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怒りの話

 俺がそう言うと、宮野も佐田も黙ってしまった。


 それはそうだ。何も言い返すこともできないだろう。事実なのだから。


 先程まで死のうとしていた宮野でさえ、不安げな顔で俺を見ている。


「で……でも……それは……昔の話で……」


 佐田が震える声でそう言った。俺は正直今此処で許されるのならば、佐田を殴り殺してしまおうかと思ったが、なんとか耐えた。


「……そうだな。お前達にとっては俺が死のうとしたのは昔の話で、今宮野が死のうとしていることの方が問題だもんな」


「そ、そういう意味じゃ……」


「……なんで、死ななかったの?」


 と、今度は宮野がそう言ってきた。俺は今度は宮野を睨みつける。


「今のお前と一緒だよ。怖かったんだ」


「え……」


 宮野は図星のようだった。ショックを受けたような顔で俺を見る。


「ふふっ……そりゃあ、死のうと思うことは有るさ。でも、いざ死ぬってなると……怖いんだよな。これで終わってしまうんだ、って……で、結局何度挑戦してもできなかった」


 そう言い終わると、俺は宮野に近づいていった。


「ちょっと、岸谷……」


 佐田の言葉は無視して、俺はそのまま宮野に近づいてくる。


 宮野はもうカッターを俺に向けることはなく、ただ、怯えた視線で俺を見ていた。


「お前、なんで俺に電話したんだよ」


「え……あ……」


 そう言われて、宮野は申し訳なさそうに目を伏せる。


「本当に死ぬつもりだったんなら、何も言わずに死ぬだろ……来てほしかったんだろ。俺と佐田に」


「そ、それは……」


「で、俺と佐田はその通りにした。まんまとお前の策略にハマったってわけだな」


「わ、私は……」


「いいか。お前はズルいヤツだよ。最低だ。俺は誰にも言わなかったし、誰も助けてくれなかった。それなのに、お前は佐田はともかく……死に際まで追い詰めた俺に助けを求めるのかよ」


 怒りはこもっていたが、自分でも驚くほどに淡々と俺は宮野にそう言った。宮野は声を押し殺しながら静かに泣いていた。


「……で、どうするんだよ。死ぬのか。死なないのか」


 俺がそう聞くと、宮野は観念したように、カッターを手から取り落とした。


 それを見て、佐田が宮野を抱きしめる。


 佐田に抱きしめられた瞬間、宮野は大声で泣き始めた。


「大丈夫……ね? 大丈夫だから……」


 俺は不思議な感覚にとらわれていた。


 なにせ……今まで俺を苦しめていた因縁の二人が、これほどまでに弱々しい姿を俺の前に晒すとは思わなかったからだ。


 それはきっと心地良はずの光景なのに……俺にとっては、とても不快な光景に思えたのだった。

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