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7 正妃と寵妃

――後宮入りしてから半年が経過した。



 ソニア様はトランプのルールブック作成に協力したことを切掛けに少しずつ変わり始めた。

 社交についての勉強を始めたと思ったら、あらゆることを吸収しながら急成長していき、素敵な淑女へと大変身した。また、空き時間に侍女さん達とトランプやリバーシをすることで心の距離も縮まり、お世話をされることにも慣れてきたと笑顔で報告してくれた。


 エディリアーナ様の足場固めに必要な人材だと思ったのでソニア様をエディリアーナ様に紹介してみるとすぐに後宮内での後ろ盾となる約束をしてくれた。あの時のエディリアーナ様は『この子、いいわね』という表情をしていたのでソニア様に少しだけ嫉妬してしまったのは誰にも言えない秘密だ。


 ソニア様という頭脳が加わったおかげでエディリアーナ様が興す事業はどれも成功を収めた。生活が豊かになっていく過程を肌で感じていた帝国民からは「エディリアーナ様こそ正妃に相応しい」という声が聞こえてくるようになった。


 第2夫人のユーリエ様はエディリアーナ様の信奉者なので最初から正妃争いには参加していない。第3から第5夫人はエディリアーナ様のご実家と敵対している派閥から嫁いできた女性たちだったが、エディリアーナ様の圧倒的な存在感に為す術もなく正妃は既に決定したような雰囲気になっている。


 それから、エディリアーナ様が妊娠していることは隠していても少しずつ情報が漏れてしまうようで帝国内の上位貴族からは『夫人が妊娠した』という情報がちらほら聞こえてくるようになった。皇子または皇女のご学友になれるチャンスを逃すつもりはないようだ。これから中級貴族や下級貴族にもその波が広がっていくだろう。近い将来マタニティグッズやベビーグッズが売れまくる予感がして思わず顔がニマニマしてしまい、リィナに注意されたことは言うまでもない。





「ジェスレーン様」

「どうした?」

「私のところにばかりいらっしゃるのはいかがなものかと思うのです」


 女性の身体は繊細なので、どうしても体調不良だったり生理が重なったりして夜のお相手ができない日がある。そういうとき、なぜかジェスレーン様は私の部屋に来るようになってしまった。


「アリシャの近くにいると気が休まるのだから仕方あるまい」


 そういう、ときめくような事をサラッと言わないでほしい。


「それにアリシャの話を聞くのは面白いからな」

「お話はしますが私は絶対に動きませんからね」


 最初はドキドキしたり緊張したりしていたけど、この半年でジェスレーン様とはずいぶんと打ち解けて気安い会話ができるようになった。


「エディリアーナが張り切っているからな。すべて任せておけばアリシャが動く必要は無いだろう」


 帝国に輿入れして2週間が経過したころ、将来への不安に襲われて体調不良になった事があったけれどエディリアーナ様のアドバイス通りに適度な労働をすることで精神的にも身体的にも回復することができた。


 私の前世の知識をもとにして様々な商品や習慣が生まれ、経済が回るだけでなく雇用も増えて良いことばかりだった。しかし、ブラック企業で働いていた日々に就寝前のお楽しみとしてネット小説に癒されていた私はこの流れを警戒していた。前世の知識を披露して様々なトラブルに巻き込まれたり、開発で多忙な日々を過ごしたりする主人公をたくさん見てきたからだ。


 せっかく読書三昧の人妻ライフを手に入れたのに、またブラックな日々に後戻りはしたくない。私の知識は出来る限り提供するけど自分では動かない、実際に何かを作るのはジェスレーン様かエディリアーナ様で、開発がうまくいったときはアイデア料や利益の一部を頂くという契約のおかげで楽しい毎日を送っている。この契約を提示してくれたエディリアーナ様には感謝の気持ちでいっぱいだ。

 今後も私の名前を知られることなく優雅な引きこもり生活を満喫していこうと思う。


「なにか安心しているようだがエディリアーナは行動を起こす度にアリシャの名前を出しているぞ」

「え? そんなこと聞いていませんよ?」

「アリシャは常に引きこもっているからな。エディリアーナもあえて伝えようとは思わなかったのであろう」


 エディリアーナ様は「こちらはアリシャの発案で……」「この発明はアリシャに権利がありましてよ」といった具合で新しいことを始める際には私の名前を挙げてくれていたらしい。特殊な情報を持つ私、その情報を上手く運用して国を豊かにするエディリアーナ様、という関係性は帝国民にすら「まるで姉妹のように仲睦まじいお二人」と広く知れ渡っているようだった。


「名前が知られてしまったものは仕方ありませんわね……。これまでにない新しいものを生みだすという実績は正妃を目指すエディリアーナ様の足場固めに繋がりますし……結果良ければ全て良しとしましょう」

