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4 ハーレムの解体と今後の希望

 フェリシアが監督を務める淑女教育は順調に進んだ。


 ジェスレーン様には本当に申し訳ないと思っているのだけれど、閨の重圧から解放されたおかげで心も身体も健康的に変わってきた。フェリシアが上機嫌で『サイズが変わりましたのでドレスを新調致しましょうね』と商人の手配をするくらいには身体にお肉がついてきた。


 また、リバーシやトランプを追加購入して侍女たちと遊ぶ時間を作ったことで雰囲気も良くなったと思っている。侍女たちにお世話をされることにも慣れてきて、少しずつ『理想の淑女』に近づいてきたはずだ。


 淑女教育を始めてから1週間後のお茶会のなかで、アリシャ様が知識を提供してエディリアーナ様が商品化をするという契約があることを教えてもらい、自分の予想が当たっていたことを喜んだのも束の間『優秀なソニア様をエディリアーナ様に紹介したいわ』と言われた時は驚いた。

 エディリアーナ様とは初回のご挨拶以降お会いすることは無かったので緊張していたけれど、少しお喋りをしただけで受け入れてもらえた。


 まるで猛禽類のような瞳で『使えるわね』という表情をされた時は心臓がギュッとなった。

 さりげなくアリシャ様を見てみると、目が、なんか、一瞬だけ燃えているようで、嫉妬されていることに気が付いてしまった。


(ち、ちがうのです! エディリアーナ様は私のことを多機能計算機ぐらいにしか思っていません……! 私はアリシャ様を裏切るようなことは致しませんのでお許しください……!)


 このような事を全力で考えていたら次の瞬間にはいつものアリシャ様に戻っていてホッと安堵の息を吐いた。これは誰にも言えない秘密だ。



 それからは幸せな毎日が続いた。アリシャ様と一緒に商品開発の準備をする時間が増えたのだ!


 アリシャ様の意見を私がまとめて事業計画書を作成し、エディリアーナ様がそれを元に商品化する。必要なときには技術者との会議にも参加することがあるけどアリシャ様が一緒だから怖くなかった。エディリアーナ様やアリシャ様と同じ場所で過ごすことで『理想の女性』らしさを学べたことも有難かった。


 もう少しで閨の免除期間が終わる……という時期になるとエディリアーナ様が正妃に、アリシャ様が寵妃に決定したこと、そしてハーレムが解体されることが通知された。




「今後の希望?」


 筆頭文官のエリュードから面会の申請があった。

 エリュードは平和協定の際に引継ぎの補助をするために同行していた筆頭文官だ。騎士たちと違って小柄なこと、背中まで伸ばした赤い髪を美しく結っていて中性的な見た目であることにホッとしたのをよく覚えている。


「はい。お一人ずつ希望を聞いております」

「参考までに皆さんの今後を聞いても良いかしら」


 今のところ第2夫人のユーリエ様はエディリアーナ様付きの侍女を希望しており、第3夫人から第5夫人はそれぞれの実家に戻って有力貴族の子息と新たな婚約を結ぶそうだ。

 平和協定のために人質として嫁いできた第6夫人から第8夫人は帝国内に残ることを希望しており、現在調整中ではあるが先の戦争で武勲を挙げた者に下賜されることが決定している。


「ソニア様はご希望がございますか? あぁ、そうだ、ルーティ国に戻るという選択肢は消して構いませんね?」


 エリュードは微笑んでいたけれど、その瞳は笑っていないように見えた。


「そうね……私もセーリオ帝国に残りたいわ」

「ありがとうございます」

「え?」

「あ、いえ、婚姻についてのご希望はございますか? ソニア様は大柄な男性には慣れていないと思いますので、もしよろしければ上級貴族出身の文官などは……」


 私がセーリオ帝国に残ることが嬉しいのか、エリュードは美しい微笑みを浮かべている。平和協定の人質となるために来たのだから帝国に残ることを希望した方が契約内容の変更が簡単なのだろう。


「私も、ユーリエ様と同じように……その、アリシャ様の侍女になりたいわ」

「侍女、でございますか?」

「元の身分が王女だと難しいかしら……?」

「ソニア様の希望を最優先にするようにと皇帝陛下がおっしゃっていたので問題ありませんよ」


 これでアリシャ様のお傍にいる事が許された。皇帝陛下の寵妃となられたアリシャ様に、誠心誠意お仕えしていこう。


「そういえば、ユーリエ様にご結婚の予定はないのかしら?」

「えぇ、今のところ予定はございません。ユーリエ様のご実家は上級貴族の中でも資金力が桁違いなので政略結婚をする必要がなく、ご両親からも自由を認められているのです。あの方はエディリアーナ様の傍に居たいがために正妃候補に名乗りを挙げられましたから……ハーレムの解体を大変に喜ばれていましたよ」


