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観測者λ567913と俺の異世界旅行記  作者: 七氏七
青年期【ヒノクス旅行編】
155/192

5-43 精霊峰イジュフ山

 竜暦6561年8月26日


 精霊峰イジュフ山の麓に位置したヒノクスの首都イジュフは俺が想像していたよりも小さな都市であった。

 中央行政庁を中心にした街作りがされていて、そこで働く人を支えるだけの最低限の施設があるという感じである。

 さらに首都イジュフの周りには田んぼや畑も点在しており人の少なさを考えると自給自足でもやっていけそうだなと俺は思ったほどだ。


 今朝、宿の厨房を借りることが出来なかった俺達は大通りのカフェテラスで朝食を食べたあとに今日の予定を確認する。


「本当にサリスは国立図書館に行かないんだね」

「ええ、だって本を読むと寝ちゃうし」

「一人でだいじょうぶです?」

「平気よ。三人が図書館にいってる間にイジュフの食材屋や雑貨屋を見てくるわ」


 そういってサリスがグリーンミルクティーを一口飲む。


「しかし首都イジュフがここまで小さい都市だったとはな」

「そうですね。見たところトウキやバイムの半分ほどの規模ですね」

「無駄を省いてるんでしょうね」

「昨日宿の受付で聞いた限りだと、大きな施設は中央行政庁と国立図書館くらいしかなかったし滞在は短くなりそうだな」


 俺はグリーンティーを飲んだあと溜息をつく。


「でも、なんでわざわざここに首都を持ってきたのかしら」

「山があるです!」

「昔の人が精霊峰イジュフ山の加護に期待したんじゃないかな?」

「十分考えられますね」

「そのあたりの街の成り立ちも国立図書館の本に残っていればいいな」

「期待ですー」


 ここで俺はオルに現在の井戸用水魔石の総数を尋ねた。

 オルがメモを取り出して確認する。


「昨日イジュフの魔石工房で仕入れが出来ましたから全部で118個ですね」

「結構溜まってるな」

「ガイシュに戻って頑張れば、すぐに200個くらいいきそうですよ」

「パムに戻るのに十分な数は集まりそうだし良かったわね」


 俺がうなずいたあとに、アミは俺に尋ねてくる。


「冒険者ギルドはどうするです?」

「ここでクエストをする予定がなかったんだけど寄ったほうがいいのかな」

「それなら私が見てくるわ。掲示板に名前が出ている魔獣の名前だけ控えてくればいいわよね?」

「じゃあ、サリスに任せるよ」


 俺はグリーンティーを飲み干すと立ち上がる。


「そろそろ行こうか」


 三人も同じようにグリーンティを飲み干した後に席を立つと二手に分かれた。

 俺とアミとオルは中央行政庁の近くにある国立図書館を訪れた。


 入館のために受付に行くと一般の人の場合入場に銅貨30枚かかると言われたので銅貨90枚を支払う。


「お金をとられたです…」

「入館料は本の維持管理に使われてるんだろうし、しょうがないよ」

「中央行政庁に働いてる人は無料なんですかね?」

「そうだと思うよ」


 中に入るとたくさんの棚にたくさんの本が並べられている。

 目当ての本を探すのは苦労しそうだ。

 俺達はそれぞれ読みたい本を手分けして探すことにした。


 オルとアミの目当ては精霊関係の本である。

 俺の目当ては旅に役立ちそうな本である。


 気になる背表紙が目に付くと中身を確認していく作業を俺は延々と繰り返す。


 ある一冊の背表紙に俺の目が釘づけになった。


 背表紙には『暗黒大地調査記録』と書かれている。

 俺はその本を手に取ると読書机に持っていき腰を据えて読むことにした。


 本を開くとかなり古い本だった。

 痛んでいる箇所が目立つ。

 俺は本を傷めないように慎重にページを開いて読み進める。


 その本には興味深いことばかり書かれていた。


 今から400年ほど前にヒノクスの防衛都市の代表が300人からなる大陸中央部の調査隊を結成し調査に向かわせた。

 しかし二年後に調査隊が戻ってきたときには100人まで数が減っていて、その生き残りから聞き取りした内容を防衛都市の文官が本にまとめたらしい。


 大陸中央部の過酷さが詳細に書かれている。

 Cランク以上の魔獣の襲撃は当然脅威だが、それ以上に不思議な現象に多く遭遇したらしい。


 俺はその中でも気になった記述を旅行準備メモに書いていく。


 ・全てが真っ赤な森がある。

 ・突風が吹き荒れる平野がある。

 ・昼なのにずっと真っ暗な荒野がある。

 ・夜なのにずっと明るいままの野原がある。

 ・水が盛り上がっている湖がある。

 ・全ての草木が通常の数倍の大きさの林がある。

 ・陽の沈む方向に進んでいたのに、いつのまにか反対側に進んでしまう岩場がある。

 ・巨大な岩が積み重なる丘がある。


 メモを取り終えた俺は腕組みして考える。

 大陸中央部は沿岸部と違い、かなり異常なことが起こる場所らしい。

 旅で行くとなると、準備をしっかり整える必要がある。


(うーん。最後に書かれていた垂直に切り立った崖の向こうがやっぱり気になるな…)


