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不思議な話

 とりあえず外に出てはみたが……問題は佐田がどこいるのかであった。


 宮野の時のように家にいるということが確定したわけではない。


 そもそもあの時は佐田に聞いたからこそ、宮野が家にいることがわかったわけであるが……


「……宮野には言うわけにはいかないな」


 俺はそう思って、今一度思い出す。


 佐田との電話……水の流れる音がしていた。


 水が流れる……おそらくここらへんで水が流れる音が聞こえるとなると……川くらいしか考えられない。


 川……俺はそう考え、走る。


 幸い、この近くには大きな川は一つしかない……そして、もし、佐田が本気で死ぬつもりなら、あまり人気がない場所を選ぶはずである。


 俺は川に架かる橋の中でも一番人気がない場所へと急いだ。


 それにしても……なんで急に佐田は死ぬなんて言い出したんだ?


 アイツが死ぬ要素が見当たらない……むしろ、俺はアイツのせいで死にそうになったんだぞ?


 勝手なやつ……そう思いながら俺は走って橋の方に向かっていった。


 そして、程なくして俺は目的地であった橋にたどり着いた。


 ……だが、そもそも佐田がここにいるかどうかはわからない。


 よく考えればアホらしい話で……


「……あ」


 しかし、運が良いということは、あるものである。


 橋の欄干……その上に制服を来た少女の姿がある。


「あ……お……おい!」


 俺は大声で叫んだ。すると、橋の上の少女は俺を見る。


 少女の顔には……心なしか切り傷のようなものが見える。無論、薄暗い闇の中でそれは確認できるものではなかったが。


「あはは! 来たんだ」


 返ってくる声……それは紛れもなく佐田汐美の声だった。


「お……お前! 何やってんだよ!」


 俺は大声で叫ぶ。佐田はヘラヘラと笑いながら、俺のことを見ている。


「何って……言ったでしょ? 死ぬって」


 流石に俺も我慢の限界だった。俺はそのまま橋の欄干に近づいていこうとする。


「来ないで!」


 しかし、佐田が鋭い声でそう言った。俺は思わず立ち止まる。


「……来ないで」


「……なぁ、お前どうしたんだよ? なんでこんなこと……」


「……楽しかったでしょ?」


 佐田は俺にそう言った。俺は意味がわからず佐田の方を見る。


「……は? 楽しかった、って……何が?」


「知弦と一緒にいて……楽しかったでしょ」


 唐突にそんなことを言われて、俺は面食らってしまった。どう返事すればいいかわからず、ただ、佐田を見る。


 近くでみるとわかるが……やはり佐田の頬には切り傷のようなものがある。俺は流石に心配になってしまった。


「お、おい……お前……」


「楽しかった、でしょ?」


 ニンマリと不気味に微笑んで佐田はそう言った。俺はそれ以上何も言わずただ小さく頷いた。


「……そっか」


 それから暫くの間、沈黙が俺と佐田の間に流れる。


「じゃあ、私が死んでも、アンタには問題ないでしょ」


「はぁ? お、お前なぁ……ふざけるなよ。お前なんだって死のうだなんて――」


「辛いから」


 俺が最後まで言い終わらないうちに、佐田はそう言った。俺は唖然としてしまって、佐田の方を見る。


 佐田は……泣いていた。俺の方に顔は向けず、ただ、川の方に向かってボロボロと涙をこぼしていた。


「……あははっ……バカみたいよね……ホント……でも……辛いから」


「佐田……」


 すると、佐田は俺の方に顔を向ける。


「……ねぇ、死んでいいかな?」


 自分のことではないような言い方をしながら、佐田は笑ってみせる。


 その笑顔は……かつて俺が心の中で悪魔と呼んでいた佐田汐美のものではなくて……とてもか弱い女の子の表情だった。


 俺はなんとか振り絞るようにして声を出す。


「……ダメだ」


 俺がそう言うと佐田はキョトンとした顔をして俺を見る。それから、嬉しそうに笑った。


「あははっ……だよね」


 そういって、佐田は欄干から飛び降りてきた。と、思うと、そのまま俺に抱きついてきた。


「お、おい……」


「……ごめん。でも……今は……一人で立てない」


 佐田はそう言って俺のことをギュッと抱きしめる。


 俺は今までの人生で味わわったことのない程に不思議な気分になっていたのだった。

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