 戦時中であるセーリオ帝国にとって『桁違いの資金力』は魅力的だっただろう。帝国は資金援助を受け、ユーリエ様はエデリィアーナ様の傍に居られる、両者にとって損のない契約だったはずだ。


「アリシャ様の侍女長はイメラ王国から連れてきた者が担当していますよね。ソニア様はこれまでもアリシャ様のお手伝いをされていましたから……今後は侍女よりも秘書の方が動きやすいのではありませんか?」


 エリュードの言う通り、アリシャ様に一生を捧げる覚悟でセーリオ帝国までお供してきたリィナさんが侍女長を務めている。ちなみに、本来は呼び捨てにしなければならない立場だけど、心の中では尊敬の気持ちを込めて『リィナさん』と呼ばせてもらっている。


「そうね、秘書の方が私に合っているわ。エリュード、良いアドバイスをありがとう」

「とんでもございません。今後も商品開発の会議の場でご一緒することもあるかと思います。ソニア様、改めてよろしくお願い致します」


 エリュードは先程と同じように嬉しそうな様子を隠すこともなく、そそくさと私の部屋を後にした。




 今後はアリシャ様の侍女兼秘書ということに落ち着いたけれど、秘書としての役目が大きいためアリシャ様がお住まいになる離宮の中に現在の住まいと同じ規模の部屋を賜ることになった。

 皇帝陛下の妻という立場ではなくなるが『平和協定の人質』という立場は変わらないので引き続き5名の侍女がついてくれることになった。


 エディリアーナ様が正妃となったことをお披露目するパーティーでは(アリシャ様を婚約破棄に追いやったゴミ共による余興があったが)大きなトラブルもなく大盛況のうちに幕を閉じた。


 そして、皇帝陛下の妻として過ごした部屋を退去する時間がやってきた。


「ソニア様、第9夫人としてのお務め、大変お疲れ様でございました」


 侍女たちを代表するフェリシアの言葉に、心の中がゆっくりと温まっていくような気持ちになった。


「後宮に入った当初は貴族としての常識や礼儀を全く知らず、あなた達には多くの心配をかけました」


 未熟な主に仕える事に失望した者も居ただろう。

 それでも、彼女たちは誠心誠意で支え続けてくれた。


「今はまだ、立派な淑女になれたとは言えませんが……私がこのように成長できたのは、あなた達の献身的な支えがあったからです」


 最後に、一人ひとりの侍女の名前を呼び、この部屋で一列に並んだ姿を目に焼き付ける。


「敬意を持って『皇帝陛下の妻』に仕えてくれたことを、生涯忘れることはないでしょう」


 新たにアリシャ様の侍女兼秘書となる立場だが、表向きには貴賓扱いを受けることになる。


「今まで本当にありがとう。そして、これからもよろしくね」

「第9夫人のソニア様にお仕え出来たことを心から光栄に思います。そして、今後ともどうぞ宜しくお願い致します」


 侍女たちの一糸乱れぬ美しい礼に、感謝の気持ちが沸き上がった。


 もう少しここに居たいという気持ちがあったけれど、今夜は皇帝陛下がエディリアーナ様と過ごされるため、アリシャ様から部屋に泊まってほしいとお願いをされていた。

 フェリシアの先導でアリシャ様の部屋へと向かう道すがら、自分の心の中が新しい生活への期待に満ち溢れていくのを感じていた。




「ソニア、来てくれたのね。パーティーで疲れているのにごめんなさいね」

「アリシャ様のためならいつだって駆けつけますわ。今夜は招待してくださってありがとうございます」


 アリシャ様は正妃のお披露目パーティーでイメラ王国から来たゴミ共と話をしたせいで過去のことを思い出したり、精神的に疲れたりしたはずだ。今夜は皇帝陛下がエディリアーナ様とご一緒されているから寂しいという気持ちもあったのかもしれない。


 今夜は泊まりに来てもらえないかとお願いされたときは『喜んで!』と即答した。夕食も入浴も済ませているのであとはもう寝るだけという状態なのだが、アリシャ様が考案した『ネグリジェ』というワンピース型の寝間着に身を包んでいる。ゆったりとしていて締め付けのないデザインなので快眠できると侍女たちにも好評だった。

 今は高級品として販売されているけれど、いずれはフリルやレースなどの装飾をつけた可愛らしいデザインを採用して富裕層の女性をターゲットにした商品展開をしていくつもりだと語るアリシャ様は、お顔がニマニマしていてとても可愛らしかった。


