5-39 魔工都市ママハ
竜暦6561年8月22日
俺は体を揺すられて目覚めた。
揺すった相手はオルだ。
動力車付き馬車も止まっている。
「なにかあった?」
「街についたから休憩で広場に止まったところなんです」
時計を見ると4時半を過ぎていた。
俺はサリスを起こさないように馬車の外にでる。
「アミ、おはよう」
「おはようです」
アミが挨拶をして馬車の中に入って中から鍵を閉める。
(なるほどトイレか…)
オルが俺をみてから謝る。
「ごめん」
「いや、いいよ。女性に気を使うのは普通だしね」
「僕ならどこでも出来るから平気なんだけど…」
「気にしなくていいよ、それより東の空が明るくなってきたな」
「そうだね。夜明けが近いね」
「ここがどこの街か名前は確認した?」
「さっき通りを歩いている人に聞いたら、歓楽都市ジョアンだって教えてくれたよ」
「歓楽都市なのか!」
俺は広場の周りを見回すと、朝早くなのに歩いている人が多い。
ふらふらと酒に酔った人の姿も見える。
「なるほどな。人通りが多いのはそのせいなのか」
「さっき聞いた人は、これから家に戻るんだって言ってたけどね」
「さすが歓楽都市だな」
俺達が話をしていると、寝惚け眼のサリスと申し訳なさそうに謝るアミが馬車から出てきた。
「サリスごめんです」
「いいのよ、アミ」
「どうした?」
「ちょっとサリスの足を踏んじゃったです…」
「あー、そういうことか」
「もう朝だし、ちょうど起きれてよかったから気にしなくていいわよ」
「…ごめんです」
アミが猫耳を倒してシュンッとしている。
「時間も中途半端だし、ジョアンを出て少し街道を進みましょうか」
「そうね。陽が昇ったら街道脇で食事休憩して交代しましょ」
「オル、御者を引き続きお願いするよ」
「了解。アミさんいきますよ」
「…はいです」
俺とサリスは馬車に乗り込むと、動力車付き馬車が徐々に動き出した。
「痛みがあるなら薬を出そうか?」
「軽く踏まれただけだし平気よ」
「無理するなよ」
「うん、ありがとね。ベック」
「トイレの個室だけど外からも入れるようにした方が良さそうだな」
「そうね」
「パムに戻ったらファバキさんに改造してもらおうか」
俺はそういってから旅行準備メモに、"馬車個室外部ドア設置"と記入した。
それを見ながらサリスが笑う。
「この馬車ってベックのおかげで、どんどん改良されていくわね」
「4年も付き合って愛着もあるしな」
「いっそ、この馬車で海も進めるようにしてみたらどうかしら」
サリスが笑いながら冗談をいうと、俺はその言葉に思わず食いついてしまった。
「それいいな!」
俺は転生前の世界で見たことのある水陸両用車を思い浮かべた。
たしかハワイのツアーを企画したときにオプションで組み込んだことがある。
あの時に乗った観光用の水陸両用車は船の真下にタイヤが付いていて、後部にあるプロペラで進むタイプだった。
この馬車と小型船を組み合わせるのもありだなと俺は思った。
組み合わせた場合の恩恵は大きい。
まず陸地を旅する場合に、船を港に何日も停泊させておかなくても済むし、馬車もその都度組み立てなくても済む。
問題は陸上を進むときの動力車の牽引出力強化と、船体をよりスリムにして街道を走れるようにする必要がある。
しかし既存の技術の組み合わせだから、出来なくはないだろう。
俺はすぐに旅行準備メモに"水陸両用車"と記入した。
それを見てサリスがビックリしている。
「ベック、さっきのは冗談よ」
「いやいや、いい案だと思うよ。ちょっと実用化できるか検討してみるよ」
「…本当に旅のことになると、やる気を出すのね」
「そうかもな」
「でもベックがそうだから、いろいろと私も成長できてるのも確かなのよね。ありがとうね」
「そう?」
「だって、この年でDランクと戦えてるのはベックのおかげよ。装備の強化にも真剣に取り組んでるし、めったに戦えない魔獣とも戦ってこれたし」
「うーん。そういってもらえると少し嬉しいかな。俺は逆に心苦しかったんだけどね」
「なんで?」
「だって旅行記の為にあっちこっちに三人を連れ回してるんだしさ。迷惑かけてるなーって思ってたよ」
「三人ともベックに感謝してるわよ」
「こっちも同じように感謝してるし、お互い様さ」
車窓から朝陽の光が差し込んできた。
