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観測者λ567913と俺の異世界旅行記  作者: 七氏七
青年期【パラノス旅行編】
99/192

4-12 西部都市カトラ

 竜暦6561年5月25日


 5月14日に森林都市スカットを出港して11日後、ようやく七番目の寄港地である西部都市カトラについた。

 スタード大陸南端の国パラノスの西部に位置しているから、この名がついたという話を俺は船員から聞いていた。

 ここからはパラノスの国に足を踏み入れることになる。


 一番長い洋上での生活を送ったせいで疲れもそれなりにあったが、やっとパラノスについた喜びで俺達は、かなりはしゃいでいた。


 積荷の脇をすり抜けて、俺達は西部都市カトラへと下船した。


「ようやくパラノスなのね」

「ああ、師範が昔冒険者で頑張ってた国だな」

「やっと着いたです」



 時計を確認すると11時20分を過ぎたところだった。


「陽射しも暑いしもうすぐ昼だ、まずは食事しながらゆっくりしようか」

「楽しみですー」

「美味しいお店が見つかればいいわね」

「港の人に聞いてみようか」


 俺は積荷の管理をしている地元の人を見つけて、オススメの店を聞いてみたところ、中心部にある店を勧められたので三人でそのお店に向かった。

 大通りを行き交う人が多い、あと今までの港では見かけなかったが亜人族の姿が見える。

 近くに亜人族の里があるのだろうか。

 アミも気付いたようで、すれ違う亜人族を眺めている。


「アミ、あの亜人族は何族か分かるか?」

「いえ…、はじめて見たです」

「食事を取る店で店員にでも尋ねてみようか」

「はいです」


 サリスが少し腕を組んで考えている。


「どうした?サリス」

「師範からパラノスの亜人族の事を小さい頃、聞いたことがあったわね、なんだっけ…」

「出発前に師範に聞いたときは分からないって言ってなかったっけ?」

「あれはパラノスの猫人族のことでしょ、他の亜人族のことじゃなかったはずよ」

「そうだっけ」

「そうよ」


 昔のことを思い出そうとしたが無理そうなのでサリスも考えるのを諦めた。


「尋ねてみればわかるわね」

「ああ、とりあえず店にいこう」


 店に向かって歩いていると、また前から亜人族が来たので俺は分析を使ってみた。


(【分析】【情報】)


 <<ポータファ>>→熊人族男性:19歳:運搬人

 HP 326/326

 筋力 16

 耐久 8

 知性 2

 精神 2

 敏捷 2

 器用 2


(なるほど耳と尻尾が丸いのは熊人族か…)


 分析で種族は分かったが、アミとサリスに店で聞くといった以上、俺は種族の事を黙ったままにした。


 しばらく歩き中心部にいくと教えてもらった赤い壁をしたレストランがすぐに見つかった。

 店の中に入ると客で混んでいる。

 あとは嗅いだことのある独特な香辛料の香りが漂っていた。

 間違いないカレーの臭いだ。

 クミン、コリアンダー、シナモン、ナツメグなど複数の香辛料を組み合わせている独特の香りがする。

 俺の頭の中で転生前のレトルトカレーの味が再生された。

 離婚してから、よく温めて食べたっけ…

 いやいや、不幸な思い出は封印しておこう。

 東南アジアやインドへ旅行した時に食べたカレーは美味しかったなーー。

 口の中で唾液が出てきてしまう。


 そんな事を考えていると店員に奥のテーブルに案内された。


「料理の香りが凄いわね」

「強すぎです…」

「まあまあ、味に期待しよう」


 俺は味が想像出来ていたのでニヤニヤしながら、店員におすすめ料理をお願いしてみた。


「お待たせしました、ほうれん草とミルクのカリーとナンです」


(おー、カレーだ!しかもナンまである!)


