6.腹ぺこ聖女シロ
しばらくして、残っていた全ての魚を食らいつくした聖女がようやく人心地ついたのか、頭を下げてくる。
「ご飯をくれて、ありがとー!」
「あ、あぁ……、気にするな……」
聖女らしからぬ元気な言葉に俺は言葉に詰まってしまう。
すると、クルシュが苦笑を浮かべていた。
「ご馳走……、というより勝手に食べてましたけどね……。相変わらずですね、シロちゃん……。ううん、今は聖女だからシロ様か聖女様って呼んだ方が良いですか?」
どうやらクルシュの知り合いのようだった。
聖女見習いをしていたのだから、知っていてもおかしくはないのか。
でも、この親しげな話し方……。相当仲が良かったようだ。
「私の魚……」
深刻な話をしている中、ラーレだけは名残惜しそうに串だけになった元焼き魚を眺めていた。
「えっと、あれっ? ……も、もしかして、クルシュちゃん!?」
シロと呼ばれた聖女はクルシュをジッと眺めて、ようやく気づいていた。
そして、うれしそうに抱きついていた。
「わわっ!?」
「会いたかったよー、クルシュちゃん! どこに行ったのかと探したよー!」
どうやら彼女なりにクルシュのことを心配してくれたようだ。
……もしかして、この領地付近に来ていた理由はクルシュ絡みだろうか?
それにクルシュの恥ずかしそうだけど、どこかうれしそうな表情……。
やっぱり知り合いに会えるのはうれしいもんな。
聖女様がクルシュに会いに来る理由……。
もしかして、クルシュを教会へ呼び戻そうとしているのだろうか?
確かにクルシュは元聖女見習い。
即戦力としても使うことができる上に、聖女の知り合いだ。
これほど信頼できる相手はいないだろう。
クルシュがそれを望むのなら……。
俺に否定する術はないな……と思ったが、それを考えた瞬間に心の奥がチクリと痛んだ。
「……?」
その感情を不思議に思い、首を傾げる。
でも、考えようによっては何もおかしいことはなかった。
この世界へ来て、初めてできた領民。
それ以来一緒になって、領地を広げていこうと頑張ってきたのだ。
彼女がいなくなることは、俺にとっても悲しい。
「えっと、聖女様……? そのくらいにしてください。その……、ソーマさん達も困惑してますので――」
「むぅ……、その呼び方、他人行儀で嫌だな。昔みたいにシロちゃんでいいよ」
「そ、そういうわけにはいきませんよ!? シロ様は今は聖女様なんですから――」
「それなら聖女としての私からのお願いだよ。昔のしゃべり方をしてね!」
にっこり微笑みながらとんでもないことを言い出すシロにクルシュはため息交じりに答える。
「はぁ……、わかりましたよ……。シロちゃん……。これでいいですか?」
「うんうん、まだしゃべり方が固い気がするけど、そこは追々直していこうね?」
「こ、これ以上は無理ですよぉ……。それより、シロちゃんはどうしてこんなところに来たのですか? この辺りはソーマさんの領地くらいしかないと思いますよ?」
「えっと、そ、それはもちろん、そ、ソーマサンという人に会いに来たんだよ?」
シロは目を泳がせながら答える。
ただ、会って間もない俺でもその仕草から嘘だと言うことくらいわかる。
それをクルシュが見逃すはずもなかった。
「嘘……ですね。シロちゃん、昔から嘘をついたとき、目が泳ぐんですよね」
「そ、そ、そんなことないよ!? わ、私は確かにソーマサンという人に――」
「それじゃあ、わざわざ会いに来た人の本名くらいわかりますよね? 相手の内情も知らずに聖女様が直々に会いに行くなんてないもんね」
「うぐっ……、えとえと……、ソーマサン……、ソーマサン……、あっ!? そ、そうだった。この辺はシュビル領だから、ソーマサン・シュビルだ! うん、間違いないよ!」
手をポンと叩いて、満足そうな表情を浮かべるシロ。
それを見ていると、本当にこの子が聖女なのかと不安に思えてくる。
もちろん、クルシュは呆れ顔のままだった。
「はぁ……、やっぱり嘘でしたか。そもそも、ソーマさんの名前はタクヤ・ソーマさんです。そして、ここはソーマ領ですよ? シュビル領はもう一つ隣です」
「あ、あれっ? あ、あははっ……、ちょ、ちょっと間違えたかな? で、でも惜しかったよね?」
「惜しいも惜しくないもないですよ……。そもそも、ソーマさんの名前は、ソーマサンではないですからね!?」
根本的な部分から間違えている。
つまり、俺に用事があったというわけではないようだ。
そうなるとやっぱりクルシュか?
