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6 ユーリエの回想

この後に続くエディリアーナ編(全2話)のおまけで第2夫人ユーリエが主役のお話です。百合ではないのですが、百合っぽい描写があります。

「ユーリエ、ドレスを選んでちょうだい」

「かしこまりました」


 今日も尊敬するエディリアーナ様に御奉仕できる喜び、プライスレス。……ちなみに、プライスレスというのは寵妃アリシャ様が教えてくれた言葉で『お金では買えないくらいに価値があるもの』という意味らしい。


「ユーリエに任せたら間違いないわね。センスが良いわ」

「勿体ないお言葉にございます」


 私はかつて(といっても1年ほど前の事よ)セーリオ帝国のハーレムで皇帝陛下の第2夫人として過ごしていた。エディリアーナ様と同じ立場のときは妻同士の会話を楽しんでいたけれど、ハーレムが解体されてエディリアーナ様専属の侍女となることが出来たので主従としての態度に改めたの。私は出来る女よ。尊敬するエディリアーナ様を決して失望させないわ。


「午前中は視察に行くから自由にしていてね。マリベル、行くわよ」

「はい」


 侍女長のマリベルさんはエディリアーナ様に長く仕えている年齢不詳の美女だ。なんてったって私が子どもの頃からエディリアーナ様のお傍にいた。しかも戦闘もできるタイプの侍女なので視察のお供に指名されることが多い。

 エディリアーナ様の護衛として同行できることが羨ましいけれど、自分に出来ない事を羨んでいても仕方ない。せっかく頂いた自由時間、久しぶりに日記でも読み返して昔の思い出に浸ってみようか。




 エディリアーナ様と出会った場所は上級貴族が開催したお茶会だ。当時の私は4歳だったけれど早めの教育で十分なマナーを備えていたから参加を許されてお母様に同行していた。


「ユーリエ様は本当に美しいわ。それにマナーもしっかりと身についていて……」


 そうだ。私は美しい。

 最高のドレスに身を包み、最高の教師によって行われる最高の授業を受けていたのでマナーや立ち振る舞いにも自信があった。むしろ自信しかなかった。自信に溢れる4歳児だった。その4歳児の目の前に現れたのが5歳児のエディリアーナ様だ。


「はわわっ」


 外見の美しさ、溢れだす気品、5歳とは思えぬほどの会話術……そのすべてに圧倒されて言葉を失ってしまった。自分自身が努力をしていたからこそ、エディリアーナ様の凄さが分かったのだ。

 あのお茶会の日からエディリアーナ様の虜となった私は少しでも憧れの存在とお近付きになるために今まで以上に勉強に打ち込んだ。


 憧れの女性の隣に立っても見劣りしないよう、美しさを磨いた。

 憧れの女性とお茶を飲んでいても退屈させないよう、知性を磨いた。


 帝国一の資金力を誇る上級貴族の家に産まれた末っ子長女だったため、有り余る財力を遺憾なく発揮して最高の教育を受けることができただけでなく、両親やお兄様たちも私には甘いのでどんなワガママでも叶えてもらえた。


 例えば、エディリアーナ様の肖像画が欲しい。

 例えば、エディリアーナ様が参加するお茶会に行きたい。

 例えば、エディリアーナ様が着ていたドレスと同じデザインのものが欲しい。公の場では着用せずにそれを自宅で着たい。

 例えば、エディリアーナ様と同じ学園に行きたい。同じ学年になりたい。


 両親は私のどんなワガママも財力と権力で叶えてくれた。

 学園のことは難しいかもしれないと思っていたけれど……貴族が通う学園に入学してくる皇子や皇女に合わせて入学する年度を誤魔化すことはよくある話らしく、問題なく目的を達することができた。お父様は融通を利かせてくれた事への感謝の気持ちを込めて学園に多額の寄付をしたみたい。


 エディリアーナ様と一緒の教室で過ごした学園生活は本当に幸せだった。私はエディリアーナ様より一つ年下だったけれど、貴族としての礼儀をよく弁えていたのでエディリアーナ様のお傍に居ることが許されていたのだと思う。