「そろそろ休憩しましょうか」
俺は車窓から顔を出すとオルに休憩の合図を出す。
動力車付き馬車が街道脇に停止すると、俺は外に出てシートを広げる。
サリスが手早く調理をしていく。
辺りに醤油のいい香りが漂ってくる。
ほどなくして料理をサリスとアミが運んできた。
「朝食は豆のライスポリッジよ」
醤油と砂糖を使って甘辛く味付けされた豆が、お粥の上にのっている。
ちょっと変わった味だが、朝食べるには優しくて美味しい食事であった。
「サリスさんの料理は独特ですよね」
「いろんな都市のアレンジが盛り込まれたオリジナルだな」
「とっても美味しいです!」
「ふふ、ありがとね」
サリスがしとやかに笑う。
その笑顔を見ながら、このクランにとって欠かせない存在だなと俺は思った。
食事を終わると片付けをしてから、俺達は動力車付き馬車で朝の街道を進みはじめた。
サリスが御者で、俺が横で警戒にあたる。
朝陽に照らされた草原を見渡しながら俺は【地図】を使ってみた。
(大河都市キワガを出てから歓楽都市ジョアンまで、小さな村を3ヶ所通ってるな…。とりあえず記入しておくか)
俺は3ヶ所に村という単語だけの情報を書き込んだ。
1時間ほど進んだところで村が見えてきた。
「ベック前から馬車がくるわ」
俺はチェーンハンドボウを構えてから、馬車の外壁を3回叩く。
中から音が聞こえてこないので、二人とも睡眠中らしい。
「二人は寝てるみたいだからサリスも念のために準備だけしておいて」
「わかったわ」
村の近くで他の馬車とすれ違うので、それほど危険ではないと分かっているが油断は出来ない。
街道をすれ違う際に、俺達と相手の御者が会釈する。
すれ違ったのは乗合馬車であった。
かなりの客が乗っている姿が見えた。
「結構な客がいたわね」
「ああ、歓楽都市にいく客だな」
「あー、そうなのね」
村の入口で村人に話を聞くことが出来たが、リオマ村という農業で生計を立てている村らしい。
俺達は、そのままリオマ村を通り過ぎて、さらに西へと動力車付き馬車を進める。
陽が中天を過ぎたころ、4台目の乗合馬車とすれ違った。
時刻は14時だ。
ここまで来るのにショト村とイコサ村という小さな村を通過していた。
「乗合馬車が多い街道ね」
「それだけ歓楽都市へ向かう人が多いということだろうな」
「男の人ってしょうがないわね」
「面目ない…」
俺はサリスに謝ってから話題を変える。
「そういえば、そろそろママハだな」
「今日はママハで泊まることになるのね」
「うん、まずは宿の手続きをしてから、マジックアイテムを作ってもらえる工房をママハにある装備工房で紹介してもらおうと思ってるよ」
「ロープじゃなくても足止め出来るなら他のアイテムでも良さそうだけど、どうかしら」
俺はチェーンハンドボウを構えながら思案する。
「そういうマジックアイテムがあるならそれも購入しようと思うけど、ロープもやはり欲しいな」
「どうして?」
「オルのハープーンアローがあるだろ、あのロープにも使えると思うんだよ」
「確かに海や空の魔獣には有効ね」
「うん」
しばらく進んだところで前方に大きな街が見えてきた。
時間を確認すると15時半であった。
「やっとついたわね」
俺は馬車の外壁を3回叩くと、オルが車窓から顔を出す。
仮眠から目覚めていたようだ。
「そろそろママハにつくよ」
「了解」
手短に用件を伝える。
「工房へは私とベックで向かうのよね?」
「うん」
「アミとオルは?」
「いつものように宿の手配と魔石工房で井戸用水魔石の調達を任せようと思ってるけど」
「それがいいわね」
魔工都市ママハに到着した俺達は、通りを歩く人に馬屋つきの宿を教えてもらった。
行商人が多く立ち寄る街のようだ。
俺は宿の前まで動力車付き馬車を移動させると、あとのことはオルとアミに任せて装備工房へ向かうことにした。
街の住民に聞いた装備工房へ向かい、店のカウンターで目当ての品があるか確認する。
「中型以上の魔獣を足止めするマジックアイテムですか。それなら粘着玉ですかね」
カウンターの内側にいた店員が答える。
俺とサリスは首をひねる。
「ガイシュでは売ってなかったわよね」
「もしかして、うちと同じで装備工房の商品をみたんですか?」
「ええ」
「あー、あれは街の雑貨屋の扱い品ですよ」