 ほうれん草をペースト状にしてミルクと香辛料で味付けしているカレーだった。

 少しとろみがあり、ナンをちぎってカレーをすくって食べると深い味がして非常に美味しい。

 日本人好みの味ではないが、確かに味はカレーだった。

 この世界でカレーが食べれて思わず泣きそうになった俺がいる。


「ベック、美味しい?」


 サリスがおずおずと聞いてくる。

 アミまで俺が答えるのを待っている。

 確かに見た目はライトグリーンなので少し躊躇う気持ちも分かる。


「香辛料が効いてて美味しいよ」


 俺の言葉に安心したのか、サリスとアミが俺と同じようにナンをちぎってからカレーをすくって口に運ぶ。

 二人の表情が面白い。

 想像していた味と違ったのだろう。


「ほうれん草とミルクって聞いたから味が想像できなかったけど、美味しいわね」

「あまりミルクの味がしないです!」

「複数の香辛料をうまく使っているからだね、ミルクは味をマイルドにするのに使ってるんだと思うよ」

「なるほどね、強い香辛料をおさえるのにミルクを使ってたのね…」


 しかし程なくして二人の額から汗が滲み出てきて、舌も痺れてきたようだ。

 スパイスの影響だろう。

 最初は口当たりがマイルドなので気付かないが、食べ進めると徐々に体が気付いてくる。


「辛いわね…」

「舌が痛いです…」


 俺はお店の人にミルクを2杯注文して、運んできてもらった。


「はい、これでも飲んでね」

「ありがとうです」

「ベック、ありがと…。これはあとで胃腸薬飲んでおいたほうがいいかも…」

「師範がいったのは、これのことじゃないかな」

「あーー、そういうことね」


 美味しいのは美味しいが、サリスとアミは慣れるまで時間がかかりそうだなと思う俺がいた。

 ふと周りを見ると、右手のみで食べてる人はいない。

 フォークやナイフを使う姿も見える。

 右手だけで食するという文化はないようだ。

 似ている部分もあるけど違う部分もあるのは、これまでと一緒か。

 俺は少し周りを眺める。


 サリスとアミも食事を終えて、ミルクを飲みながら一息ついたようだ。

 店の客も少なくなってきた。

 忙しい時間を過ぎたみたいだ。

 俺は店員を呼んで、コーヒーを頼む、ついでにミルクのおかわりも2杯頼んだ。

 飲み物を持ってきた店員に、俺はこの土地のことを尋ねてみた。


「今朝、大型帆船で西部都市カトラについたんだが、ちょっと知りたいことがあるんだけど、時間あるかな?」


 店員は店を見渡し、今なら平気だと教えてくれた。


「さっきカトラの街を歩いていると亜人族を見かけたんだが、なんて種族なのかな?」

「あれ、そっちの方も亜人族…って微妙に違いますね」

「彼女は猫人族だよ」

「へー、はじめてみました」

「パラノスには猫人族はいないのかな?」

「私はわかりませんね、もともと亜人族は里から離れることは少ないみたいですし」

「この街に、いるのは?」

「ああ、近くに里がある熊人族ですよ。力仕事が得意なんで、ここに出稼ぎにきてますよ」

「なるほどね、里は遠いのかな?」

「いえ、歩いて半日ほど北にいった場所ですね」

