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1 ルーティ国の第1王女ソニア

5話で完結するソニアのお話です。

 平和協定が締結され、セーリオ帝国へと向かう幻獣車の中でこれまでの人生を思い返していた。




 私はルーティ王家の邪魔者だと呼ばれていた。

 栗色の髪に緑の瞳、平民によく見られる色を持って生まれた私は王家の一員とは認められなかった。


 一番古い記憶は3歳のときだ。

 私の周りにはメイドしかいなかった。


「ソニア様って本当に王家の子どもなのかしら?」

「ちょっと! そんなこと誰かに聞かれたら首が飛ぶわよ!」

「王妃様から生まれたことは間違いないけれど……ねぇ?」

「第2王女のエリス様は国王夫妻の色そのものだもの。やっぱり、ねぇ?」


 私が子どもで何も分からないと思ったのだろう。目の前で繰り広げられるメイド達のうわさ話でだいたいの事情を把握することができた。ただ、当時は本当に何も分かっていなかった。記憶していた会話をずいぶんと後になってから理解したのだ。


 国王は金髪で金色の瞳。それがルーティ王家の色で、直系の子どもには必ず受け継がれるそうだ。


 国王は、自分の色を受け継いでいない娘を愛さなかった。

 不貞を疑われた王妃は自分の評判を落とした娘を愛さなかった。


 極めつけに、2つ下の妹エリスは金髪で金色の瞳を持って生まれてきた。そうすると、国王夫妻に溺愛される第2王女と、国王夫妻に見放された第1王女という歪な姉妹関係が出来あがった。


 その意識は城で働く者たちにも伝染していく。最初に、私の身の回りの世話をするはずのメイドたちが仕事の手を抜き始めた。5歳になる頃には自分で着替えをして、自分で入浴をして、給仕なしで食事を取るという生活を送っていた。


 与えられるのは粗末な食事に粗末な服。第1王女は病弱のために公務が行えないという事にされていたからドレスや宝石などを購入するための予算は全て妹のエリスに割り当てられた。それでも当時の私はまだ諦めていなかった。妹のような美しい容姿はないけれど、勉強を頑張れば愛してもらえるのではないかと考えていたのだ。


 5歳まではマナー教師が勉強を見てくれていたが、彼女は妹のエリスにつくことになり、その後は私の元に家庭教師が来ることはなかった。メイドに『家庭教師を派遣してほしい』と訴えてみたけれど『あなたのために来てくれる家庭教師は居ませんよ。図書室に行けば良いのでは?』と鼻で笑われるだけだった。


 放置されていた事が幸いして、城の図書室にある本はほとんど読んだ。歴史、経済、数学、それ以外にも生きていく上で必要なことは全て図書室の本が先生になってくれた。

 12歳になり、これまでに学習した内容を自分なりにまとめて論文を書いていたところ、それが司書の目に留まり、第1王女は優秀らしいと報告されてしまった。


 小さな執務室を与えられ、城内の事務仕事をするようにと国王から命令があった。

 12歳の私は喜んだ。ここで頑張れば愛してもらえるかもしれないと期待してしまった。


 メイドが運んでくる書類を片付け、粗末な食事を取り、書類を片付ける。朝から晩まで仕事を続けたけれど、それが当然であるとメイドは言った。


「あなたは王家の邪魔者なのだから、せめてここで役に立ってください」

「エリス様の愛らしいことといったら! ソニア様、あなたはエリス様と違ってここでしか役に立たないのですからもっと仕事をしてください」

「まだ終わっていないのですか? 夕食はこれが済んだら持ってきます」

「困りますわ、早く仕事を終えて下さらないと私が部屋に帰れないではありませんか」


 日々このような事を言われ続けて、私は決められた動きしかできない人形のようになっていった。最初は簡単な事務仕事だったはずが、そのうち経理や嘆願書などの処理をする仕事も混ざり始めた。これまでの勉強では足りなくなり、専門書や法律書を読み漁らなければならなくなった。


「お姉様、見て! ドレスを作って貰ったの! お姉様はいつも汚い恰好をしているわね。もっと身なりに気を使った方が良いのではなくて?」

「お姉様、見て! 素敵なネックレスでしょう? お母様に頂いたのよ」

「お姉様、見て! 可愛いでしょう? ぬいぐるみっていうのよ」


 妹のエリスは毎日のように私の執務室を訪れては自慢を繰り返していった。最初はそれが羨ましくて、妬ましくて、ますます仕事を頑張ったけれど……誰にも認めてもらえなかった。