 俺が一番興味を惹かれたのは、調査隊が防衛都市に戻ることを決めた垂直に切り立った崖の記述だ。

 延々と続く崖が人の侵入を拒むようだと表現されている。


 本を元の場所に戻しながら俺は飛行船は必須だなと思いを固める。



 5冊目の本を読書机で読み終えたところで俺は時間を確認する。

 18時を過ぎていた。

 閉館は19時なので、これ以上の本を探すのは無理だと思いアミとオルを探す。


 二人は2階にある読書机で本を読んでいた。


「そろそろ閉館の時間だよ」

「そんな時間でしたか」

「もっと読みたいですー」

「明日も図書館に来ようか。俺もまだまだ調べ足りないしな」


 二人がうなずき読んでいた本を元の場所に戻しにいった。

 俺達は国立図書館をあとにして宿に向かう。


「なにか新しい情報はあったかな?」

「精霊峰イジュフ山についてわかったですー」

「成り立ちとかかな?」

「竜人族の里があったらしいです!」

「え!」


 俺は竜人族という単語を聞いて思わずビックリした。


「竜人族って絶えてしまったという話のある亜人族だよな」

「そうですね。僕もその記述がされた本を見て驚きましたよ」


 竜人族はスタード大陸の文化の基礎を作った亜人族として有名である。

 いま暦で使っている竜暦や話している言葉や文字は竜人族がもたらしたものであるのだ。


 竜人族は長命の加護を持っていたという伝承が残っている。

 その加護のおかげで長い時間をかけることが出来たからこそ文化を生み出したのだろう。


 しかし出生率の問題のせいで数千年前に滅び、いまでは伝承の中でのみ扱われる存在である。


「その話が本当だとすると竜人族に関するものが残っているのかな」

「紙の資料はうしなわれてるです」

「アミさんの言うとおり数千年前の話なので具体的な文献は残ってないそうですが、イジュフの近郊の洞窟に竜人の石碑があるそうです」

「なるほど石碑なら今でも残っているのも納得だな」

「そうですね。あとその石碑にあやかって人族がここに住み始めたのがイジュフの街が出来た成り立ちらしいですね」


 オルが言った言葉に俺は首をかしげる。


「滅んだ亜人族の石碑にあやかるというのも変じゃないかな?」

「僕もそうおもったんですけどね」

「石碑にはなんて書いてあったのかな?」

「その部分が書かれていなかったので、明日また関連する本を探そうと思ってたんですよ」

「だったら石碑を見に行くですー」

「あーー、確かにアミの言うとおりだな。近場なら実物を見に行くほうが早いな」

「洞窟に入れるのか気になりますね」

「宿に戻ったら受付に聞いてみよう」


 二人がうなずく。


 宿に辿りつくと俺は早速受付の男性に石碑のある洞窟について聞いてみた。


「石碑の洞窟へ行きたいんですか?」

「はい、歴史的資料に興味がありまして」

「そうでしたか。それなら北門を出て1時間ほど歩くと岩肌に洞窟があるんですが、その中に石碑がありますよ」

「教えていただきありがとうございます」


 俺が受付の男性に礼を言うと、オルが続けて受付の男性にその石碑について尋ねる。


「イジュフではその石碑はどう扱われているんでしょうか」

「地元じゃ守り神として扱っていますよ。石碑には『眠りし竜英霊、魔を退けん』とだけ書かれているんですけど、この近辺で魔獣が少ないのは竜英霊のおかげだとみんな信じていますからね」


 そういって受付の男性が笑う。

 オルが竜英霊という言葉に食いつく。


「竜英霊という言葉によって、ここに竜人族がいたという話に繋がったんですかね」

「おそらくそうだろうな。魔とは魔獣だと想像できるし」

「亜人族がいたということと加護を思わせる文章から、イジュフ山が精霊峰と呼ばれるようになったと考えると不思議はないですね」

「そうだな」

「いってくわしく調べてみるです!」


 精霊が関わるかもしれないのでアミが拳に力を込めて気合を入れる。


 俺達は受付の男性に頭を下げてから一旦部屋に戻ることにした。

 部屋に戻るとまだサリスは帰ってきていない。


(精霊についてなにか新しいことが分かればいいなー)


 俺はそんな事を考えながら部屋の窓から夕暮れ時の首都イジュフの街を眺めた。


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