8 正妃エディリアーナ
「エディリアーナを正妃とし、ハーレムは解体しようと考えている」
子を宿してからは閨を行っていないけれど、私が担当する日はジェスレーン様と会議をするようになっていた。正妃になることは疑っていなかったが、ハーレムを解体するという言葉に頭が真っ白になってしまった。
「ハーレムを解体? アリシャはどうなるのですか!? まさかイメラ王国に追い返すつもりではありませんよね!? あの子が帝国のためにどれだけっ……」
「エディリアーナ、落ち着け」
勢いよく立ち上がったせいで立ちくらみが起きてしまう。ジェスレーン様に肩を抱かれてソファに座らされたけれど、ハーレムの解体には納得できなかった。
「アリシャを寵妃に迎えようと考えているのだ」
「寵妃……そんな制度がありましたわね、私としたことが……」
「まぁ、断られなければの話だがな」
珍しく弱気な様子のジェスレーン様に思わず笑ってしまう。
「ふふ、断るわけがありませんわ。あの子はジェスレーン様を慕っていますからね」
セーリオ帝国の後宮で、初めて恋を知ったアリシャは本当に可愛らしかった。ジェスレーン様の行動に一喜一憂し、少女のように頬を赤らめる姿に何度癒されたことか。
「誠心誠意、愛を込めて告白なさいませ。アリシャはきっと受け入れます」
「……成功を祈っていてくれ」
「えぇ、きっと大丈夫ですわ」
「エディリアーナ」
「はい」
ジェスレーン様は背筋を伸ばして姿勢を正しくすると、まっすぐに私の目を見つめてきた。
「セーリオ帝国の正妃を任せられるのはエデリィアーナだけだ。共に支えあって帝国をより良い未来へと導いていこう」
これで、子どもの頃から課せられてきた義務を果たすことができただろうか。
「アリシャと共に様々なものを生みだして、民の生活が豊かになっていく光景を間近に見てきました。私は今後もそのような生活を続けていきたいと考えています」
これからの人生は、私のために、自分自身のために生きることが許されるだろうか。
「遍く民を我が子と思い、民の笑顔を守ることを第1に考える正妃となっても構いませんか?」
「もちろんだ。私も民の笑顔を守れるような皇帝を目指そう」
ジェスレーン様と交わすのは温かな抱擁ではなく固い握手だ。
「3年も待たせてすまなかった」
「そのおかげでアリシャと出会えました。必要な時間だったのだと思います」
「そうか……そうだな。エディリアーナ、これからもよろしく頼む」
「えぇ、こちらこそよろしくお願い致します」
それからしばらくしてジェスレーン様のプロポーズが成功し、正妃と寵妃が決定したこと、ハーレムを解体することが各方面に通知された。
正妃のお披露目パーティーではアリシャを婚約破棄に追い込んだゴミ共……(あらやだ、ソニアの言葉が移ったわ)イメラ王国の第1王子とその婚約者が騒ぎを起こしたけれど、概ね予定通りの余興となって楽しい時間を過ごすことができた。この日は正妃と認められて感無量ではあったものの、アリシャの仇を討つことが出来たのが何よりも嬉しかった。
「乳母に任せるのは反対です!」
むん! と胸を張って、可愛い鼻を膨らませてそのように宣言したのはアリシャだ。臨月となり、そろそろ乳母の選定を……といつものメンバーの前で話したところ、アリシャが勢いよく立ち上がって先ほどの言葉を宣言したのだ。
一般的に貴族の家では乳母が子育てを行い、5歳頃になってようやく家族の団らんに参加することが許される。そこから家庭教師に勉強を教わって、12歳から帝国の各地にある学園へ通うことになる。
私の場合は赤ちゃんの頃から英才教育を受けていたため、早い段階で他家のお茶会にも参加をしていた。
「赤ちゃんと過ごす時間は必要です! これは絶対です!」
「根拠はありませんがアリシャ様がおっしゃることに間違いはありません」
筆頭文官のエリュードと婚約を結んだソニアもアリシャの意見に全面的に賛成した。まぁ、これはいつもの事だけれど……
「仕事は私とソニアでカバーします」
「アリシャ様と私にお任せください」
「良いのではないか?」
何故かジェスレーン様も賛成している。
「法の見直しをしてこれまでとは違う制度が増えていく予定だ。子育ての方法も新しいやり方でやってみてはどうだ?」
「ジェスレーン様の子どもですよ! なにを他人事のように言っているのですか! エディリアーナ様だけに負担させるなんて許しませんからね!」
「す、すまぬ……」
「アリシャ様、皇帝陛下の業務は私が調整しますのでどうか落ち着いてください!」
「エリュード、頼りにしているぞ」
ジェスレーン様にもガルガルと嚙みついていくアリシャはまるで子育て中の母熊のようだった。皇帝の妻同士ではあるけれど、こうして私のことを大切に思ってくれている所が堪らなく愛おしい。
