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観測者λ567913と俺の異世界旅行記  作者: 七氏七
青年期【ヒノクス旅行編】
140/192

5-28 海老天そば

 竜暦6561年8月11日


 寝苦しくて起きると朝の5時だった。

 寝汗で体がベタベタしてるので、かなり不快だ。


 俺は横で寝てるサリスを起こさないように、そっとベッドを出ると手桶に水を注いで、タオルを濡らして絞ると自分の体を拭いてサッパリした。


(シャワーか風呂に入りたいな…)


 幼い頃から夏の暑い日に思うことを今年も思ってしまった。

 去年は新しい家に風呂を設置したので、快適だったのだが…


(簡易型の風呂が欲しいな…)


 俺はドラム缶風呂を思い浮かべてしまった。

 絶景の中で入るドラム缶風呂も魅力的だなと少しニヤニヤしてしまった。


 全身をタオルで拭いてから、またベッドに戻ろうとしたが、スッキリしすぎてサリスとの二度寝は無理そうだったので書類の作成をすることにした。


 しかしロージュ工房との相互技術供与契約書を元に、サラガナル馬車工房との契約書を作っているが非常に面倒だ。

 旅の計画を練っているときや、旅行記の記事を書いてるときは、ペンが進むのが早いが、契約書になると途端に遅くなる。


(つくづく事務には向いてないよな…、添乗員時代も提携先との契約書を作るときは面倒だったよな…)


 そんなことを思いながら文面の確認や修正を行っていく。

 眉をひそめて真剣に書類を作っていると、サリスの声が聞こえた。


「ふぁぁぁっ。もう起きてたの?」


 ベッドの中で横になりながら、俺を見てサリスが語りかけてきた。


「うん、寝汗をかいてね。体を拭いたら目が覚めちゃったんだよ」

「あー、私もべたついてるわ」


 俺は席を離れて、手桶の水を交換するとタオルを濡らす。


「あら、気がきくわね」

「ちょっと気分転換もしたくてね。ずっと書類と睨み合いをしてたから」

「寝る前に聞いたけど、なんとか動力車の件は、まとまったんでしょ?」

「書類はきちんと残しておかないと、あとで揉めるのは嫌だからな」

「そういうところは、しっかりしてるわよね」

「旅を快適にするためさ、頑張るよ」


 そういってテーブルに戻り、書きかけの書類と、また睨み合いをはじめた。


 しばらくすると体を拭いたサリスが俺の隣にきて座る。


「ねえ」

「ん?」

「最近しっかり休みをとってなかったわよね」

「うーん、そうだっけ?」

「ヒノクスへの航海ばかりだったわよ」

「寄港地で結構のんびりしてたよな、用事がおわった午後とか」

「あれは休んだことに、ならないわよ。しっかり1日休みをとったことがないでしょ」

「海上で操船してたときは…。楽しんでいたけど休みじゃ…ないか…」

「そうよ。もうヒノクスについたんだし、1日くらいゆっくり過ごしましょ」

「あー、今日はサラガナルさんに書類を持っていくって約束したんだよ。ごめん」

「届けたら、また時間かかりそうなの?」

「いや届けるだけだよ」


 いきなりサリスが抱きついてきた。


「じゃあ、届けたらゆっくり過ごしましょ」

「う、うん。それはいいけど、アミやオルにも伝えないと」

「二人なら平気よ。アミにも休みにしようって話をしてるから」

「え?」

「さてと出かけるから装備を着ないとね。ベックも早く仕上げて着替えてね」

「あ、うん」


 俺はサリスの勢いに、つい返事をしてしまったが、なにか変だ。

 なんかの記念日だったかなと、記憶を探ってみたが思い出せない。

 まあ、たしかに休みは必要だなと思った俺は、書類の不備がないか最後の確認を入念に行ったあと、装備に着替えた。


(急な休みか、どこにいこうかな…)


 俺は着替えたあとで、行き先を考える。

 しかしトウキに来たばかりだし、サラガナル馬車工房の件で二日過ごしていたので、どこに何があるのか全く分からなかった。

 そういえばサリスとアミが昨日いろいろトウキの情報を集めていたはずだと思い出し、サリスに尋ねてみた。


「行く場所は決まってるわ。今日は私がエスコートするから大丈夫よ」

「え?」


 知らないところで計画が進んでいるようだった。

 行き先を聞いても教えてもらえなかったので、とりあえず大人しくサリスについて行くことにした。

 宿を出て大通りを歩いていると一軒の店の前でサリスが足を止める。


「朝は、ここで食事よ」

「うん、いいけどここって…」


 店の中に入ると、狭い店内に客が立ったままソバを食べていた。

 立ち食いソバの店だ!