 転機が訪れたのは学園を卒業してすぐの頃。皇帝陛下が代替わりをしてエディリアーナ様が第1夫人として後宮入りしたのだ。

 私は慌てた。後宮に入ってしまったらこれまでのようにエディリアーナ様と気軽に会うことができなくなってしまう。だから、これまでの人生で最大級のワガママを言った。


 皇帝陛下の第2夫人になりたい。

 第2夫人でなければ駄目。

 順番が決まっているなら割り込んでほしい。

 エディリアーナ様と同じ場所に行きたい。


 両親は呆れたように笑って、すぐに行動を起こしてくれた。


「第2夫人のユーリエと申します」

「知っているわ」

「第1夫人のエディリアーナ様にご挨拶を申し上げます」

「ふふ、まさか本当にここまで追いかけてくるなんて。相変わらずユーリエは面白い子ね」


 後宮入りして初夜を済ませた翌日、エディリアーナ様にご挨拶に行くと優しく笑って出迎えてもらえた。あぁ、尊敬するエディリアーナ様と同じ『妻』という立場になれるなんて、こんな幸せがあるだろうか。もう、家族になったと言っても過言ではないだろう。


 それからの数年でハーレムには第9夫人まで増えたけれど、私とエディリアーナ様の関係が変わることは無かった。定期的なお茶会が一番の楽しみだった。



 ちなみに、閨のときはいつもこんな感じだ。


「はぁ……私、エディリアーナ様に抱かれているのね」

「なぁ」

「後宮入りをエディリアーナ様の直後にして大正解」

「おい、ユーリエ」

「予定通り、第2夫人になれて良かったですわ」

「ユーリエ、少し口を閉じてくれぬか?」

「皇帝陛下、まだですの? 長いですわ」

「萎えるから、少し、黙っていてくれ、頼むから……口を、閉じてくれ……」


 私はエディリアーナ様のために後宮入りしたからこのような態度を取っているけれど、皇帝陛下に咎められたことは一度も無い。実家からの資金援助のおかげだ。お父様、お母様、本当にありがとう。



 こうして幸せな時間を過ごしていたのだけれど、アリシャ様が後宮入りした時を境に状況が変わっていった。


「イメラ王国から参りました。アリシャと申します」


 恒例の挨拶回りにやって来た新人の妻だ。いつも通り、新人にエディリアーナ様の素晴らしさを話してあげようと思ってその姿を確認した瞬間、思考が止まる。


 ルビーリリィの髪飾り?


 あれは、エディリアーナ様の髪色のように鮮やかな赤色をしたルビーリリィという花を模した髪飾りだ。後宮に入ったばかりの新人がなぜあれを身に着けている?


 駄目だ、顔に出すな。

 あれが与えられたという事はこの新人がエディリアーナ様の庇護下にあるということだ。何らかの事情があってエディリアーナ様、または皇帝陛下に特別扱いされている事は間違いない。


「ユーリエと申します。アリシャ様、どうぞおかけになって」


 美しい微笑みを浮かべて歓迎の意思表示をすると新人……アリシャ様がホッとした様子で会話を始めた。要約すると、正妃は目指していない、人質としての後宮入りをしたのでエディリアーナ様の派閥に加えてもらったとの事だった。


「エディリアーナ様のことはユーリエ様がなんでも知っているから、気になることがあればユーリエ様に聞くようにと言われましたの。髪飾りの御礼を考えているのですが、どのような物だと失礼がないでしょうか?」


 エディリアーナ様が私を信頼してくれている。その事実だけで胸がいっぱいだった。返礼品についてのアドバイスをしたついでにエディリアーナ様の事を話してあげるとアリシャ様は嬉しそうに聞いてくれた。少し妬いてしまったけれど、けっこう良い子かもしれない。


「本日は貴重なお時間を頂きましてありがとうございました。こちら、よろしければお納めください」

「何かしら?」


 艶やかな素材で作られた箱を開けて、息が止まった。


「エディリアーナ様……?」

「私の実家に伝わる特別な製法で作られた『ぬいぐるみ』というお人形です」


 お人形と言えば陶器で作られたものが主流なので、布で作られた人形というものを初めて見た。赤ん坊と同じくらいの大きさではあるが3頭身だからかエディリアーナ様の幼少期を思い出した。お人形は赤い髪をしていて、その髪によく似合う深い青のシンプルなドレスを着ている。なんと可愛らしいのだろう。


