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王都日常編・秋

地球へ里帰り編でまだマレンジスに帰っていませんが、時間軸が異なるこっちが先に書きたくなったのでアップします。

 

――ヒルデはハッと息を飲み、振り返った。その刹那、頭部の動きに併せ翻った彼女の長いブロンドの髪がベールのように広がるその中央を鋭い風切り音が掠めていき、数本の金糸がはらりと地へ舞い落ちてゆく。


「お見事です、プリンセス。

しかし……どうやらここまでのようですな?」

「マーゼル伯爵、何故なのです!?」


背後から迫り来る、キリキリと弦を引き絞った弓をヒルデへ向けて構えた騎士隊を従え、悠然と顎髭を撫でるマーゼル伯爵の冷ややかな笑みに、ヒルデはその真意を問う。しかし伯は、スッと片手を上げ……


「残念です。とても。

せめてプリンセス、あなた様の母君が卑しい端女などではなく、高貴なお血筋でさえあれば、まだ話は変わったのですがね……」


マーゼル伯爵は両目を伏せ、掲げた手を振り下ろす。

数十本の矢が、一斉に解き放たれた――



「みぃーっ!?」


読んでいた本が何だかとんでもない場面で『次回へ続く!』になっており、ユーリは思わず言葉にならぬ悲鳴を上げた。プリンセスへ襲い来る絶体絶命のピンチだが、ヒーローは遥か遠く戦場にある。


「ユーリちゃん、本を叩いてはいけませんわ」


王都はパヴォド伯爵邸内中庭の木陰に設置されているティーテーブルのチェアに腰掛け、子ネコ姿のユーリを膝に乗せ、魔術師連盟の図書室から借りてきたプリンセス・ヒルデシリーズの最新作を読んでいたエストは、咎めるようにユーリの右前足を軽く押さえた。

そのまま本をパタンと閉じ、ユーリの喉元をくすぐってくる。こうされると勝手にゴロゴロと鳴るのは、多分この姿を模倣設定したご主人様の趣味だろう。


「これまで楽しく読んできたけれど、最新刊まで追い付いてしまって、こうなると続きを待つのが少し辛いわね」

「みぃみぃ(そうですねえ、エストお嬢様……じゃなかった、奥様)」


夏の終わり、大騒ぎの後に無事に結婚したカルロスとエストであるが、秋が訪れた現在……絶賛別居夫婦中である。その理由はただ一つ、ベアトリスから結婚祝いにと贈られた新居の準備が、まだ全く終わっていないからである。

社交シーズンも終わり、伯爵家の方々も領地に戻ってしまわれた今、パヴォド伯爵邸に残っているのは嫁いだエストのみ、そこへ夫のカルロスが引っ越し作業の合間に奥方の下へせっせと通い詰める、というバーデュロイにおいてやや変則的な状況である。平安時代か。


「エストお嬢様」


ポットを持ち上げてティーカップに手ずからお茶を注ぎ、一口含みほぅ……と吐息を漏らすエストの下へ、読書に集中したいからと人払いをなされた結果、やや離れた場所でこちらを見守っていたエスト付きレディーズメイドのセリアが、母屋の方から早足で中庭を横断してきた。

ユーリもそうだが、あまりにも急に結婚式が執り行われたせいもあるが、延々とパヴォド伯爵邸で変わらず暮らしているのもあってか、つい『奥様』ではなく『お嬢様』と呼称してしまう。

パヴォド伯爵邸において、奥様と言えばレディ・フィデリアであるし、エストは嫁にいこうが使用人の感覚的にはお嬢様なのである。


「カルロスさんがお帰りになられました」

「まあ、本当?」


セリアが行き急ききって知らせてきたカルロスの帰宅情報に、エストはパッと表情を輝かせてユーリを腕に抱え、チェアから立ち上がった。

淑女の優雅さを保ったまま、ドレスの裾を翻して玄関ホールへ向かうべく、急ぎ足で歩を進める。

中庭を抜け、回廊を回り込んだエストは、思わず息を飲んだ。


「……シア!」

「キール!」


肩に白い固まりを乗っけた金髪イケメンが、ブーツで床石をカツカツ叩きながらポーチを駆け足で横断してフワフワ金髪美少女へと駆け寄り、はっしと抱き合う。

取り敢えず、主人夫妻が交わす抱擁の、その間に挟まれると圧迫されて酷い事になるので、ユーリはご主人様のお姿を目視した時点でエストの腕からツルリと抜け出して床に降り立った。


「お帰りなさい、キール。あなたが居なくて、少しだけ寂しかったわ」

「少し、なのか? 俺はお前と離れて過ごすだなんて、1日……いや、半日でも耐え難い苦痛だ。早く俺を癒やしてくれ、シア」


いや、うん。

お幸せそーなのは大変結構なのですが、2人きりではないのだからして、イチャつくのはせめて屋内にして下さいませんかね?