「もっと早く仕事をしてください。ソニア様のせいで処理が滞っていますよ」

「このような無能が第1王女だなんて……」

「王妃様もエリス様もおかわいそうに……」


 少しでも早く、けれども正確に。

 心身をすり減らしながら、ボロボロになりながら、毎日を過ごしていた。



 転機が訪れたのは15歳になったときにセーリオ帝国の皇帝が代替わりをしたことだ。領土を広げるための戦争が始まり、なにか動きが起きる度にその速報は直ちに城へ届けられた。会議の際に国王がスピーチするための原稿を書くという仕事があったので、新聞や雑誌などの時事情報が分かる媒体が優先的に読めたことは不幸中の幸いだった。


 2年が経過し、セーリオ帝国の影が少しずつ忍び寄ってきた。


 隣国では戦争を避けて平和協定を受け入れたこと、王女が皇帝のハーレムに入ることになったと報じられていた。そろそろルーティ国の順番だろう。この小さな国には戦う力がないので平和協定を結ぶことになる。あの国王夫妻がエリスを手放すことはないので私が人質としてセーリオ帝国に嫁ぐことは既に決まっているはずだ。


 両親に愛されたいなどと愚かなことを考えていたけれど、この頃には『誰にも愛されることはない』と理解していた。


「引継ぎの必要は無いのかしら……」


 小さな執務室には膨大な資料と書類が収集されている。平和協定のことも、人質として嫁ぐことも、前もって知らされることはないのだろう。私はそういう扱いをされても当然だと思われている。


 資料を分かりやすいように整理し、重要な案件には付箋をつけ、箱をいくつか用意して優先度の高い順番に書類を整理するなどして平和協定締結の日を待った。




 何の前触れもなく朝早くに叩き起こされ、身体を磨かれ、サイズ違いのドレスを着せられた。私のために新調されるはずがないのでエリスが着なくなったドレスのうちの1枚なのだろう。栄養不足のために中途半端に成長が止まってしまったせいで胸元は緩く、丈も余っていて不格好だった。


 説明もなく謁見室に連行されただけでなく、たった一人で入場させられた。本で読んだけれど、こういう時は護衛兵士のエスコートがあるはずだ。


「……!」


 これまでに見たこともない数の人間が謁見室に集まっていた。国内の貴族名簿は暗記しているけれど、こうして生身の人間を見るのは初めてだった。顔を合わせるのはメイドと妹のエリスだけだったので見慣れぬ男性の姿に少し緊張してしまう。


「セーリオ帝国との平和協定のためにお前には人質となってもらう。王家の邪魔者だったお前もようやく役に立つことができるな」


 国王の顔を見たのは何年ぶりになるだろう。年老いた父親の顔を見ても何も感じなかった。


「皇帝陛下のハーレムで9番目の妻になるんですよ。可哀想なお姉様!」


 エリスは楽しそうに笑っていたけれど、この場所を離れることが出来るのなら9番目の妻だろうが90番目の妻だろうが関係ない。セーリオ帝国の皇帝陛下に心から感謝した。


「セーリオ帝国の皇帝陛下がご入場されます!」


 新聞記事によると帝国は女性を大切にする国だと報じられていた。だからこそ、皇帝陛下が直々に妻となる女性を迎えに来るのだそうだ。


 セーリオ帝国の皇帝陛下は大きな身体で、褐色の肌をしていた。セーリオ帝国は大陸の南に位置しており別名が『太陽の国』と呼ばれているだけあって従者たちも漏れなく褐色肌の男性ばかりだった。


「これより平和協定の締結と、婚姻の契約書にサインを……」

「お待ちになって! ジェスレーン様の結婚相手は私ですの!」


 エリスが突然おかしなことを叫びだした。そう感じたのは私だけではなかったようで、謁見室に集まった貴族達もお互いに顔を見合わせて首を傾げている。


「……はぁ」


 皇帝陛下の言葉を遮るだけでなく、許されてもいないのに皇帝陛下の名前を呼ぶ無礼な行為。これでルーティ国はお仕舞だ。戦争を回避するためにはルーティ王家の血を絶やしてトップを入れ替える方が手っ取り早い。宰相や家臣たちはそう判断するだろう。

 セーリオ帝国から来た人たちはほとんど全員が帯刀している。平和協定といっても帝国の立場が上だから帯刀も許されるのだ。この場で王家の全員が斬首され、セーリオ帝国の属国が誕生することになってもおかしくない。