「昨日、エディリアーナ様からお二人が大の仲良しだとお聞きしたので、城の針子を集めて作らせましたの。ここをこのようにすると……」

「ドレスが脱げるのね?」

「えぇ、今はシンプルなドレスを着ていますけれど、よろしければユーリエ様の好きなドレスを作ってあげてくださいませ」


 城内の針子を呼んだのであれば仕様は分かっているだろう。さっそく手配しなければ。権力も金も惜しまず、最高級のドレスを作らなければ。


「ぬいぐるみ、というのね?」

「そうです。私は短く、ぬいと呼んだりもしますよ」

「ぬい、可愛いわ」


 エディリアーナ様ぬい、一生大切にするわ。

 アリシャ様のことも、後宮でつまらぬ嫌がらせ等を受けることがないように守ると誓うわ。




「あら、もうこんな時間。エディリアーナ様が戻られる前にお部屋で待機しておきましょう」


 日記を閉じ、エディリアーナ様ぬいを一撫でしてから持ち場に戻ることにした。


「ユーリエ、いま戻ったわ。お茶に付き合ってくれない?」

「喜んでお付き合い致します」

「ふふ、ユーリエと一緒に飲むお茶は美味しいのよね」


 大好きなエディリアーナ様。

 これからも、寿命が続く限りあなたにお仕えします。


「ユーリエ、そろそろ結婚しない?」


 人払いをしてお茶を楽しんでいたところエディリアーナ様から結婚の話をされた。エディリアーナ様が正妃となって1年が経過したけれど私は結婚するつもりはない。結婚したらエディリアーナ様のお傍に居られなくなるではないか!


「私は一生エディリアーナ様にお仕えしたいです。両親も結婚はしなくて良いと言ってくれていますので……」

「実はね、弟の婚約者探しが難航しているの。ユーリエより2つ下だけど、シスコンが酷くてなかなか婚約まで進まないのよ。ユーリエとなら気が合うのではないかと思うのだけれど、どうかしら?」


 エディリアーナ様の弟……ルシウス様だ。絶世の美女で気品溢れる努力家のお姉様が同じ屋敷に居たのだから、シスコンになるなという方が無理な話だろう。


「エディリアーナお義姉さま……?」

「ふふ、気が早いわよ」


 ルシウス様は『姉上を敬愛する私ごと受け入れてくれる女性でなければ結婚はしません』と宣言しているようで縁談が一向に調わないのだとか。


・結婚後もエディリアーナ様の侍女は止めない

・自宅から王城への通いとする

・最優先すべきは正妃エディリアーナ様なので女主人としての仕事は代理人を立てる

・エディリアーナ様のグッズを売る店(監修:アリシャ様)を開店するので全面的に協力すること


 上記のような条件をつけて実家から婚約の打診をしてもらったところ、即了承の返事があった。エディリアーナ様のご実家も『これを逃したら後が無い』と思ったのだろう。少しでも早くエディリアーナ様の義妹になるために、面倒な婚約期間をすっ飛ばしてすぐに結婚をしたことは言うまでもない。


 アリシャ様だけは『エディリアーナ業火(※1)が一緒になるとか正気!? 同担拒(※2)は大丈夫なの!?』と呪文のような言葉を並べて心配そうにしていたけれど、夫婦生活は上手くいっている。私が王城の中でのエディリアーナ様の様子をお話すると、ルシウス様は実家で過ごされていた頃のエディリアーナ様の思い出話をしてくれるのだ。


「私も姉上ぬいが欲しいな」

「仕方ありませんね、特別に作らせます」

「ユーリエぬいも作れる? 姉上ぬいと並べて一緒に飾りたい」

「……ふふっ、ルシウス様の希望ですからね。すぐに作らせましょう。着せ替え用のドレスも増えましたから、ぬい用クローゼットも新調したいですわ」


 エディリアーナ様……

 いいえ、エディリアーナお義姉さま。

 今後は、夫婦で、寿命が続く限りあなたにお仕えします!


※1 業火担

 好きで好きで堪らないという熱狂的な感情を表す『強火』よりも強い思いの『業火』、特定の人を担当するという『担』を組み合わせた言葉。使用例:エディリアーナ業火担

※2 同担拒否

 自分と同じ好きな人を応援するライバルを遠ざけたいタイプのこと


ハーレムにいた女の子たちの中で大優勝したのはユーリエかなと個人的には思っています。

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