「忙しいところ、ありがとう。迷惑をかけたし良かったらコレをもらっておいてくれ」

「えっ」


 俺はローズオイルの小瓶を店員に渡す。


「いいんですか?」

「ああ、ドルドスの香料だけど好きな人にでも贈れば喜ばれるかもしれないしね」


 俺がそういうと嬉しそうに礼をいって店員は受け取った。

 コーヒーを一口のんでサリスとアミの二人を見る。


「里にいくのね」

「ああ、パラノスの猫人族の手がかりがあるかもしれないしな」

「ありがとです!」


 アミが嬉しそうにしている。


「他には聖地の件のなにか分かるかもな」

「あ!」

「そうね、それもアミの目的よね」


 サリスがミルクを飲みながらアミを見つめて微笑む。

 時計を見ると13時を過ぎていた。

 俺は食事の代金を支払うついでに、さきほどの店員に熊人族の里への簡単な地図をかいてもらい店をでた。

 嫌な顔ひとつされなかった。

 心付けの効果は凄いなとおもう。


 俺達は西部都市カトラを出て、街道を北に進んで熊人族の里へと向かった。


 街道の周辺は平野で林や草木が茂っていたので最初は歩くのも苦ではなかったが、だんだんと額に汗をかいてきた。

 内陸に進むほど暑くなるようだ。

 俺達は全天候型レインコートを羽織って先を急ぐことにした。


「陽射しが暑いのね」

「ああ、西部都市カトラは海に近いから快適だったのかもな」

「なるほどです」


 街道を北に進むとカトラからも見えていた木々が茂る山が近づいてくる。


「地図だと里はあの山の麓らしいな」

「いま17時になるわね、少し急ぎましょうか」

「走るです!」


 そういって先頭のアミが駆け出した。

 サリスと俺は、突然アミが走り出したので驚いて顔を見合わせたが、アミの気持ちを察して一緒に走り出した。

 亜人族の村にいって情報を探せるのが待ち遠しいのかもしれない。


 パム迷宮での訓練の成果だろう、軽いジョギングくらいのペースで30分ほど走ると、山の麓の拓けた場所に集落が見えた。

 俺達は集落を確認できたので、走るのを止めて歩き出した。


「あれが熊人族の里のようね」

「地図のとおりなら、間違いないかな」

「…」


 ここまで来てアミが急に無言になる。

 猫耳を見ると横にぺたりと横に倒している、緊張してるのかもしれない。


「俺がまず熊人族と話すから、アミは聞かれたら答えてね」

「…わかったです」

「大丈夫よ、アミ。私もついてるわ」


 そういってサリスがアミと手をつなぐ。


「ありがとです」


 アミが硬い表情のままサリスを見てぎこちなく微笑む。


 程なくして俺達は熊人族の里に到着した。

 里の中にいた熊人族の男性に長老に話がしたいと俺は告げると、アミの姿を見てから、慌てて男性が里の中に走っていった。


 しばらくして熊人族の老婆と共に男性が戻ってきた。


「ルロートパ村へようこそ、代表をしておる長老のエージラじゃ」


 長老のエージラが名乗ったので俺達も挨拶をする。


「こんにちは。俺達三人ともEランクの冒険者で、出身は西端の国ドルドスです。船旅の途中で今朝西部都市カトラに着いたのですが、カラトで熊人族の里の事を聞いて挨拶に参りました」