 その懐かしい光景に俺は驚いた。


「昨日見つけたのよ。珍しいでしょ」

「う、うん。これはすごいな」


 そのままカウンターの中にいる男性にサリスが注文をすると、大きな海老天が盛られたソバが2つ、目の前に出てくる。

 見た目は最高だ!

 サリスはフォークとスプーン。

 俺は箸で食べ始めるが、出汁のきいたソバつゆが美味しいし、さらに海老天も衣にソバつゆが染込んで最高の味だった。


「いい店を見つけたな」

「ゆっくり食べるのには向かないけど、手軽に食べれて便利よね」

「だなー」

「今日は、かなり歩くから、しっかり食べてね」

「あれ、休みなんだよね」

「街の外に行くのよ」

「それもどこに行くのか教えてくれないんだよね」

「ええ、楽しみにしててね」


 そういうとサリスがニッコリと笑う。

 楽しませてくれようとしているのだし、俺もサリスに付き合うことにした。


「期待してるよ」

「うん」


 美味しい天麩羅ソバを味わったあと、店を出て俺達はサラガナル馬車工房に書類を届けに行く。


 サラガナル馬車工房に着いて事務所にいくと、サラガナルさんは不在だったので、従業員に書類を渡してからサラガナル馬車工房をあとにした。


「じゃあ、これで用事も終わったし今日は休みね。さっそく街の外にいきましょう」


 サリスがそういい、俺達は街の外にでる。


 サリスの話では、北の海岸線沿いの街道を歩いて目的地に向かうらしい。

 俺達は山肌が海側に迫っている狭い街道を並んで進む。


 徐々に陽が高くなり気温が上がってきた。


 俺とサリスは全天候型レインコートを取り出して羽織る。


「見た目は微妙だけど、夏場の移動には便利よね」

「これがないと今頃へばってるだろうな」

「販売の件だけど、忘れてないわよね?」

「うん、ロージュ工房と相談するってメモに書いてあるよ」

「そのときは私とアミも話し合いに参加するわ。デザインをいろいろ考えてるから」

「え?いつの間に…」

「航海の途中で暇な時に考えていたのよ」

「そっか、じゃあ話し合いの時は一緒にいこう」


 そこでサリスが何かを思いついた顔をした。


「そういえば馬車にも温度調整装置あるでしょ。あれって馬車以外にも取り付けられるわよね?」

「相談してみないと分かんないけど、平気だと思うよ。小型船にでもつけてみる?」

「ベックは何でも旅と結びつけちゃうのね…。小型船にもあればいいけど、家の部屋につけてみたらどうかしら。家に置ける装置を単体で販売すれば儲かるかもよ」

「あーー!」


 俺はサリスのその言葉に、転生前のエアコンのイメージが頭に浮かんだ。

 確かに部屋につければ住空間を快適に出来る。

 オーガント家の実家なんかは売り出せば、すぐに購入するだろう。

 たしかに旅にばかりに気をとられて、そういった事を思いつかない自分が情けなかった。

 本当にサリスに感謝である。


「それは売れそうだな」

「小さい子供がいる家なんかでは、需要が高いわよね」

「そうだなー」


 俺は旅行準備メモを取り出して、忘れないように"エアコン"と記入する。


「うーん、やっぱり旅以外の事になると俺は駄目なところが多いな…」

「でも、そこがベックの魅力でもあるわよ」

「ありがとな」


 俺はサリスへの感謝をこめて、歩きながら手を繋ぐ。

 こうやって手を繋いで歩くのも久しぶりだ。

 サリスが少し顔を紅くする。

 あらためてサリスの横顔をじっくり見ると、やっぱり美人で可愛いなと思う俺がいた。


「そういえば昨夜遅かったから、詳しく聞いてなかったけど冒険者ギルドで魔獣のことで何かわかったことあったのかな?」

「Eランク掲示板を見たけど、ロックバードとセイレーンの依頼があったわ」

「ふむ、トウキの周辺には危険な魔獣は少なそうだな」

「そういえばタハカの代表から受け取った手紙も渡しておいたわよ」

「ありがとな、サリス」

「事情も聞かれたから答えておいたけど、トウキでも港湾に冒険者の見張りを置くそうよ」

「タハカとトウキだと、かなり離れているから平気だと思うけど、そうした方がいいな」

「そうね」


 しばらく歩き続けるとサリスが目当ての場所を見つけたらしい。

 海岸線を指差す。


「見えてきたわ」

「なんだろう。村かな?それにしては建物の数が少ないけど」

「トウキの人に聞いたけど、湯治場っていうらしいわね」

「湯治場!」


 その言葉に俺は思わず食いついた。

 それが本当なら、あそこには温泉があるということだ。


「なんでも自然に沸いたお湯に浸かる事で疲れが取れるらしいのよ。四年前にシャルト村でベックが言ってたのは本当だったわ。ヒノクスではお湯に浸かる文化があるのね」

「う、うん。しかしここでお湯に入れるとは…」

「ヒノクスの人は温かい泉って書いて温泉って言ってたわ」

「へぇー」


(この世界でも、温泉の単語がそのまま使われているのか…、やはり転生前の世界と共通する箇所が多いよな…)