子ネコ姿での着地にも慣れ、スタッと華麗に降り立ったユーリは、半眼でご主人様を見やった。このように、らぶらぶな言動を繰り広げるのは結構なのだが、ラウラに見つかるとまたお小言が飛んでくる。

カルロスは熱い抱擁と口付けの後、奥方の腰に腕を回して許容範囲内なスキンシップに移行しつつ、床の上でお座りしているユーリへ片手を差し出してきた。


「ただいま、ユーリ。ちゃんと良い子にしてたか?」


お帰りなさいませ、主。

ベアトリス様より頂戴しましたベルベティー邸の補修・修繕作業及び改装・清掃作業は粗方完了致しまして、現在は不足分の家具納品待ち。

こちらは経年劣化しましたカーペットやカーテン、リネン類の取り替えが主な物と、日用品や食器類の購入になります。主のご意向に従い、万事エスト奥様に采配をふるって頂きまして、購入も八割方完了しております。

後、エスト奥様が主の為に何かしたいとお考えでしたので、好物の調理法でも手取り足取り教えて差し上げてはいかがでしょう。


エストと一緒にいられてご機嫌な主の片手にぴょんと飛び乗り、ユーリは留守中の報告を始める。といっても、逐一主要な情報は伝えていたので、簡単なまとめや本日の出来事ぐらいなものだが。因みに、新居の改装や住みやすいよう調える為の費用は、ベアトリスがポンと出してくれた。……孫は貧乏なのに、祖母は金持ち。身内に厳しいのか甘いのか、よく分からない関係である。


「おー、そうかそうか。いつもありがとな、ユーリ」

「まあ、シャル。今日はそちらの姿なのね」

「エステファニア奥様、ただいま戻りました」


カルロスはエストと共に移動しながらユーリの話を聞き、シャルの愛くるしい姿にエストは目を輝かせた。

主人夫妻抱擁中は、同じように避難するべく空中に退避していた子イヌ姿のシャルも、パタパタと小さな羽根を羽ばたかせて回り込んできて、エストに撫でられている。


「みぃみぃ(お帰りなさい、シャルさん)」

「ただいま、ユーリさん」


ご主人様への報告を済ませ、カルロスの腕の中から呼び掛けると、パタパタとユーリの傍らへ回り込んできたシャルが、ユーリの頬をペロペロと舐めた。子ネコ姿と子イヌ姿になると殆ど同じサイズになる為、首がもげそうになる危機感も無く、実に有り難い。

ユーリの差し出す右前足の肉球の上に、シャルの前足の肉球が重なる。すりすりと頬をすり寄せると、シャルがくすぐったそうに笑った。


「……どうだ、シア。素晴らしい英断だろう?」

「ええ、何物にも代え難い光景だわ」

「本当はシャルも子ネコ姿が良かったんだが、当人が嫌がってな」

「けれど、シャルがこの姿だからこそ、今の美しさがあるのねキール」

「その通りだ!」


妙に鼻息を荒くしながら、奥方に語り掛けるご主人様。ここが公共の場であれば、間違いなく変態か不審者として通報されていたハズだ。

カルロスの挙動不審さに注意をしてくれそうな、しっかりとした使用人の方々も、廊下ですれ違っても口を噤んでしまう。残念ながらエストの婿となったカルロスに対して、立場上、窘めても無礼に当たらない上級使用人でなくては問題になるので、まあこれはいたしかたがない。取り敢えず、ラウラやセリア、ゴンサレス辺りは遠慮なく叱り飛ばしてくれそうなものだが、ラウラとゴンサレスは現在別所にて仕事中、付き従っているセリアは……何故か肩を弾まし荒い呼吸と頬を紅潮させ、カルロスと同じ表情をしていた。ヤバい。