「素直に言ってください。どうせ、教会のしきたりが嫌になって逃げ出してきたんですよね?」
俺の予想とは斜め上の方向の指摘をクルシュがしていた。
えっ? 教会のトップである聖女様が、その教会のしきたりを理由に逃げ出すのか?
「だって、普通に考えてよ。教会だとまともに食事が貰えないの。これはもう逃げ出す理由にならないかな!?」
確かにそれが本当なら一大事件だ。聖女が食事を貰えないなんて……。
でも、クルシュはため息を吐いて、シロを窘める。
「そんなことあるはずないですよ? ちゃんと一日三食、しっかりと食べさせて貰えてるはずです。私も聖女見習いになったから飢えずに済んだのですから……」
クルシュがはっきりと言い切っているので間違いないのだろう。
見習いでそれなら、聖女様が貰えないはずがない。
「一日三食しか……ですよ!? そもそも一日三食っておかしくない!?」
ちょっと何を言っているのかわからない。
俺とラーレはお互い、キョトンとしていた。
すると、クルシュは大きくため息を吐く。
「それは単にシロちゃんが食べ過ぎなだけだよ……」
「そ、そんなことないよ!? 朝三食、昼三食、夜三食の合計九食が普通ですよね!?」
頬を膨らませながらシロが言ってくるが、ますますおかしいことになっている気がする。
「そんなことないですよ!? 普通の人は1日に三食しか食べませんよ? そうですよね。ソーマさん?」
クルシュが俺に確認をしてくる。
そこで、俺は転生前の状況を思い出していた。
仕事に追われ、まともに食事が取れない日々。
一日に二食は当たり前。
下手をすると、一食……。いや、0の時もあったな……。
そんな記憶を掘り起こして、苦笑いを浮かべる。
「いや、三食食べられたら幸せだな。俺の故郷だと一食や二食の人が普通にいたからな。食べない……なんて奴もいたからな」
「そ、その人は本当に人なの!? ぺ、ペットとかじゃないの? それでもかわいそうだけど……」
「いや、残念だけど、普通に人だぞ?」
そもそも俺の話だからな。
今ではそんなことはないが、昔はそこまで頑張っていたんだな……、と苦笑が浮かんでくる。
「その人、どうやって生きているのだろう……?」
シロは目を点にして真剣に驚いていた。
「それに、普通の人は九食も食べたら食い過ぎで動けなくなるんじゃないか?」
「私、ピンピンしてるよ? もしかして、お兄ちゃんって食わず嫌いなの?」
「いや、それは好き嫌いをしたやつにいう言葉だ。九食食わないからっていう言葉じゃないぞ?」
「でも、やっぱり三食は少なすぎるよ。元気でないよ。ほらっ、お兄ちゃんもクルシュちゃんも……、あと、そっちの猫ちゃんももっと食べて!」
「誰が猫よ!?」
猫呼ばわりされたラーレが思わず大声を上げる。
「それに食事は全てお前が食べてしまっただろう? もう残ってないぞ?」
「あ、あははっ……、ま、まだ食べるのでしたら、釣ってきましょうか?」
クルシュが釣り竿を手に取る。
「いや、もう良いぞ」
「そうだね。そろそろ二食目の時間だもね」
さっき大量の魚を食ったところなのに、もう次が食えるとか化け物なのか?
「もう魚ないわよ!?」
ラーレが少し怒りながら叫んでいた。空になったカゴを見せつけながら――。
「だ、大丈夫ですよ、ラーレちゃん。私、釣ってきますから……」
「く、クルシュに言ったんじゃないわよ? そこの大食い聖女に言ったのよ」
「全く……。本当は猫ちゃんも食べたいんだよね? 一緒に食べよう?」
「ち、ち、違うわよ!? もうあんたにやる魚がないだけよ!?」
「まぁまぁ、ラーレちゃん。私が魚を釣ってこれば全て丸く収まりますから……」
「だ、だから、クルシュは話をややこしくしないで! 私はそこの聖女と話がしたいだけよ!?」
ラーレが息を荒くしながら言う。
しかし、この騒ぎは結局、もう一度魚釣りをしに行って、二度目の食事をとるまで続くのだった。