「どう?少しは驚いてもらえたかしら」

「すごく驚いたよ!本当にありがとう!」

「いいのよ。いつもベックに助けてもらってるし、今回はそのお礼よ」

「嬉しいよ、サリス」


 俺は感謝を込めてサリスの頬にキスをした。

 サリスが嬉しそうに笑う。


「さて早く温泉に入ろうか」

「そうしましょ」


 湯治場の近くまでいくと、俺達は羽織っていたレインコートを脱いでアイテムボックスにしまう。

 するとサリスが俺に水着を渡してくれた。


「持ってきておいたの」

「準備がいいな」

「トウキの人に湯治場の事を聞いたときに入浴の際には水着を着るって話が出たからよ」

「へぇー」


(やはり公衆の温泉では、裸で入る文化はないのか…残念だ…)


 湯治場に足を踏み入れると、そこには数件の温泉宿があった。

 どこの温泉宿がいいのか判らなかったので、一番大きな建物の温泉宿に入って、日帰りで入浴が出来るかを宿の主人に尋ねてみると問題ないという話が聞けたので、この宿の温泉に俺達は入ることにした。

 温泉の入口にいくと男女に分かれていたので、俺達はここで分かれることにした。


「じゃあ、先に出たらここで待ってるよ」

「私もそうするわね。ゆっくり疲れを取ってきてね」


 脱衣場に向かいながら混浴だったら良かったのになと思う俺がいたが、それよりもお湯に首まで浸かる気持ちよさを想像して気持ちを切り替える。


 さっそく水着に着替えて浴場の扉を開けると、目の前に広がっている海の景色が堪能できる温泉があった。

 他の湯治客の姿も見えない。

 この景色を独り占めできるのだ。


「おぉぉぉぉ。絶景だな!」

「そうね」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 横をみるとサリスも水着に着替えて浴場に足を踏み入れていた。


「あれぇぇぇ」

「脱衣場だけ男女別みたいね」

「あー、なるほどー」

「出るときの待ち合わせも楽で良かったわね。さ、入りましょ」


 そういうとサリスが温泉に浸かって気持ち良さそうな声をだす。

 俺も、その声に誘われて温泉に入ってみたが、ぬるめの温度が心地よい。


「はぁぁぁぁぁ、生き返るぅぅぅ」

「ふふ、ベックったら死んでないでしょ」

「あー、うん、そうだな、うーん、生き返るってのは元気が出てきたって意味なんだよ」

「変な言葉を使うのね」

「昔、読んだ本に書いてあったんだよ」


 しかし目の前に広がる海を見ながら入る温泉は最高だ!

 疲れが体からお湯に溶け出していくようだ。

 自分の腕をさすっているサリスの姿が目の入る。

 温泉の成分で肌もすべすべになっているようだった。


「これならオルとアミも連れてくれば良かったな」

「今頃二人も楽しんでるはずよ」

「なるほど、昨日アミとサリスの二人で行動したのは、俺やオルに喜んでもらえるような計画を立てる為だったんだな」

「うん。ようやく旅も一息ついたから、のんびりしたかったし」


 そういってサリスが俺の隣にくる。


「オルとアミは何処に行ったのかな?」

「二人は海水浴に行ったわ。アミがオルに泳ぎを教えるんだって」

「へぇー、オルも喜ぶな」


 俺はふとあることを思いついた。


「じゃあ、動力車の準備が出来たら、またここの湯治場に四人で来ようか。動力車なら、すぐに到着するしな」

「そうね、ここなら何度来てもいいわ」

「トウキの宿にお風呂があれば良かったんだけどな」

「宿にはお風呂は無かったけど、トウキには湯屋があるそうよ」

「な、なんだってーーーー!」


 サリスの言葉に驚いた。


「私も昨日聞いたばかりだし、どんな場所か分からないけど沸かしたお湯に入るそうなの。パムの家にあるお風呂と同じじゃないかしら」


(やはり湯屋って銭湯だろうな。もっと早く知っていれば…。しかしヒノクスはやっぱり最高だな!)


 転生前に日本人として生きてきた俺としては、ヒノクスの食事や文化がやはりしっくりくる。

 遠い旅だったが、やはりヒノクスに来て本当に良かった。


 心地よい温泉で体をのばしながら、そう思う俺だった。


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