5-42 オイリースライム
竜暦6561年8月25日
朝早く起きた俺達は歩いて油泥湖の見物に出かけた。
東の空が徐々に明るくなってくる中、油泥都市ラウゴタの南門を出て20分ほど歩くと目当ての油泥湖が見えてくる。
「もう少し明るくなって欲しいわね」
「そろそろ陽が昇るよ」
「変な匂いがしますね」
「臭いですー」
アミがいうように確かに臭い。
だが、俺はどこかでこの独特の異臭を嗅いだことがあるなと思い記憶を探っていく。
(あ、これはアスファルトの臭いか!)
俺はそこで気付く。
油泥湖は自然に出来たタールの湖だった。
たしか添乗員時代にアメリカ西海岸のカリフォルニア州ロサンゼルス市にある天然タールの池をツアーに組み込もうとして資料を見たことがある。
あそこは池から出てきた貴重なマンモスとかの死体が飾られていて博物館になっていた。
俺は単純に泥の多い湖を想像していたのだが予想が外れてしまった。
まさかタールだったとは驚きだ。
そうなると油泥都市ラウゴタはこのタールをどう利用しているのかということに興味がうつる。
昨日はそこまで聞いていなかったので、あとで宿にもどった際に尋ねてみようと俺は考えた。
陽が顔を見せて周囲の景色を赤く染めていく。
俺はアイテムボックスから薪に使う木切れを取り出して、岸に近い場所の泥に触れてみるとズブズブと木切れが押し込まれていく。
粘度の高い独特の抵抗が手に伝わる。
木切れを持ち上げると、粘着質のタールが木切れにまとわりつく。
三人はそれを見て驚いた。
「普通の泥じゃないです!」
「名前の通り油を含んだ泥だな」
「これって一度足をとられると、そのまま沈んでいっちゃうわよね…」
「ああ、かなり危険な場所だな」
「こんな湖もあるんですね」
「魔獣の仕業です?」
アミがそう質問してきたが、俺は首を横に振った。
「いや自然に出来たものだろうな。魔獣の仕業にしては湖が大きすぎるよ」
「たしかにそうね」
俺は写真機を取り出すと、風景をおさめていく。
「とりあえず珍しい湖だし写真に残しておこう」
「いい資料になりそうですね」
「しかしラウゴタの人はこの湖とどう接しているのかしらね」
「俺も気になってるから、あとで宿に戻ったら受付の人に尋ねてみるよ」
一通り写真をとった後、その場を離れて街に戻ろうとすると岸のほうで動く影が見えた。
(【分析】【情報】!)
<<オイリースライム>>→魔獣:パッシブ:火属
Fランク
HP 28/28
筋力 1
耐久 2
知性 1
精神 1
敏捷 1
器用 1
(えー、ここに魔獣がいるのか?)
よく見るとかなり動きのにぶいスライムが油泥湖の岸の近くにいる。
しかもかなりの数だ。
「ちょっと待った!魔獣だ!」
俺は岸辺を指差すと三人が身構える。
アイテムボックスからヒノクスの魔獣図鑑を取り出すとオイリースライムのページを開いた。
「オイリースライム。こいつだな。かなり弱い魔獣で火が弱点らしい」
「だったら私が倒してみるわ」
サリスがフレイムストームソードを手に持って盾を構えた。
《ヒート》を呟いたあと、駆け出してから周囲にいたオイリースライムを切り裂いていく。
オイリースライムは特に抵抗する事もなく次々と倒されて、そこかしこに油まみれの小さな火魔石が残された。
10匹以上倒したところで、サリスが戻ってくる。
「普通のスライムより弱いかもね」
「火に弱いって話だしフレイムストームソードじゃ相手にならないんだろう」
「もしかしてあのオイリースライムは油泥湖に足をとられた獣や人を襲うんじゃないですか?」
「その可能性が高いです!」
「そうだな」
「ラウゴタはオイリースライムから魔石を回収して成り立ってるのかしら?」
「それだけじゃこれだけ大きな街にはならないと思うよ」
アイテムボックスから俺はボロ切れを取り出すと、そのボロ切れを使って油まみれを火魔石を次々と回収してからアイテムボックスにしまってから宿に向かう。