「え?」
「もともと猟師が鳥や獣を獲るために使う道具なんで、対魔獣の武器扱いじゃないんですよ」
「冒険者以外でも扱えるんですね」
「ええ」
「でも中型以上の魔獣でも有効なのかしら」
「かなり強い粘着力がありますから複数使えば効果があると思いますよ。事前に地面においておけば罠になるでしょうし、投げつけても広がればかなりベタつくはずですから」
サリスが唸りながら思案しはじめる。
「それって冒険者も注意する必要があるわよね」
「そうですね。間違って冒険者の武器や足に弾けた粘着物質がつくと大変でしょうね」
「それってどうやって取り除いているんですか?」
「水をかければ粘着力が弱くなりますので、そうやって取り外してますね」
「使うときは状況を選ぶようね」
癖のあるアイテムだが、俺達はあとで雑貨屋で入手することにした。
残る目的のロープの件を店員に相談する。
「それと切れないロープが欲しいんですけど売ってないでしょうか?」
「魔獣の補足用ですか?」
「はい」
店員がロープを置いてある店の一角に案内してくれた。
「いまあるロープはここにある商品だけですね」
「鉄鎖と同じ程度の強度が欲しいのですが…」
「うーん、そこまでとなると厳しいですね。そうなると専門の工房にオーダーするしかないですかね」
「出来れば紹介していただけないでしょうか」
「うちの取引先なら紹介できますけど、なにか買っていただけると有難いのですが」
たしかに何も買わずに紹介だけして欲しいというのは虫がよすぎる。
俺とサリスは装備工房の店内を見てまわることにした。
俺はある商品を見て、思わず目が釘付けになった。
(【分析】【情報】)
<<ガードマスク>>
Fランク
聖属
魔力 50
耐久 410/410
(おーー、これは欲しい!!)
性能は特に変わったところは無いが、保護用のフェイスマスクがそこにあった。
しかも目元はサングラスまでついている。
「サリス、これを4つ買おう!」
「これはなんに使うの?」
「それはガードマスクといって顔を守る防具ですよ」
「目元が黒いし見えにくいんじゃないのかしら。あと顔に着けると息苦しそうだわ」
「試着してみますか」
俺は大きくうなずくと店員が棚に飾っていたガードマスクを取ってくれた。
すぐに俺は顔につけてみたが、サングラス部分は問題なく明るく見える。
「あまり見えにくくないですね」
「明るい光だけカットするんですよ」
「それと息も苦しくないのは凄いな」
「そのフィルターには聖魔石の加工がしてあるので、有毒なガスを吸っても平気ですよ」
「え!」
サリスが驚く。
俺はガードマスクを外すと、サリスに渡す。
サリスもガードマスクを顔に着けてみたが驚いた声をだす。
「本当に平気なのね。臭いも抑えるのかしら?」
「ええ。ある程度の臭気も聖魔石で抑えられますよ」
サリスが思いついたことを俺は察した。
あの臭かったリビングデッドを思い出したのだろう。
「4つ買いましょう!」
「そうだな」
俺はガードマスクを予備も含めて6つ購入してから、ロープ作成を依頼できる工房を紹介してもらった。
工房に向かう途中でサリスが上機嫌になっていた。
「すごい装備があったわね」
「ああ、これがあれば活動範囲がさらに広がるよ。あと光玉を使う際にも有効だな」
「そうね!本当に良い買物ができたわね」
しばらく大通りを歩いたあと、教えてもらった路地を入っていくとサカラ工房という小さな工房があった。
「ここでいいのよね?」
「うん、間違いないはずだよ」
俺は扉を開いて中に入ると、一人の男性が机の上で作業をしている作業場だった。
「すいません。装備工房で紹介されてきたんですが宜しいでしょうか」
「ちょっと待ってな!」
大声で怒られてしまった。
俺とサリスは借りてきた猫のように大人しく入口に立って待っていた。
ほどなくして男性が作業を終えたようで顔をあげる。
無精髭の生えた精悍な顔つきの中年の男性だった。
「申し訳なかったな!ちょうど手が離せないところだったんだ!」
「こちらこそ、いきなり声をかけてすいませんでした」
男の口調は平時でも大声のようだ。
「ああ!そうだった!悪かったな!」
そういって男性が耳栓を外す。
「すまなかったな。集中するために耳栓をしていたのを忘れていたようだ」