「みっ、みっ(主、お帰りになって早々ですが、湯浴みをしてごゆっくり寛がれては?)」

「ん? そうだな、長距離を移動して汗をかいたから風呂に入りたいな」

「まあ、それなら用意させますわ。セリア、お願い」

「畏まりました」


妙にウキウキしながらユーリに同調したカルロスは、旅の疲れを風呂で癒やすらしい。

ご主人様の腕から飛び降り、エスト奥様と一緒に入る気満々なカルロスの背を生ぬるく見やる。


「ユーリさん、今日のお仕事は終わったのですか?」

「みゅー(はい。今日はウィリーがお勉強を教えに来てくれる約束になってます)」

「なるほど」


ユーリはテケテケと、ウィリーが来訪した際に通される応接室に向かいつつ、傍らに降り立ち並んで歩くシャルを見やる。お互いに人間の姿の二本足で歩くのはいつもの事だが、こうして四つ足で一緒に歩くのは……恐らく初めてではないだろうか。


「みー(シャルさん、お仕事は?)」

「マスターを森の家から王都まで運んできて、今日はもうくたびれました。

膜も固定されて、こちらの姿からでは変身も出来ませんし……」

「みぃみぃ(主が我々の姿を変える必要性を思い出して下さるのは、いつになりますかねえ?)」

「エステファニア奥様とたっぷりイチャついて、明日の昼過ぎぐらいじゃないですかね?」


お喋りしながら移動するユーリとシャルを、擦れ違う使用人の方々が口惜しげに見やる。その唇はわなわなと震え「仕事中でさえなければ……!」と動き、無念そうにお仕事に専念する。

……シャルの子イヌ姿の破壊力は相当だ、とはユーリも承知しているが、ネコ派にしてみればきっと現在のユーリの姿も堪らないものがあるのだろう。

シャルとユーリは、お互いに主人から与えられた容姿には完全に無頓着であるし、萌えに萌えている方々を見ると、中身が詐欺で何だか申し訳なくなる。


パヴォド伯爵邸内に幾つか存在する応接室のドアの前に辿り着いたが、当然の事ながらドアはきちんと閉ざされている。


「ふみぃ……(廊下で待ちぼうけするしか無いんでしょうか……)」


ウィリーが訪れても、この姿ではユーリがどこに居るのか分からず使用人の方々が探し回る羽目にならないよう、あらかじめ友人が通される応接室で待っていようと手間を省こうとしたのは良いのだが、どこまでもドアはユーリの前へ強固に立ちはだかる。ダメ元でぴょんぴょん飛び跳ねても、前足が届かない。


「ユーリさん、いったい何をしているのですか?」


背後にちんまりとお座りしていたシャルが、ユーリの奮闘ぶりを不思議そうに眺め、首を傾げる。そんな仕草も無駄に愛くるしい。


「みっ!(ドアを開けたいのです!)」

「何だ、そんな事ですか」


ユーリがぷりぷりと苛立ちながら、遥か高みにあるドアノブを右前足でビシッと指し示すと、シャルはふわりと羽根を広げ、パタパタと飛び上がった。そのままドアノブに着地し、身体全体を使って捻る。

ガチャリ、と、狭い隙間ながら応接室のドアはあっさりと開かれた。


「はい、どうぞ」


床に降り立ちドアと枠の間に前足を突っ込み、子イヌや子ネコが十分通れる隙間を広げたシャルは、平然とユーリを促してくる。

ユーリは、ショックのあまりよろめいていた。


「み……(そんな……シャルさんは簡単にドアを開けられるだなんて……)」

「はあ? ドアは簡単に開く構造になっているのですから、当然でしょう」


当然ではない。この体格だから仕方がないのだと、自分を慰めていた根拠が簡単に覆され、ユーリは間に立つシャルを弾き飛ばしつつ、ウワーッと泣きたい気分で応接室に突撃した。

その勢いで、日当たりの良いソファーの上に飛び乗る。

一拍遅れて入室してきたシャルは、パタパタと羽根を動かして空中に留まりつつ、ユーリの顔を覗き込んでくる。


「危ないじゃないですか、ユーリさん」

「みぃみぃ(知りませんっ。自分だけ空が飛べるのが悪いんです)」

「また無茶を……今度、マスターに小鳥にでも姿を変えて頂いたら如何です?」


ぷいっと顔を背け、ソファーの上で丸くなるユーリの傍らに降り立ち、寝転がって引っ付いてくるシャル。

午後の日差しの中、ちょっとだけお昼寝タイムである。




「……どうしよう。起こすのが惜しいって言うか、これ滅茶苦茶可愛い……」


そして約束の時間にやって来たウィリー君が目撃したのは、小動物二匹が仲良く向かい合わせに丸くなって眠る、とってもほのぼのとした光景でしたとさ。



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