6-22 乳鉢と乳棒
竜暦6561年9月25日
小鳥のさえずりで目が覚めた俺は、ベッドから抜け出すと宿の窓から外を見る。
かすかに明るくなり始めている空を背景に、パラノスの東部都市ナムパトの家々の屋根が広がっている。
時間を確認すると6時すぎだった。
俺はまだ寝ているサリスを起こさないように、部屋のテーブルに向かうと書きかけの旅行記の記事を書き始めた。
1時間ほど記事を書いていたところで、サリスが目覚めたようで声をかけてきた。
「おはよう。起きるのが早いわね」
「ああ、鳥の声で目が覚めたんだよ」
俺は手を止めてベッドで上半身だけ起こしているサリスを見て答えてから、また記事を書き始めた。
サリスはベッドから抜け出すと二つのコップに薬草茶を注いで一つのコップを俺に差出し、もう一つのコップを自分で手に取り喉を潤した。
俺は旅行記の記事を書く手を止めると、記事をアイテムボックスにしまい差し出された薬草茶を口にしてから着替えを始める。
着替えを終えたところで、サリスが今日の予定を確認してきた。
「精霊水の収集だけどアミとオルの二人だけで平気かしら」
「アミとオルも大丈夫って言ってたし、あそこなら強い魔獣もいないから平気だと思うよ」
「それならいいんだけど」
「未知の場所なら四人で行動したほうがいいけど一度行ってる場所だから大丈夫だよ。それにアミとオルなら十分強いし」
「そうね」
街の外にいくのに四人で行動しないということでサリスが不安に思っているようだった。
しかし今後こういった状況も増えるだろうし慣れる必要があるだろう。
サリスの方を見てから、俺はさらに話を続ける。
「今後は役割を分担することも増えるだろうし、二人に任せてみよう」
「わかったわ。とりあえず私達も今日やることを済ませないとね」
「まずは朝食だな」
俺とサリスは宿を出て大通りを歩きながら人の多い人気がありそうなカフェを見つけて中に入る。
メニューを見るがジョルの名前が目立つ。
「野菜と豆のジョルを食べてみたいわね」
「じゃ、俺もそれで」
店員に料理を注文する。
「ジョルってカラシを使った味付けだったわよね」
「うん。そういえば以前かったカラシは船に保管したままだね」
「どんな料理に使おうか悩んでるのよね」
俺は少し思案してから、サリスに話をする。
「たしか購入したのは種の状態のやつだよね」
「そうよ」
「一度すりつぶして粉末にしてから使ってみたらどうかな?」
「たしかに粉末にすれば使いやすいわね」
「味の調整も出来るし、オリーブオイルとかとあわせても美味しいんじゃないかな」
「じゃあ、今度粉末にする作業をベックにお願いするわ」
「うん、手伝うよ」
そこまで話をしたところで、店員が食事を持ってきた。
見た目はスープカレーだが、カラシの味付けがやはり独特であるなと思いながら口に運んでいく。
「美味しいけど、やっぱり辛いわね」
「ライスと交互に食べるのがいいと思うよ」
「それが無難ね」
俺とサリスは額に滲み出る汗を拭きながら、ジョルを食べ終えるとコーヒーを飲んで一息つけた。
「次は雑貨屋ね」
「うん、飛竜の偶像を多めに購入しておきたいね」
「あとは作ってる工房が分かればいいわね」
「オルの話では、結構歴史も長いから一般化してるんじゃないかと思ってるんだけど」
「それって製作法が開示されてるってことよね?」
「うん。だから本屋にも行ってみようと思ってるんだよね」
「あー、ベックが本屋に行ってる間に私は食材屋に行ってみようかしら」
「そうだね。もしかしたら本屋で時間かかるかもしれないし」
「じゃあ。雑貨屋まで一緒にいって、そのあと分かれて行動しましょうか」
「うん」
コーヒーを飲み干すと、二人で席を立って雑貨屋に向かう。
大通りを歩きながら、サリスが俺を見つめてくる。
「ん?」
「背がまた伸びたのね」
その言葉に横で並んで歩くサリスを見ると、いままで目線と同じだったつむじが少し見下ろした場所にあるのに気づく。
「ほんとだ。気にしてなかったけど少し背が伸びたようだな」
「男らしくなったし素敵よ」
「そういってもらえると嬉しいな」
俺はついつい照れ笑いをしてしまった。
「もう数ヶ月したら15歳だし、いろいろと変わっていくのね」
「そうだな」
そんな話をしていると目的の雑貨屋に到着した。
店に入り、店員に飛竜の偶像について確認してみる。
「取り扱いをしていますが、いまは在庫が少ないんですよ」
「そうですか。とりあえずお土産にしたいので出来るだけ多く売っていただくことは可能ですか?」
「では、商品をお持ちしますね」
ナムパトの雑貨屋で結局100個の飛竜の偶像を購入することが出来た俺は店員にさらに作成している工房について尋ねてみた。
「港湾都市バイムから仕入れているんですけど、バイムに行けば作成している工房が分かると思いますよ」
「ありがとうございます。このあと向かう予定なのでバイムで聞いてみますね」
俺は店員に頭を下げてから、店の商品を眺めているサリスの元に向かう。
「なにか良い品はあったかな?」
「この乳鉢と乳棒が使いやすそうかなって」
「あー、カラシを粉末にするには手ごろな大きさで良さそうな感じだな。折角だし購入しようか」
「そうね。他にも食材を粉末状にするのに使えそうよね」
サリスはそういって店員と話をして白い陶器製の乳鉢と乳棒を購入した。
その後雑貨屋を出ると俺は本屋へ、サリスは食材屋に向かうことにする。
「用事が終わったら宿に戻るわね」
「うん、俺も本屋での探し物が終わったら宿に向かうよ」
サリスと分かれて本屋に向かいながら空を見上げて乳鉢も購入したしカラシを使った料理を想像してみる。
おでんは外せないだろうなと思う。
他にはホットドッグを思い浮かべ、肉料理との相性も悪くないなと思う。
2015/06/21 誤字修正




