自分とは無関係だったはずの話
さて……問題は映画が始まってしまってからであった。
佐田が選んだのは恋愛映画だったのだが……全ての問題はここに集約された。
そもそも……恋愛映画とは、カップルが見るものだと思う。
俺は恋愛映画なんて見ないし、あまり縁がないと思っていた。
だから、いつも見る映画はアクションとかスプラッタとか……人間の心の機微とはあまり関係のない部類が多かった。
よって、恋愛映画が始まってしまうと……どんな顔でそれを見ればいいのかわからないのである。
「……なぁ」
予告映像が流れ出してしまった。もう後戻りはできない。
それはわかっていたが、隣に座る佐田に俺は話しかける。
「ん? 何?」
佐田は嬉しそうな顔をしながら俺を見る。
「あの……俺、この映画、タイトルさえ全然知らないんだけど……どういう映画なんだ?」
俺がそう聞くと佐田は大きくため息をつく。
「アンタ……映画それなりに見るって言ってたじゃない」
「え……でも、今やっているこれは……よく知らない」
俺がそう言うと肩をすくめて佐田は先を続ける。
「……この映画はね、簡単に言えば……昔友達だった男女が、数年経ってから出会って、また恋に落ちるって映画よ」
「へぇ……まぁ、よくある感じだな」
「そう。よくある感じ。わかったら大人しく見て」
俺は納得して今一度画面の方に視線を移す。
……ちょっと待て。今、おかしくなかったか?
そもそも……思いつきのような形で映画館に来たのだ。それで、何を見るかなんて最初は決めていなかったはず……
それなのに佐田は……そんなのわかりきったことだと言わんばかりに、この映画の内容を簡単に言ってのけた。
それって、つまり……最初からこの映画を見る気満々だったことなんじゃ……
「ほら、始まるよ」
そんなことを考えている間に、佐田の合図とともに、映画は始まってしまった。
確かに佐田の言うとおり、よくある普通の話だった。
小さい頃知り合いだった主人公とヒロインの男女が、数年経ってから再開し、衝突を繰り返しながらも絆を強めていく……佐田の言う通りの内容だった。
そして、俺はもう一つ理解した。
これは……完全にカップル向けの映画だ。内容なんてどうでもいい。いい感じになるための映画……それを今俺はよりにもよって、佐田と見ているのである。
映画は徐々に後半に差し掛かっていく。映画の中でも既に主人公とヒロインは既にいい感じになってきており、主人公が……ヒロインと手をつなぎだした。
あー……俺にこういうことはできないな。恥ずかしすぎるし。
そもそも、俺はこういう映画の主人公みたいなタイプではなかった。
友達も……現在絶賛喧嘩中の瀬名くらいしか、そうと呼べる存在はいなし……
ましてや彼女なんて……
その時だった。ふと……暗がりの中で俺の指先に触れる物があった。
最初は……気のせいだと思っていた。暗がりの中で神経が過敏になり、何かが触れている……そんな気に鳴っているだけだと思っていた。
しかし、どうやらそうではない。
触れるものは何度も俺の指先をつついている。よくわからないので俺は動かないでおいたが……ふいに何かが俺の手の甲に被さってきた。
なんというか、とても柔らかい感触で……俺は最初意味がわからなかった。
だが、それがすぐに……隣の佐田の手のひらだということが理解できた。
俺はゆっくりと佐田の方を見る。
佐田も……俺の方を見ていた。真剣な……まっすぐな目で。
それが数秒間か……数分続いただろうか。
俺はゆっくりと画面に視線を戻す。画面では主人公とヒロインが夜空を見上げていい感じになっていた。
いや、今のは……なんだ? 見間違いか? それとも……
俺はよくわからない気持ちのまま、映画の場面を見る。夕日とか夜空とか……恋愛映画にはいかにもありがちな風景だ。
しかし、俺はその場面を見て少し嫌な予感を抱く。いや、嫌な予感ではなかったが、なんとなく、この後の展開してありそうな……
とにかく、その時から、俺はあまり映画に集中できなかった。
結局、情けない話ではあるが、俺は、映画のスタッフロールが流れているのを見て、ぼんやりと、映画が終わってしまったことを認識したのであった。