「お姉様が私の立場を奪ったのですよ! 本当は私がジェスレーン様の元に行くはずだったのです!」


 このまま女神様の花園に向かうのも悪くないかもしれない。そうすれば好きなだけ魂を休める事が許される。


「ソニア、サインを」

「え……?」


 皇帝陛下はエリスの存在を完全に無視して契約書にサインを済ませ、私にもサインをするよう促している。


「サイン致しました」

「これで平和協定は締結した!」


 大きな声で宣言がされると謁見室にいた全員が拍手をした。エリスの行動がうやむやになるのであれば大歓迎、という具合に国王夫妻も冷や汗を拭いながら拍手をしていた。エリスだけが呆然として周囲を見回している。


「今この時からソニアは私の妻となった。妻への無礼は私に剣を突き付けるに等しいと心得よ」


 この宣言のおかげでメイドから見下されることは無くなるだろう。帝国に向けて出発する日までは心穏やかに過ごすことができるかもしれない。


「出発は明日の午後だ。ソニアは事務処理を一手に引き受ける程の才女だと聞いている。既に引継ぎは済んでいるだろうから何も問題はないな?」

「お、お待ちください、可能であれば1週間ほどお時間を頂きたいと……」

「今まで何をしていたのだ? 出発の時間は変更しない。引継ぎが必要であれば今日のうちに済ませておけ」


 真っ青な表情で声を上げたのが宰相だろう。慌てて文官を集めると、私の執務室に移動するようにと命じていた。今はもう午後のお茶の時間になろうとしている。荷造りする時間を考えたら引継ぎに使えるのは2時間といったところだろうか。

 

「ソニア、この城内で護衛騎士となるアレックスだ」

「アレックスと申します」


 皇帝陛下と同じような体格の男性が騎士の礼をとってくれた。


「それから筆頭文官のエリュード。必要ないとは思うが引継ぎの補助として連れてきた」


 内情がほぼ知られていることに驚いた。セーリオ帝国はいったいどれだけの情報収集をしていたのだろう。


「エリュードと申します。ソニア様、よろしくお願いいたします」


 文官のエリュードは騎士と比べると小柄で、背中まで伸ばした赤い髪を美しく結っている。その中性的な見た目に少しホッとした。


「それから侍女のフェリシア。後宮での侍女長となる者だ」

「フェリシアと申します」


 フェリシアは20代後半の美しい女性だった。その気品に溢れる姿を見ていると彼女こそが主人のように思えてくる。


「ソニアを一人にしないよう十分に注意しろ」


 紹介された3人が声をそろえて返事をすると、皇帝陛下は私の手を取り、軽いキスを落とした。


「明日の午後、また会おう」

「は、はい……」


 皇帝陛下が従者を連れて謁見室を出て行ったので私も執務室に移動することにした。




「ソニア様、引継ぎをお願いします」


 執務室には既に5名の文官が待機していたので重要度の高いものから順番に説明を始める。


「まずこちらの箱から処理をしてください。左側から最重要案件で右に行くほど急ぎではない書類となっています」

「お待ちください、いくらなんでも箱が多すぎます! もっと……」


 箱は20個しかない。どうせ文官たちで手分けをするのだから何も問題はないだろう。


「ソニア様のお言葉を遮るな。皇帝陛下の宣言を聞いていなかったのか。ルーティでは国王の言葉を遮って異論を唱えることが許されているのか?」


 エリュードが私をかばうようにして文官に注意をしてくれた。小柄だと思っていたけれど、その背中が今の私にはとても大きく見えた。


「も、申し訳ありません……」

「この執務室を見るだけでソニア様がどれだけ優秀な方か理解できる。口頭で指示があるだけありがたいと思え」


 引継ぎがしやすいように整理していたので、そこに気が付いてくれる人がいたことに驚いた。


「さぁ、ソニア様。続きを」

「えぇ……過去の統計からカレリア地方では雨季に洪水が起きることが予想されます。予算案はまだ出来ていませんのでこちらの案件は早急に対処してください。それから、何度も書類を出していましたけれどエリスの浪費を抑えないと本当に危ないです。あとは……」