宿に戻ると受付で、あの油泥湖について尋ねてみた。
すると幾つかのことが判明する。
あの湖で取れた泥は防腐剤として人気があり、建築材に広く使われているという話だった。
また魔獣についても、小遣い稼ぎに人気があるという話だった。
建築材に使うという話を聞いてなるほどなと俺達は納得した。
水をはじくので最適なんだろう。
それならばこの街が大きくなった理由もわかる。
世の中は広いなとつくづく思った。
俺達は受付に礼を言ってから宿を出ると首都イジュフを目指して油泥都市ラウゴタを出発した。
今日中に首都イジュフにつくので俺が御者で隣にオルが座り進むことにした。
サリスとアミは馬車の中で休んでもらっている。
俺は手綱を握って前を向いたままオルに話かけた。
「以前聞いたけどオルの育ったルードン村からクシナ迷宮都市まで馬車を乗り継いで2週間って話だったよな」
「そうですよ」
「それって夜は休んでたのかな?」
「昼間移動して夜は最寄りの村で泊まってましたね」
「そうすると夜通し移動すれば1週間くらいなのかな?」
「もっと早いんじゃないかな。6日間もあれば着けるはずですよ」
「ふーん。この動力車付き馬車なら2日間もあれば着けるって事だな」
「そうなりますね」
(そうするとルードン村まで往復で4日程度か。馬車の組み立てや分解。それにバイムからクシナへ行く日程も組む必要があるな…)
俺は頭の中で計算をしながら街道を走っていくとオルが右手の方の高い山を指差す。
美しいシルエットをしている円錐形の綺麗な山の姿が見える。
俺はその姿をみて富士山を思い出した。
「あれが首都イジュフのそばにある高い山じゃないですか?」
俺は方角を確認したが、たしかに西にある高い山はあれしか存在しない。
「そのようだね」
「ここからでも見えるってことはかなり大きな山ですね」
「そうなるな…」
俺は少し考え込んだ。
計算では首都イジュフまで100km以上離れているはずだ。
それであの大きさとなると確かに高い。
標高は2000mを越えるだろう。
(本当に富士山みたいだな)
俺は手綱を持ちながらそんな感想を抱いていた。
しばらく街道を西に進むと小さな村が見えてきた。
事前の情報だとヤミジ村だろう。
俺達はヤミジ村の脇を通りすぎてさらに西に向かう。
街道で2台の乗合馬車と1台の荷馬車とすれ違ったところで次の小さな村が見えてきた。
首都イジュフの手前にあるザンホエ村だろう。
時間を確認すると11時半になっていた。
村の中を通っているときに村人に尋ねてみたがザンホエ村で間違いなかった。
ここを過ぎれば首都イジュフだ。
「かなり山が大きくなってきましたね」
「本当に立派な山だな」
徐々に徐々に山が近づいてくる。
その美しいシルエットと大きさにある種の神々しさを感じてしまう。
車窓からのぞいていたサリスとアミもその山の姿に圧倒されていた。
「高いですーー」
「綺麗な山ね」
「来てよかったですね」
「本当にそうだな」
そこで俺は写真をとってないことに気付いて馬車を止めた。
「ちょっとまってて」
俺は馬車から飛び降りると写真機で山の写真をうつす。
「この景色は残しておかないとね」
「ですですー」
サリスとアミも馬車から降りて山を眺める。
一通り写真を撮ってから俺は動力車付き馬車に戻る。
オルが御者を代わってくれるというので、俺は御者をゆずる事にした。
するとアミから自分が横に座りたいという申し出があったので俺は馬車の室内に入ることにした。
「御者お疲れ様」
「いや絶景を楽しんでたから疲れてなかったよ」
そういって俺が笑うとサリスも笑う。
「たしかにそれだけ楽しめる景色よね」
「うん。本当にイジュフに来てよかったよ」
俺は車窓から荘厳な山を見つめながら、首都イジュフでどんな体験が待っているのだろうかと思いを馳せていた。
2015/05/23 誤字修正
2015/05/23 会話修正
2015/05/23 脱字修正




