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8 正妃のお披露目パーティー

 エディリアーナ様が正妃に、私が寵妃に内定したのと同時にハーレムの解体が決定した。

 国内の貴族や他国の要人を招いて正妃をお披露目するパーティーが行われる予定なのだが、そこでハーレムの解体も発表されることになる。


 ジェスレーン様の妻たちには一人ずつカウンセリングの時間が与えられ、本人の希望を最優先にして今後の行き先を決めることになった。第2夫人のユーリエ様はエディリアーナ様の信奉者なので、本人の強い希望によりエディリアーナ様付きの侍女となることが決定した。


 第3夫人から第5夫人は帝国内の上級貴族から嫁いできた女性たちだ。それぞれの実家に戻って有力貴族の子息と新たな婚約を結ぶこととなった。


 平和協定のために人質として嫁いできた第6夫人から第8夫人は全員がセーリオ帝国に留まることを希望した。小国は男尊女卑の傾向が強いため、セーリオ帝国で丁重に扱われたことが大変に嬉しかったようだ。それぞれの母国と結んだ平和協定の契約を変更し、先の戦争で武勲を挙げた者に下賜されることが決定した。もともと上級貴族の娘や王女だった女性たちなので必要な教養は備えている。きっと上手くやっていけるだろう。


 第9夫人のソニア様は私の下で働きたいという強い強い希望があったのでひとまず侍女兼秘書という形に落ち着いた。前世の記憶を思い出したことまでは話せなかったけれど、イメラ王国で婚約破棄をされた経緯は詳しく説明してある。

 ソニア様はこれから私の下で働いてくれるのだから、話をスムーズにするためにも前世のことを早いうちに伝えておきたいと考えている。





「あら? イメラ王国は第1王子と婚約者のイレーネ嬢が参加されるのですか? 第2王子とその婚約者ではなく?」


 エディリアーナ様とジェスレーン様の3人で招待客リストの最終確認をしていたところ、嫌な情報を見つけてしまった。あの脳内花畑のイレーネ嬢とセラス殿下の婚約が内定したことにも驚いたけど、問題児を帝国に呼び寄せて大丈夫なのだろうか。不安しかない。


「背後に誰か付いていないかの最終確認だな。密偵に調べさせたところ、あの娘の王妃教育は思うように進んでおらぬようだ」

「そうでしょうね……学園でも勉強はそっちのけで上級貴族の子息と戯れておりましたから」


 あの日、イレーネ嬢は『ジェスレーン様は逆ハールートでしか登場しないから全員の好感度を下げないように調整した』と言っていた。今もジェスレーン様の正妃を狙っているに違いない。絶対に、絶対に何らかのトラブルを起こすはずだ。


「エディリアーナ様の正妃としてのお披露目パーティーを台無しにされたくありません。今からでも変更しませんか?」

「あの娘は私を狙っているのであろう? アリシャが寵妃に選ばれたと知ったときどのような顔をするか見てみたいではないか。良い余興になる」

「まぁ、悪い人ねぇ」


 こっわ……

 怖いよ、この二人……

 あと、ジェスレーン様が言っていた『余興』ってこの事だったのね。サプライズ企画とかじゃなくて良かった……


「この娘は嘘の情報でアリシャの名誉を汚したのでしょう? 罪には罰が必要よ」

「婚約破棄とは関係なくアリシャが私の妻になることは事前に決まっていたのだぞ。余計なことをしてアリシャの名前を汚した罪は重い」


 強火アリシャ担が爆誕した。


 二人が楽しそうにしているから放っておくことにしようと思う。

 ちなみに、好きで好きで堪らないという熱狂的な感情を表す『強火』と、特定の人を担当するという『担』を組み合わせた『強火担』という単語が前世には存在していた。まさかそれが自分に使われるなんて思ってもみなかった……




――正妃のお披露目パーティー当日


 ジェスレーン様の妻たちが先に入場し、玉座よりも低い位置に設置された雛壇にエディリアーナ様を除く妻たち全員が整列した。


 そして玉座にはジェスレーン様が座り、その隣にエディリアーナ様が並ぶと会場全体が盛大な拍手に包まれる。


 会場を見回してみるとイレーネ嬢とセラス殿下を発見した。ジェスレーン様から教えてもらった情報によると数日前に到着した彼らはお忍びで街に繰り出してデートを楽しんでいたらしい。ジェスレーン様狙いのくせに他の男とちゃっかり楽しんでんじゃねーよ……あっいけない、久しぶりに言葉が乱れたわ。


「エディリアーナの手によって様々な開発が行われ、帝国を豊かにしてくれていることは皆も記憶に新しいだろう」


 ここで招待客のほとんどが「おや?」という顔をして私の方を見た。しっかりと情報収集ができている貴族ならばエディリアーナ様の開発に私の知識が提供されている事を摑んでいるからだ。

 これはたぶん、セラス殿下とイレーネ嬢への嫌がらせに違いない。あえて私のことを黙っていて後から盛大に『寵妃』となった事実を突きつける予定なのだろう。


「これまでの功績を鑑みてセーリオ帝国の正妃はエディリアーナに決定した。これより二人手を取り合ってセーリオ帝国の未来を共に築いていくことを約束する」


 ジェスレーン様の言葉に割れんばかりの歓声と拍手が贈られた。大広間は正妃誕生の喜びで満たされ、誰もが笑顔を浮かべている。


「既に耳にしている者も居るであろう。私のハーレムは解体し、妻たちは本人の希望を最優先にしてそれぞれの未来を歩むことになる。第2夫人ユーリエはエディリアーナの侍女となった」