「人払いもしたし……お酒が入る前にソニアに話しておきたいことがあるの」

「はい、何でしょうか?」 


 床にフカフカとした絨毯を敷き、その上でアリシャ様とテーブルを挟んで向かい合わせに座っている状態だ。目の前のテーブルにはお酒やお菓子が並べられている。このような快適空間を用意してくれていたのだけど……アリシャ様が侍女を全て下がらせたあと、緊張した様子で『女神様の花園』のことを知っているかと訊ねられた。その場所はこの世での命を終えた後に魂を休める場所として広く知られている。


「私はね、女神様の花園より以前の記憶を持っているの」


 アリシャ様には『前世』と呼ばれる記憶があり、現在とは違う文明が築かれた場所で暮らしていたときの事を鮮明に覚えているのだと話してくれた。


「まぁ……そうだったのですね……驚きましたけれど、同時に納得致しました」

「信じてくれるの?」

「当然です。アリシャ様がエディリアーナ様に提供されている知識にはそのような事情があったのですね……最後まで見つからなかったパズルのピースをようやく見つけたような気が致します」


 皇帝陛下とエディリアーナ様だけが知っている秘密を打ち明けてもらえたなんて、この上ない幸せで胸がいっぱいだ。


「ソニアに受け入れてもらえて良かったわ! さぁ、パジャマパーティーを始めましょう!」

「はい!」


 甘いお酒に甘いお菓子を楽しんで、たくさんお喋りをして、今夜はアリシャ様のベッドで一緒に眠るのだ。あぁ……なんて素晴らしい日だろう!


「私の秘書になってくれる事は本当に嬉しいけれど、ソニアは結婚しなくて良かったの? 大柄な騎士が苦手なら文官にも良い人がいると思うのよね」

「エリュードにも文官を勧められたのですが……私はこのような容姿なので……」


 平民によく見られる栗色の髪に緑の瞳。

 王妃から生まれた事は確かだけれど血筋がはっきりしていない。どの国でも貴族は血を重んじる傾向にあるので、いっそ下級貴族や裕福な商人の方が私を受け入れてくれる可能性が高いかもしれない。


「前世ではね、医学や生物学の研究が進んでいて、たくさんのことが解明されていたの」

「アリシャ様?」

「親が持っている特徴が子へ受け継がれることを『遺伝』というのだけれど、エンドウ豆の実験でそのメカニズムを解き明かした人がいたのよ」


 アリシャ様は、うろ覚えでごめんなさいと前置きした上で『遺伝』について説明してくれた。


 黄色の豆ができるエンドウと緑色の豆ができるエンドウを掛け合わせると黄色の豆が出来る。それぞれの豆は色を決める『遺伝子』というものを持っており、黄色の『遺伝子』が強いために黄色の豆ができるそうだ。黄色の豆の子どもは黄色3に対して緑色1という割合になることを突き止めた人物がいて、これを『メンデルの法則』と呼ぶのだと教えてもらった。


「人間も同じように『遺伝子』という情報を持っているの。きっとソニアの何代か前にも同じような容姿の人がいたのでしょうね。前世では隔世遺伝とか先祖帰りと呼ばれていたわ」

「ルーティ王家の直系には必ず同じ特徴の子どもが生まれるといわれていましたが……金髪で金色の瞳でない者は存在を隠されたり、消されたりしていた時代があったのかもしれませんね……」


 アリシャ様の知識のおかげで長年の疑問が解消された。だからといってすぐに結婚を考えることは出来ないけれど、少し前向きになれた気がする。


「メンデルの法則、とても面白いですわ。もっと詳しく調べてみたいです」

「ふふ、ソニアならそう言うと思った」


 お酒を楽しみながら二人で笑いあっていると、控えめなノックの音と共にリィナさんが入ってきた。


「リィナ、人払いをお願いしていたはずだけど?」

「申し訳ありません。皇帝陛下とエディリアーナ様がいらっしゃいました」


「チッ」


「え? ソニア?」

「しゃっくりです」


 今夜はアリシャ様と二人きりでお喋りして、一緒のベッドで眠るはずだったのに! 邪魔された! とか、そういうことは一切思っていません。本当です。


「エデリィアーナと二人でいる必要は無いと思ったので遊びに来たぞ」

「えぇ。私もジェスレーン様と二人で過ごす必要はないと思ったの。私達も仲間に入れてくださいな」


 結局、この日は4人でたくさんのお喋りをして……クッションを枕にして床の上に寝そべったまま気持ちよく眠ってしまった。アリシャ様が『パジャマパーティーはまた別の日にしましょうね』と言ってくれたので、次こそはアリシャ様と一緒のベッドで眠りたい……!


次回が最終話となります。


メンデルの法則について参考にした文献は下記の通りです。

・『10分で読める伝記 6年生』塩谷京子監修,学研プラス,2019年

・『少年少女・世界のノンフィクション 9』日本児童文芸家協会編,金の星社,1979年

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