6-1 星空
竜暦6561年9月4日
馬車の中で寝そべりながら俺はガイシュで購入した生活雑貨初級の本とドルドスで購入した植物図鑑を広げて唸っていた。
装備を手入れしていたサリスが俺に話しかけてきた。
「粘着玉の素材になりそうな植物を見つけるのは大変そうね」
「いくつか候補はあるんだけど、微妙にヒノクスにある樹と違うみたいなんだよね」
「あとはパムに戻って試してみないと分からないってことかしら」
「そうだね」
広げていた本をアイテムボックスにしまって俺も装備の手入れを行う。
・サングラス
・マスク
・ガードマスク
・チェーンハンドボウ
・マルチロッド
・HEWバジリスクフード
・HEWバジリスクジャケット
・HEWバジリスクアームガード
・HEWバジリスクレッグガード
・全天候型レインコード
・迷宮灯
・清浄送風棒
こまめに汚れを拭き取ったり、駆動用の魔石を交換したり綺麗に整備をしていく。
特にチェーンハンドボウは精密に組み立てている箇所があるので念入りに掃除を行う。
一通り手入れを終わるとチェーンハンドボウの交換用カートリッジにスパイクをセットしていく。
慎重に20本収納すると蓋をキチンと閉めておく。
交換用カートリッジを20個セットしたところで外壁を3回叩く音が聞こえてきた。
車窓から顔を出して御者のオルに話しかける。
「リリピ村が見えてきましたよ」
「じゃあ交代しよう」
「了解」
俺が顔を引っ込めるとサリスが外に出る準備を整える。
「13時半だし交代にはちょうどいいタイミングね」
「うん」
俺も手早く準備するとリリピ村を過ぎたところで馬車がとまった。
馬車から降りてアミとオルと動力車の操作と見張りを交代する。
サリスが御者で俺が見張りについた。
「出発するわね。《オン》、《ドライブ》」
手綱を緩めると軽快に動力車付き馬車が走り始める。
「天気もいいし風も気持ちいいわね」
サリスの赤毛のポニーテールが風で流されるのを見て俺は本当に気持ち良さそうだなと思ってしまった。
「そういえばいつもポニーテールだけど、たまには別の髪型にしないの?」
「え!」
サリスが驚いた顔をして凄い勢いで俺を見つめる。
「ま、前を向かないと危ないよ」
「…」
無言でサリスが前を向いたが、かなり機嫌が悪くなってるのが分かる。
(俺怒らしちゃったの…かな?)
なぜサリスが怒ってるのか思いつかない俺は悩み抜いた挙句、思い切って無言で前を見るサリスに理由を聞いてみた。
サリスが小声でなにか喋ったが聞きとれない。
「ごめん、よく聞こえなかったんだけど」
「…だから!ベックが似合うって言ったんでしょ!」
「え?」
俺はそのサリスの剣幕に驚いたが、それ以上に言った事を忘れている自分にも驚いた。
付き合い始めて4年の間に起こったことは大体覚えている。
でも髪型を褒めたことは記憶になかった。
「えっと忘れてたかもしれない。ごめん」
「ベックって酷いのね」
「それって何時ごろの話だったのかな?」
「5歳の時よ」
「えぇぇぇぇぇぇ!」
サリスの言葉を聞いてへんな声をついつい出してしまった。
さすがに付き合ってもいない時期の5歳の時の発言なんて俺が覚えているはずがない。
それよりその発言を覚えているサリスのほうが凄い。
転生前に読んだ本に女性の方が記憶力が良いということが書かれていたが本当のようだなと俺は思った。
しかしこのままにするわけにはいかないので俺はサリスに素直に事情を話す。
「さすがに5歳の時の記憶はなかったよ」
「えーーー」
「いや交際もしてないし、その頃の俺は本ばかり読んでたから忘れちゃったんだと思うんだ」
「まあ、仕方ないわね」
「本当にごめん。あと今のポニーテールも似合ってるけど他の髪形も似合いそうだなと思ったのは事実だよ」
「ふーん」
少しだけ機嫌がよくなったようだ。
「ちなみにどういった髪型が似合うと思ったの?」
「寝る前に髪を下ろしてるのも似合ってるけど…、せっかく長いんだしツインテールとかどうかな?」
「うーん、ちょっと考えておくわ」
女心は難しいなと思いながら俺は空を見上げた。
空に浮かぶ雲を見つめながらサリスのことを考える。
俺がここにいるのはサリスのおかげだ。
10歳の頃から、いろいろと補佐をしてもらってるのは確かだ。
こうやって旅にも同行してくれている。
冒険者として一緒に戦ってくれている。
食事の世話もしてくれている。
たまにスケベな俺が顔を出して迷惑もかけているが許してくれている。
(感謝の気持ちをきちんと伝えないといけないよな。でも言葉で伝えるのは普段しているしやはりプレゼントを贈るほうがいいのかな。でも本人に尋ねるわけにはいかないしアミとオルに相談してみるかな)
空を流れる雲を眺めながらそんな事を考えているとサリスが声をかけてきた。
「前方に村が見えてきたわよ」
「あ、うん」
俺は【地図】を使って確認したが、ただの村としか記載していない。