「そうだったんですか」
やっと普通の声になってくれたので話が進みはじめた。
「なにか言ってたようだが、用件はなんだい」
「装備工房で紹介されてきたんですが、切れないロープを3本作っていただけないでしょうか」
「切れないってのは難しい注文だな」
「中型魔獣以上を拘束するのに使いたいのですが、鉄鎖では重くて使いづらいという話になりまして」
「…」
男性が腕組みをして無言になる。
いろいろと頭の中で思案しているようだ。
「強化処理を施す薬品を使って繊維の強化を行えば、鉄鎖と同等の強度のロープを作成できると思う」
「出来るんですね!」
「ただし時間とお金はかかるぞ」
「どの程度でしょうか?」
男は先ほど作業をしていたテーブルに戻ると用紙に、数値を書き込んでいく。
「薬品の調合に最低3日、それに試作などの時間を含めると出来上がりは6日後だな。あと金額は特殊な素材を使うから銀貨90枚はかかるぞ」
「1本銀貨30枚になるわね」
俺は少し思案して、工房の男性にひとつ相談を持ちかけた。
「その薬品の術式の開示は出来ますか?」
「ん?」
「実は俺達はドルドスから来た旅の冒険者なんです。今後さらに旅先でそのロープが切れた場合に補修も必要になりますので出来れば術式も開示してほしいのですが、どうでしょうか」
男性が悩む。
「うーーむ。難しいな。門外不出とは言わないが術式開示は、簡単に行うべきものではないからな」
「でもパラノスに寄った際には、ヒノクスから伝わった破砕粘土が普及していましたよ?」
「破砕粘土は既に一般化した術式だからな」
「え?」
「本に載っている術式なんだよ」
「えーーーーー!!」
思わず俺は変な声を出してしまった。
「おいおい、知らなかったのか」
「はい…」
「だったら、あとでママハの本屋に寄るといいぞ」
「分かりました。あとで寄ってみます」
俺は落ち着きを取り戻して再度交渉を行う。
「それでしたら、こちらの持っている術式を一つ開示するので、それで強化術式を教えていただけないでしょうか?」
「ほう。どんな効果なのか気になるな」
「サリス、フレイムスパイクシールドの簡易スペルをお願いできるかな」
「いいわよ」
サリスが盾を構えて《ガード》と呟くとフレイムスパイクシールドの盾の表面が高熱を発していく。
男性がそれを見て驚く。
「おいおい、そんな熱を放ってたら持ってる手が危険じゃないか」
「実は平気なんですよ」
サリスが手に持っている部分を見せると男性が驚いた。
「熱の発生と内側の冷却を同時に制御しているのか…」
「はい」
「こりゃ、見事な術式だな。うーん…」
腕を組んで男性が悩みだす。
「どうしたんですか?」
「いや、その術式と、ロープの強化術式が釣りあわなくてな。その盾の術式のほうがよほど価値があるぞ」
「そうだったんですね」
男性が立ち上がると俺の肩を叩いてしゃべりだす。
「よし!盾の術式は開示しなくていいぞ。その代わりロープの強化術式の開示は無理だが補修術式を無償で開示しよう。こちらは特に条件無く開示できるからな」
「え?いいんですか?」
「うむ、良いものを見せてもらったし、そのお礼だよ」
そういって男性が大きな声でわらう。
俺としても補修術式があればロープが傷ついてもなんとかなるのでありがたい。
男性に手付金として銀貨45枚を払い、残りは受け取り時に支払うと約束を交わす。
「では、またお伺いしますが、もしかしたら1週間以上先かもしれませんのでロープはそのまま受取に来るまで預かっていただけないでしょうか」
「構わんよ」
「では宜しくお願いします」
俺とサリスは男性に頭を下げてから工房をあとにした。
「いい人でよかったわね」
「ああ、本当に助かったよ。さて本屋と雑貨屋に寄ってから宿に帰ろうか」
サリスが笑いながらうなずく。
魔工都市ママハの大通りを歩きながら、俺はニヤニヤしていた。
予想を超える収穫があったのだニヤけてしまうのもしょうがない。
ガードマスク。
高強度ロープ。
補修術式。
そしてこれから買いに行く破砕粘土の製造方法がかかれた本と粘着玉。
戦力が底上げされて喜んでいる俺の姿が、夕暮れの魔工都市ママハの大通りにあった。
2015/05/21 誤字修正
2015/05/22 会話修正
2015/05/22 脱字修正