「ほほう、遠いところをよくここまで来なすった。お疲れじゃろうし、詳しい話をしたそうな顔をしておる。我が家に泊まっていっておくれ」

「ありがとうございます」


 長老のエージラは何かしらの事情があるのだと察して家へ招いてくれた。

 俺達は案内されて村の中央にある家にお邪魔した。

 長老のエージラと俺達三人が椅子に座ったところで、あらためて挨拶をする。


「俺はオーガント・ベックと申します。」

「私はベックの妻のオーガント・サリスです」

「わたしは猫人族でムイ・ネル・アミです」


 そういうと長老のエージラは微笑んで歓迎してくれた。


「なるほどのぅ、わしらと違って尻尾も長いし耳も尖っておったが猫人族とは珍しい」

「熊人族は耳と尻尾が見たところ、丸いですよね」

「ああ、そうじゃな。さてと、そこのお嬢さんを連れてきたということは、なにか探しものかのぅ」


 俺はアミを見てから、長老のエージラにここにきた理由を話し始めた。


「実は2点ほど確認したいことがありまして里にきました。一つ目はパラノスの猫人族の里について、二つ目は亜人族の聖地についてです」

「ほう、もしやお嬢さんの里は最悪の事態になったのじゃろうか」

「いえ、彼女の里はいまだに健在です。実は血が濃すぎて同じ村に結婚する相手がいないのです」

「あぁ、なるほどそういう事情じゃったか…、年離れた相手が育つのを普通は待つのじゃがな」


 長老のエージラが、血の問題が発生した際の一般的な対処法を口にした。

 遠くまで出かけて探すよりは、確実な方法であるし、以前アミからもその話は聞いていた。

 俺は長老のエージラにドルドスのパム迷宮の発生の話を告げて、それに希望を見い出し、アミが村を出たことを説明した。


「たしかに迷宮を目指す冒険者同士で亜人族が集うこともあるしのう、そういう理由でおぬしらは出会ったという訳じゃな」

「はい」


 長老のエージラは過去の記憶をさぐるように思案をはじめた。


「いまはパラノスの防衛都市にいっておる同胞の冒険者が以前、クシナ迷宮に赴いた際に猫人族にあったとう話をそういえば、しておったのぅ」

「本当ですか!」

「…」


 俺は思わず身を乗り出し、アミは目を大きく見開き声を失っていた。

 サリスはテーブルの下でアミの手を握っている。


「なにぶん10年以上前の話じゃし、猫人族の里がどこかという話まではきいとらんよ。それでもクシナ迷宮都市までいけば何かわかるかもしれんぞ」

「…ありがとです…」


 アミが目に涙を溜めながら振り絞るように長老のエージラに礼をいう。

 いままで探してきた結婚相手が見つかるのかもしれないのだ。

 他の国の里なら、間違いなく血の問題は解決できる。

 嬉しくないわけがない。


「ありがとうございます。彼女を連れてクシナ迷宮都市に行く予定でしたが、そこで情報が得られそうなのがわかりホッとしました」

「いやいや、ただ聞いた話を伝えたまでじゃから気にせんでええよ」


 同じ亜人族として長老のエージラもアミの気持ちがよく分かるのであろう、慈しむようにアミを見て微笑む。

 アミが落ち着くのを待ってから、長老のエージラが聖地の件を話しはじめた。


「あとは聖地の話じゃったな」

「はい、アミが今後も自分の子孫が同じような状況になった場合に、なんとか解決策を用意しておきたいという想いを持ってまして、聖地になら解決につながるヒントがないかと探しております」

「なかなかの行動力をもっておるのぅ。若さゆえかのぅ」

「といいますと?」

「いやのぅ、亜人族に共通する出生率の問題は昔からの問題でのぅ、同じような思いをした若者も昔から多くおったのじゃよ」

「なるほど…」

「…」


 アミはその話を聞いて結果を察してしまったのか無言になる。


「わしも若いころ、恥ずかしながら同じじゃったんじゃ。パラノス各地に行って調べてみたが結局手がかりは掴めんかったよ」

「「「…」」」


 俺達三人はその話に無言になった。

 確かに今まで亜人族が解決策を探してこなかったはずはない…


「ただし」

「ただし?」

「大陸中央部は亜人族の間でも、いまだに調査がされてないはずじゃ」

「「「…」」」


 俺達三人はその話の内容で再度無言になった。


 俺は腕を組んでじっくりと考える。

 いつかは強い魔獣の出る大陸中央部も旅をしてみたいと思っていた。

 すぐにではないが、いずれ準備が整うだろう。

 アミの結婚相手の件は大陸中央部にいかずとも解決できそうだし、そちらを優先する。

 アミの子孫の件の聖地探しは、そのあとじっくり取り組めばいい。

 ただの観光旅行よりは、ついでにアミの聖地探しを手伝うのも悪くないし、未踏の地への旅も楽しいだろう。


「エージラさん、貴重な情報ありがとうございました」

「いやいや。なんの解決にもならず申し訳ないかぎりじゃ」

「ありがとうです」


 アミも気落ちしながらも礼をいう。


「さて部屋は客人用の部屋も空いておるのでな、今日はゆっくり泊まっておくれ。と、その前に食事の準備をしなければのぅ」

「もし宜しければ、私にも料理のお手伝いをさせていただけませんか?食材も持ってますし」

「ふむ、この土地の料理に興味があるようじゃな」

「はい、昼間カラトで食べましたが、是非とも覚えたいと思いまして」

「じゃあ、手伝ってもらおうかのう、よければお嬢さんも一緒に手伝うがえぇ」

「よろしくです」


 長老のエージラとサリスとアミの三人が厨房に向かう。


 その後ろ姿を見ながら、今後のことを想い描く俺がいる。


2015/04/27 誤字修正

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