 優先度の高い順に資料を示して説明をしていくと文官たちが真っ青になっていく。処理すべき事案が多すぎて驚いたのだろうか。


「あと、こちらが明日の会議で国王陛下がスピーチされる原稿です。今後は文官の皆様で担当してくださいね」


 説明をしていたらあっという間に時間が過ぎていった。文官はまだ聞きたいことがありそうな顔をしていたけれど、エリュードに促されるまま執務室を後にした。



 私の執務室。

 希望を持った場所で、絶望を知った場所でもあった。

 私だけの居場所であり、牢獄でもあった。


 5年を過ごした執務室に、心の中で別れを告げた。

 もう二度と、ここに戻ることはないだろう。





「こちらがソニア様のお荷物ですか?」


 エリュードは引継ぎが終わったことを皇帝陛下に報告しに行き、護衛騎士のアレックスが扉の外で警備をしてくれることになった。


「全てエリスの不用品ね……」


 嫁入り用に用意されたらしい品を見てみると見覚えのあるものばかりだった。新品が一つもないことに、思わずため息を吐いてしまう。


「ソニア様にお似合いのものはありませんね。帝国で一つ一つ良いものを揃えていきましょう。この不用品は置いていきましょうね」

「なんだか申し訳ないわ」

「セーリオ帝国の男性は妻に贈り物をすることがお好きなのです。自分の好みを反映させられますからね」


 サイズの合っていないドレスを脱ぐのを手伝ってもらい、いつもの粗末な服に着替えると気持ちが落ち着いた。フェリシアはこのような粗末な服を見ても顔色一つ変えることなく着替えを手伝ってくれた。


「ソニア様、お疲れ様でした。しばらくお休みになられてください」


 ベッドに誘導されて横になるとあっという間に眠気に襲われた。昨夜も寝る時間が遅かったのと、朝早くに叩き起こされたからだろう。エリスの行動で死ぬ覚悟をして、平和協定を結んで、手の甲にキスをされて、エリュードの背中に護られて……いろいろなことがありすぎて疲れてしまった……






「ソニア様、おはようございます」

「……フェリシア?」


 目が覚めたら夜が明けていた。

 夕食も取らずに眠り続けていたようだ。


「朝食を準備させました」


 洗面器に用意された温かいお湯、ふわふわのタオル、湯気のある料理……数年ぶりに見る光景に戸惑ってしまったけれど、なんとか朝食を済ませることができた。


「今日の予定ですが、お着替えが済みましたら荷物をまとめて頂き、城の正面玄関に移動します。玄関から馬車までは皇帝陛下がエスコート致します」

「まとめる荷物は、特にないわね……私物は服ぐらいしか……」

「昨日のうちに既製服と下着を準備させて頂きました。きっとお似合いになると思いますよ」


 私が寝ているうちにクローゼットを確認してくれたのだろう。フェリシアが既製服を見せてくれた。そのどれもが気品を感じられるデザインだった。


「馬車まではいつもの服で行きたいと言ったら怒られるかしら」

「ソニア様の希望を最優先にせよと皇帝陛下から承っております」


 この服装が非常識だと思われても、エリスのお古を着せられたくはなかった。エリスの不用品を身に着けて、ルーティ王家の不用品であることを証明しながら城を出ていくなんて、耐えられなかった。


 邪魔者扱いされてきたけれど……これが第1王女としての最後の仕事だ。いつもの服で、いつもの自分を偽ることなく城を出ていこうと思う。




 皇帝陛下に手を引かれて正面玄関を出ると、集まってきた民衆から「わぁっ!」と歓声が上がり、次いで戸惑いの声が上がった。


「どういうことだ?」

「第1王女のソニア様だろう? なんで平民でも着ないような古いワンピースなんだ?」

「ソニア様は病弱という話だけどドレスぐらい着せてやれなかったのかい?」

「見てみろ、エリス様のほうが花嫁のようなドレスを着ているぞ」

「ルーティ国のために結婚するのに花嫁道具の馬車がないのはどうして?」


 国民の視線から逃れるように国王夫妻はそそくさと城内に戻っていった。小さな国だから噂はすぐに広まる。しばらくは国中で話題になるだろう。


「ソニア、帝国までゆっくりと過ごすが良い」

「……お気遣いを、ありがとう存じます」


 セーリオ帝国までは馬車よりグレードの高い幻獣車で移動するようだ。本で見たことはあるけど実物を見るのは初めてだ。車内には寝具やベッド、テーブルにソファに簡易キッチンまで備えられているらしい。


「ソニア様、ご立派でした」

「フェリシア、ありがとう」


 17年間を過ごしたルーティ国。

 初めて城を出た日が、国を出る日になるとは思わなかった。


 セーリオ帝国の後宮……どんな場所なのだろう。


ほとんど書きあがっているので3日ほどで投稿完了できると思います。

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