「セーリオ帝国の皇子と皇女は両親が揃った状態で、そして周りの人も一緒に子育てをしていきましょう!」
再び、むん! と胸を張って宣言するアリシャに全員が頷いてみせた。
この世に生を受けた第1皇子はアークウィルと名付けられ、たくさんの人に愛されながらすくすくと成長した。ジェスレーン様からは揺るぎないカリスマ性が、私からは知性がアークウィルに『遺伝』されているように感じられる。そこに加わるアリシャの存在が、凝り固まった頭にならないようアークウィルに柔軟性を与えているような気がした。
「母さま」
「なぁに?」
5歳になったアークウィルを伴った視察の帰り道、馬車の中で私を見上げてくる宝物に笑顔を返した。
「子どもたちが楽しそうに笑っていて、僕も嬉しかったです」
「母様も嬉しかったわ。それに孤児院での学習も順調に進んでいて良かったわね」
アリシャの発案で帝国民の識字率を上げることに力を注いだ結果、今では平民でも読み書きができるようになっていた。視察したばかりの孤児院でも学びが継続されているようで、子どもたちが勉強の成果として手紙を書いてくれた。子どものうちから読み書きが出来るようになれば未来の選択肢が確実に増えていく。きっとこの手紙を読んで一番喜ぶのはアリシャだろう。
この5年の間にアリシャが提供してくれた知識のおかげで様々な技術が生まれ、貴族が通う学園の他に職業訓練を専門的に行う学校が誕生した。職人の後継者となる若者を確保したいので訓練校への投資は惜しまない。
「僕はこの国が大好きです。にこにこ笑っている民が大好きです」
「えぇ。母様も同じ気持ちよ」
セーリオ帝国は生まれた順番や母親の身分に関係なく、力のある男子が皇帝となるのが習わしだった。けれど、無用な争いや混乱を避けるためにも第1皇子が次期皇帝となることを法律で定めたのだ。イメラ王国の第1王子のような愚か者が出てくる可能性も否定できないので、その場合は臨機応変に対応するようになっている。
「アークウィルならきっと良い皇帝になるわ」
「お父さまのように?」
「そうよ。将来が楽しみね」
「僕、頑張ります」
馬車が到着し、城内に戻ると元気な声が聞こえてきた。
「ウィルにーしゃまー!」
ジェスレーン様とアリシャの子、第2皇子のアルバート。
「ウィルにーちゃま!」
ソニアとエリュードの子、アリアンナ。4歳になったばかりの二人が手を継いだまま駆け寄ってきた。
「ただいま」
「ウィルにーちゃま、たのちかった?」
「たのしかったよ。アンナ、いい子にしていたかい?」
「うん!」
「ウィルにーしゃま、ぼくもアンナもいいこだったよ!」
舌足らずな二人に癒されているとジェスレーン様が早歩きで追いかけてきた。今日はアリシャとソニアが業務を引き受けてジェスレーン様が子守をしていたらしい。二人とも臨月が近づいてきたから心配だけど、アルバートとアリアンナがお腹にいるときも適度に働いていたからきっと大丈夫だろう。
「エディリアーナ、お帰り」
「ただいま戻りましたわ。クラウディアも良い子にしていたかしら?」
ジェスレーン様の腕の中でスヤスヤと可愛い寝息を立てているのは第1皇女のクラウディアだ。3歳になる私の愛娘。
「リアナかあさま、ディアもいいこだったよ!」
アリシャの子、アルバートは私の事を『リアナ母様』と呼び、アークウィルもアリシャの事を『アリシャ母様』と呼んでいる。皆で子育てをしているので自然とそうなっていた。
「お前たち、エディリアーナ母様に負担をかけないようにな」
「はい!」
「はぁーい!」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、ジェスレーン様」
「安定期に入るまでは気を付けるように」
「ふふ、分かっています」
お腹の中にいる子どもは皇子だろうか、それとも皇女だろうか。皇子がもう一人いた方が将来的に安心だけれど、無事に産まれてくれたら性別はどちらでも良い。
遍く民を我が子と思い、民の笑顔を守ることを第1に考えるという目標は今でも変わっていない。
帝国の民が安心して未来を歩んでいけるように、セーリオ帝国のお母様はこれからも頑張るわ。
◆補足◆
万が一のことを考えると皇子は多い方が良いのでエディリアーナはもう一人皇子がいた方が良いかなと考えています。
アリシャは正妃のエディリアーナより子どもの数が多くならないようにしています。
ソニアはアリシャと一緒にマタニティライフを送りたいのでアリシャに合わせていますが、夫婦仲が良すぎるので最終的には5人の子どもが誕生します。
■エディリアーナの子
第1皇子アークウィル(愛称ウィル) 5歳
第1皇女クラウディア(愛称ディア) 3歳
三人目を妊娠中
■アリシャの子
第2皇子アルバート(愛称アル) 4歳
二人目を妊娠中
■ソニアの子
アリアンナ(愛称アンナ) 4歳
二人目を妊娠中




