嬉しいですわ」


 軽快なリズムに合わせてステップを踏む。

 ジェスレーン様と視線を合わせて微笑みあうだけで幸せな気持ちになれた。


「ねぇ、ジェスレーン様」

「どうした?」

「私を選んでくれて、ありがとう」


 これは素直な気持ちで、心から伝えたい言葉だから、飾ることはしなかった。


「私、ジェスレーン様が大好き」


 満面の笑みで告白するとジェスレーン様の動きがピタリと止まってしまう。


「ジェスレーン様? ……きゃあああっ!」


 急に抱き上げられたことで悲鳴を上げてしまい、招待客の注目の的になった。お姫様抱っこが憧れだと伝えたことはあったけど、今じゃない、今じゃないんですよ!


「ジェスレーン様! なにをしているのですか! アリシャが困っているでしょう!」

「アリシャ様っ、大丈夫ですか?」

「エディリアーナさま、ソニア……!」


 救世主であるエディリアーナ様とソニアが駆けつけてくれたけどジェスレーン様が私を下ろしてくれる様子はない。


「愛が溢れる気持ちは分かりますけれど! 今日の主役は私でしてよ! 私のアリシャを離してくださいな!」

「エディリアーナ、すぐに戻るから」

「嘘ですわ! 私には分かります!」


 招待客の視線をものともせず、言い争いをしている二人の姿に思わず笑ってしまう。


「アリシャ?」

「アリシャ? どうしたの?」


「大切な人たちに囲まれて、幸せだなぁと思ったのです」



 あの日、突然に前世を思い出した。

 気が付いたら、婚約破棄されていた。

 気が付いたら、結婚が決まっていた。

 結婚相手はハーレムを持っていた。

 私は10番目の妻だった。


 その私が、今では大好きな人の寵妃となっている。


 最初に思い描いていた読書三昧の人妻ライフとは少し違っているけれど、大好きな人たちが傍にいてくれるからどんな事でも乗り越えていけそうな気がする。


「みんな、大好きです!」


 大好きな人たちと共に生きて、一つひとつの瞬間を大切にして生きていこう。

 これからも続いていく、幸せな未来へと向かって――




完結までお付き合い頂きありがとうございました。

評価を頂けるととても嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
最終的にアリシャがハーレム状態! ソニアの変身(笑)ぶりには吃驚です。ここまで変わるとは…… 最後まで楽しく読ませて頂きました。
こういうオチって面白いし、悪くないですね。 環境が違うからとそれを拒まずに快適な環境を求めて行動するのは悪いことではないし、一夫一婦制も環境が整っているからこその制度なので、そうではない制度にならざる…
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