 ジェスレーン様の紹介で全員のその後が発表されていく。第2夫人ユーリエ様と第9夫人ソニア様以外は既に婚約者が決まっているため、迎えに来てくれたお相手にエスコートをされながら雛壇を降りて行った。


「第9夫人ソニア、第10夫人アリシャはこのまま城に残ることになる。私の妻として務めを果たしてくれた彼女らに盛大な拍手を」


 たくさんの拍手に背中を押されるようにしてそれぞれの場所でジェスレーン様の妻だった者たちが美しい礼を披露した。

 そのあとはジェスレーン様とエディリアーナ様のファーストダンスが行われ、夜会でお馴染みのダンスタイムが始まった。


「アリシャ様、エディリアーナ様のドレスとても素敵でしたね」

「えぇ、煌びやかなドレスが本当に素敵だわ……絵師を呼びたいくらい」


 エディリアーナ様のお腹が目立ってきたのでマタニティドレスをデザインしてみたのだ。軽い素材を選び抜き、締め付けのないデザインで、シルエットが美しくなるよう計算された最高級の一品だ。お針子の皆さんとああでもないこうでもないと議論を重ねてやっと出来上がったドレスは最高の仕上がりだった。


「ソニア様が私の秘書になってくれて良かったわ、本当にありがとうございます」

「そんな、御礼を申し上げたいのは私の方です。アリシャ様のお傍に残ることができて幸せですわ。今後は秘書となりますので私のことはどうか『ソニア』と」

「えぇ。ソニア、これからもよろしくね」


 私の部下になるので態度も改めた。主従としてそうあるべきだし、たぶんソニアはその方が喜ぶような気がした。


「アリシャ様を婚約破棄に追い込んだゴミ共が近づいて参ります。ご注意を」


 嘘でしょう……

 ここにも強火アリシャ担がいたわ……


「アリシャ様お久しぶりです~」

「セラス殿下、久しぶりですね」


 脳内花畑嬢は無視してセラス殿下に声をかけた。今はもう皇帝の寵妃である私の方が立場が上だ。


「フン、イレーネを無視するとは……相変わらず酷い態度だな。そのような振る舞いをしているから追い出されるのだぞ。イメラ王国のために少しは堪えようと思わないのか?」


 私の背後で「ゴミの分際で……私のアリシャ様に……どうしてくれようかしら」と呟いているソニアは置いておいて、いま聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。


「追い出される?」

「ハーレムは解体されるって言ってたじゃないですかぁ。可哀相なアリシャ様、どうしてもって言うならイメラ王国に戻ってきても良いんですよ?」


 ソニアが「闇に葬らないと……!」と呟きだしたので慌てて手を繋いだ。これでしばらくは抑えられるだろう。


「いや、平和協定のために輿入れしたのだからアリシャはセーリオ帝国に居てもらわなければ困る」

「ふふふ、大丈夫ですよ、セラス様。そのために私が来たんですから」


 こ、こいつ……前に言っていた『私が寵愛を受けてセーリオ帝国の正妃になれるはずだったのに……!』を実行しようとしてる? ばかなの?


「私がセーリオ帝国でジェスレーン様の寵妃になって、アリシャ様がイメラ王国でセラス様の妃になれば全て丸く収まるじゃないですか」

「イレーネ、そのようなことを言うのは止めてくれ。私は君を愛しているのだから」

「イメラ王国のためですもの! 私が責任をもって勤めを果たします!」


 かつて私が口にしたセリフを微妙に真似されてイラっとしたけど笑みは絶やさないようにした。淑女なので。

 

「ここ数日は街で遊んでいたのでしょう? 本当に何も気がつかなかったの?」

「どういうことだ?」


 ソニアが私の手をやんわりと離して後方に移動し始めた。イライラが最高潮に達したからエディリアーナ様に告げ口しに行ったのだろう。


「そんなことはどうでもいいです。はやくジェスレーン様を紹介してください!」


 街にはリバーシやトランプで遊ぶ国民がたくさんいたはずだ。ゲームをプレイするだけの専門店がいくつも建っているし、屋台ではフライドポテト、ホットドッグ、ジェラートなどの前世で親しまれていた食べ物があちこちで売られているのを目にしたはずだ。


 ジェスレーン様が迎えにきてくれた日、私が転生者であると勘付いた様子だったのに、なぜ気づかないのか。


 これまで存在しなかったものをこれだけ普及させるのにどれだけの権力が必要だと思っているのか。私の後ろに誰がいるのかを、なぜ気づかないのか。


 貴族であることを隠して街で遊んだなら、私とエディリアーナ様の関係も耳に入ったはずだ。王家の関係者が二人も揃って、いったい何をしていたのだ。


「セラス殿下、何も見えていないあなたは王位継承権を持つ資格がありませんし、彼女は王妃として相応しくありません。ジェスレーン様の視界に入らないうちに帰国しなさい」


 この世に生をうけてからの17年という長い時間、婚約者として共に過ごしたあなたへ、これが最後の慈悲だ。


「何やら面白そうな事をしているようだな」

「アリシャったら、独り占めは駄目じゃない」


 き、きたぁ……! ソニアの動きが速すぎて強火アリシャ担が召喚されるのを防げなかった……


 イレーネ嬢をジェスレーン様に会わせたらトラブルが起きると分かっていたから絶対に会わせたくなかったのに……

 ジェスレーン様もエディリアーナ様も『余興』と言っていたけれど、エディリアーナ様のためのパーティーが台無しにされるのだけは絶対に避けたかったのに……





予定していた8話で収まりませんでした。

次回が最終話となります。

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