(ガイシュ迷宮都市に向かうときは夜間に通ったところか)
サリスにちょっと寄っていこうと提案する。
村のそばにいくと村人が畑で農作業をしていたので村の名前を尋ねてみた。
村人からイエヒ村というのを教えてもらった。
さらにこの先にある隣村の名前を教えてもらう。
俺とサリスは礼を言って、街道を東に進みはじめた。
「ジイダン村には何時ごろ着きそうかしら」
「いま16時だし、このペースだと18時過ぎかな」
「渓流都市ワッラカはその先なのかしら」
「そうなるな。ジイダン村を過ぎたら辺りが暗くなりそうだしアミとオルに御者を任せたほうが良さそうだな」
「夕食が問題ね」
「ワッラカに行けば例の香魚が食べれるかなと思ったんだけど店は閉まってるかな」
「そうなるわね。交代の時に簡単な食事を作りましょうか」
俺はヒノクスの簡易地図を取り出し、さらに【地図】を使って状況を確認する。
渓流都市ワッラカで早めの朝食で香魚を楽しんで8時に出発できれば港湾都市トウキに到着するのが18時ごろになるはずだ。
そう結論が出た所で今日の香魚は諦めた。
「明日6時半ごろワッラカの店に朝食を食べに行こうか、それで食事が終わって出発すれば夕方にはトウキに着くよ」
「それでいいわよ。旅の予定はベックに任せるのが一番だし」
「ありがとな」
俺は馬車の外壁を3回叩くとオルが顔を見せたので予定を話す。
「この先で交代するのは問題ないよ」
そういってオルが馬車の中に顔を引っ込めた。
陽がかなり傾いてきた。
時間を見ると17時すぎたところだ。
前方にある街道の脇の草むらが不自然に揺れて黒い影が見えた。
(【分析】【情報】)
<<サングリエ>>→魔獣:アクティブ:火属
Eランク
HP 181/181
筋力 4
耐久 2
知性 2
精神 1
敏捷 4
器用 1
(お!食材だ!)
俺はサリスの肩を叩いてから即座に馬車から飛び降りるとチェーンハンドボウを草むらに駆け出す。
サングリエが一直線に向かってきた俺を目掛けて草むらから凄い勢いで飛び出して襲ってくる。
俺はギリギリのタイミングでサングリエを避けると、その胴体にスパイクを3本撃ち込んだ。
反撃されたことに激怒したサングリエが反転して俺に向かって牙を前に突き出すようにして襲い掛かる。
俺はさきほどと同じようにギリギリのタイミングで身をかわしスパイクを撃ち込む。
まるで転生前にスペインで見た闘牛の攻撃をかわすマタドールのようにすれ違い様に攻撃を繰り返していく。
7回目の突進の際に、サングリエの動きが鈍ったの見て眉間を目掛けてスパイクを撃ち込んだ。
それが致命傷となりサングリエが倒れ込んだ。
「さすがですね」
「いい動きだったですー」
「粘着玉を使ったほうが早かったんじゃない?」
「うーん、食材になると思ったら汚れないほうがいいと思ってね」
「そういうことね」
俺とサリスは動力車付き馬車の警戒にあたり、アミとオルがサングリエの解体と魔石の回収を手早く済ませる。
余計な時間がかかってしまったので俺とオルが御者台に座って、サリスとアミが移動中の馬車の中で食事を作ってもらうことにした。
俺が手綱を握りオルが周囲を警戒する。
「《オン》、《ドライブ》」
手綱を緩めると徐々に動力車付き馬車が加速していく。
時刻を見ると18時になっている。
陽が徐々に地平線に沈みはじめた所で車窓からサリスが話かけてきた。
「食事が出来たわよ。私とアミは先に食べたから交代しましょ」
「うん」
俺はうなずいてから馬車を止める。
サリスとアミが周囲の警戒をしている間に馬車の中で俺とオルは食事をとることにした。
塩コショウして味噌に漬けたサングリエの細切れを野菜で炒めてライスペーパーで巻いて食べるという料理だったが本当に美味しい。
以前食べたときは肉を味噌で漬けたりしていなかったが、さらにサリスは腕を上げたようだ。
食事を取り終えるとオルとアミが馬車の御者台に座りサリスが馬車に乗り込む。
星空の見える街道を動力車付き馬車が進みはじめた。
「肉と野菜をビーンペーストで炒めてたけど本当に美味しかったよ」
「良かったわ」
「しかし良く思いついたな」
「ガイシュの食材屋の店員さんに教わったのよ」
「へぇー」
「いろんな場所にある食材を組み合わせるのって楽しいわね」
「サリスは旅にするようになってから料理の才能に目覚めたようだね」
「うーん。確かに否定できないわ。新しい料理や食材に出会うとワクワクしちゃう自分がいるのを感じるのよね」
「その気持ちは俺が旅をしている時に感じているのと同じかもな」
「ベックの旅に対する気持ちってこういう気持ちなのね」
「うん。料理や食材だけじゃなくて旅先で感じる全てのことにワクワクしちゃってるんだよ」
「ベックの気持ちをちょっと理解できて嬉しいわ」
そういってサリスが笑う。
俺は笑顔を見せるサリスが愛おしくなってサリスの手を握ると車窓から見える星空を眺めた。