「新しいものが普及していけば私が統治する帝国がどんどん豊かになるな」

「そして私はお小遣いを稼ぎつつ読書三昧の人妻ライフを楽しめる……完璧すぎませんか?」


 読んでいた本を棚に戻し、ベッドに仰向けに寝転がっているジェスレーン様の元に戻るとすぐに腕枕をされた。


「更に夫から愛されている。確かに完璧だな」

「うーーん」

「何が不満なのだ?」

「私は一夫一妻制の国で育ったので……セーリオ帝国で大切にされているという自覚はありますけれど……」


 正直に告げるとジェスレーン様は少しムッとしたように私の顔を覗き込んできた。


「ベッドの中では満足させているだろう?」

「そ、そういう意味ではありません」


 前世でもハーレムという文化には馴染みがなかったので、複数の妻で夫を共有するという状態には少し抵抗がある。最初はこの環境が最高だと思っていたけど……ジェスレーン様と同じ時間を過ごす内に好意を抱いてしまったのは変えようのない事実だった。


 結婚してから恋を知った私は、ジェスレーン様が来てくれる度に胸が高鳴って、ジェスレーン様が別の夫人の元に行くたびに失恋した気持ちになってしまう。


「これは、ヤキモチというか、わがままのようなものです……。育った環境が違いますし……先ほどの言葉は忘れてください。私はとても満足していますよ」


 淑女の仮面を被ってニコッと微笑んでみせた。


「ハーレムは解体する」

「え……?」


 ジェスレーン様が起き上がってベッドに腰かけたので私もすぐに身体を起こした。


「作り物のような笑顔は見たくない。アリシャには心から笑っていてほしい」

「お、お待ちください! そのようなこと、許されないのでは……?」

「アリシャからの情報提供のおかげでエディリアーナの正妃としての地位は確立した。アリシャ以外の妻たちには今後の希望を聞き、全員を見送った後にこのハーレムは解体する」


 急にハーレム解体の話になって頭の処理が追い付かない。

 ジェスレーン様に説明を求めると、エディリアーナ様と私以外の8人の妻は実家に戻る、母国に戻る、戦功をあげた者に下賜されるなど、本人の希望を最優先にするそうだ。


「急な思い付きではないぞ。エディリアーナの懐妊が分かってからハーレムを解体する話を進めていたのだ」

「そうだったのですね……私、なにも知らなくて……」


 前世では処女だったけどある程度の年齢になっていたので危険日や安全日の知識はあった。異世界転生でお馴染みのオギノ式による排卵日の特定方法のおかげでエディリアーナ様は既にジェスレーン様とのお子様を妊娠している。


「政治的に皇帝を支える正妃はエディリアーナだが……

 アリシャ、そなたは私の心を預かる妃となってほしい」


 皇帝から特別の寵愛を受ける夫人のことを、この国では『寵妃』と呼ぶ。


「ジェスレーン様……」

「一夫多妻は、やはり受け入れられないだろうか……」


 いつも自信に満ち溢れているジェスレーン様の瞳に、少しだけ不安そうな色が見えた。


「エディリアーナ様のことはお姉様のようにお慕いしています。幼い頃から皇帝の妻となるために己を磨き続けてこられたのですもの。セーリオ帝国の正妃はエディリアーナ様以外に考えられません」


 かつては私も同じだった。イメラ王国の上級貴族の娘として生まれ、この世に生を受けた瞬間から第一王子との婚約が決まっていた。イメラ王国のため、王妃となるために自分を犠牲にして血を吐くほどの努力を続けてきた。


 だからこそ分かるのだ。エディリアーナ様ほど正妃に相応しい女性はいない、と。


「ハーレムの解体まで考えてくださったジェスレーン様の気持ちにお応えしたい……」


 もし、ジェスレーン様と共に生きる事が許されるなら、私はいつまでもこの方のお傍に居たい。


「どうか、私をあなたの寵妃にしてください」

「アリシャ……!」


 きつく抱きしめられて、息が止まってしまいそうだった。それでも今は……この幸せを噛みしめていたい。


「お慕いしています、ジェスレーン様」


 人を恋しく思う心、人を愛する心、嫉妬する心、幸せを願う心……全てジェスレーン様が教えてくれた。


「この手を取ってくれた事、決して後悔はさせぬ」


 ゆっくりと身体を離した。

 少しのあいだ時間が止まる。


「アリシャ、そなたを誰よりも愛している」

「私も……」


 お互いの気持ちを確認するように、何度も何度も唇を重ねた。


「アリシャ、なぜ泣くのだ……?」

「ふふ……嬉しくても、涙が溢れてくるのですね……」


 喜びの涙が頬を伝い落ちていく。

 ジェスレーン様は優しく笑って頬にもキスをしてくれた。涙が零れ落ちるたび、私の背中をトントンと撫でて、優しいキスを落としてくれた。


「お披露目パーティーもありますから……しばらくは忙しくなりますね」


 エディリアーナ様がセーリオ帝国の正妃となるだけではなく、ハーレムが解体されるのであればジェスレーン様は今まで以上に忙しくなるだろう。

 

「多忙な皇帝をアリシャが癒してくれるか?」

「ふふ、お任せください。私だけの特権ですね」


 大きな手で、よしよしと頭を撫でられた。

 幸せな気持ちに浸っていると「そういえば」と何かを思い出した様子でジェスレーン様が笑顔を浮かべていた。


「パーティーでは余興を考えてあるから楽しみにしておくといい」

「まぁ、何でしょうか? 楽しみだわ」


 まるで何か悪いことを企んでいるような微笑みだった。

 私、サプライズとかフラッシュモブっていうジャンルが苦手なのだけど……ちゃんとリアクションとれるかしら?



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