5-25 漬け茶漬け
竜暦6561年8月8日
今日の朝食は、サリスに手伝ってもらい俺が作ることにした。
昨日、西部都市タハカの食材屋で大量にヒノクスの調味料が購入できたからだ。
俺にとってヒノクスの食材屋の商品は、まさに宝の山だった。
ビーンペーストという名の味噌。
ビーンソースという名の醤油。
ライスビネガーという米酢。
ライス酒という純米酒。
ライス甘酒という味醂。
ドライフィッシュという鰹節
スモールドライフィッシュという煮干。
ビーンカードという豆腐。
ドライケルプという昆布。
セサミという胡麻
セサミオイルという胡麻油。
ホースラディッシュという山葵。
(ヒノクス最高!!!!)
「水で洗ったライスだけど、そろそろ30分経ったわよ。ここからどうするの?」
「ちょっとまってね」
俺は土鍋に水に浸していた米をいれると水加減を調整して、そのまま蓋をして中火で火にかける。
「湯気が出てきたら、火を止めてそのまま放置してればいいよ」
「それだけ?」
「うん、土鍋だと保温性が高いから、火を止めても余熱でライスが炊けるよ」
「へぇー」
俺は昨日かった魚を三枚に下ろすと、薄いそぎ切りにしてから山葵醤油に漬け込む。
「なんでこんなにヒノクスの調理法に詳しいの?」
「昔、本で読んだんだよ」
「よく覚えてるわね」
「ドルドスから、かなり離れていたからね。憧れがあったんだろうな」
俺はサリスに適当な言い訳をしながら作業を進める。
ご飯が炊き上がるまで、薄めの薬草茶を用意する。
「よし準備はおわり」
「え、これだけなの?」
「うん。ライスが炊き上がるのが楽しみだね」
ほどなくして土鍋から湯気が噴き出してきたの火を消す。
「なんか昨日の夕方からベックおかしいわよ」
「そう?」
「外で食事を食べていたときから、ずっとニヤニヤしてるんだから気付くわよ。そんなにヒノクスに興味があったのね」
「かもなー。予想以上に良い国だよ」
「ふーん」
久々にサリスがジト目で俺を見ている。
(え?あれ?なんでそんな目で…)
俺はジト目に耐え切れず、漬け込んでいる魚の切り身を確認する。
「ほら、いい具合に魚の切り身にビーンソースが染込んでるよ」
「ほんとね」
サリスが漬け込んでいる山葵醤油を指につけて味を確かめる。
「このツーンと鼻を刺激するのが、擦ったホースラディッシュなのよね?」
「うん」
「ビーンソース自体深い味わいがあって美味しいけど、擦ったホースラディッシュのせいで、しつこくない爽やかな感じが追加されてるわね」
サリスの味覚はさすがだなと思った。
そんなことを考えていると、そろそろご飯が炊き上がる時間だ。
土鍋の蓋をあけると、美味しそうに米が炊きあがっていた。
俺は炊き上がったご飯をしゃもじで混ぜる。
「よしラッカーボウルを4つ用意してね」
サリスにそういって漆器の碗を準備してもらう。
俺は漆器の碗に、炊き上がったご飯を盛ると、さらに漬け込んだ魚の切り身を乗せてから、薬草茶を俺は躊躇なくかけていく。
さらに上から炒った胡麻を振りかけて漬け茶漬けの完成である。
「漬け茶漬けが出来たよー」
「本当に簡単ね。ちょっと味見していいかしら」
「うん」
そういうとスプーンを使ってサリスが漬け茶漬けを味わうと、その味にサリスがビックリしたようだ。
「恐ろしいほど簡単な料理なのに、旨みがちゃんと出てるわね…」
「魚にビーンソースがしっかり染込んでるのと、ビーンソース自体の旨みもあるんだろうな」
「そうなのね…」
サリスがなにか思いついたようで、腕をくんで思案し始めた。
「えっと、アミとオルが待っているから、まず運ぼうか」
「ああ、ごめんなさい」
そういって、サリスが慌てて料理を食堂のテーブルに運びはじめた。
俺も料理を運ぶのを手伝う。
「美味しそうだな。これベックが作ったんだよね?」
「そうね」
「良い香りですー」
「さ、食べようか」
俺は箸、三人はスプーンで漬け茶漬けを味わう。
オルとアミも、その味にビックリした。
「かなり美味しいけど、これがビーンソースの味なのかな?」
「優しい味です!魚も美味しいです!」
二人にも好評のようだ。
「ヒノクスの食文化って本当に奥深いわね」
サリスが呟く。
「そうだね。ビーンペーストやビーンソースもそうだけど発酵食品が多いみたいだな」
「あとは昨日ベックが見ていたドライフィッシュやドライケルプなんかの干した食材も多いわね」
オルが口を挟む。
「こうやって他国に来ると分かりましたけど、パラノスの香辛料の使い方って独特だったんですね」
「それぞれ地域の事情にあわせて独自に食文化が形成されたんだろうな」
「えっと、おかわりあるです?」
アミからおかわりの要求が出たのでサリスが厨房にいって、漬け茶漬けをまた持ってきてくれた。
「あの漬けていたソースが勿体ないから、他の魚も捌いて漬けておきましょうか」
「そうだな。そうしておけば船上でも食べれそうだな」
「そうね」
「ライスも少し多めに炊いて、別の鍋に移しておけば、船の上で薬草茶を用意するだけで食べれるわね」
「じゃあ、その辺りはサリスに任せるよ」
俺がそういうとサリスがうなずく。
「ベック、出港は昼だよね?」
「うん。サリスとアミには、船上の食事の準備をお願いして、俺とオルは出港準備をしよう」
「了解」
俺達は朝食を堪能すると、そのまま各自準備を始めた。
俺は書類を持って、エワズ海運商会の事務所にいくと出港手続きをしてから、小型船に向かった。
復旧の進む桟橋前の広場を通ると、瓦礫がかなり片付いている。
港湾労働者が火事で焼け落ちた建物を解体作業をしているのが見える。
当分は復旧作業が続くなと思いながら小型船に辿りつくと、オルが出迎えてくれた。
「手続きが終わったから、いつでも出港可能だよ」
「こっちも準備おわってるよ。荷物も積み込んだし」
「あとはサリスとアミを待つだけかな」
「そうだね」
オルが小型船のデッキから被害の大きかった港湾を眺めながら呟く。
「…今回称号なんてもらって本当に良かったのかな…」
「感謝の気持ちだから、良いんじゃないかな。俺達が駆けつけたことで助かった住民がいたのは確かだし」
「…」
オルの背中を平手で叩く。
「広場の遺体を見たんだと思うけど、俺達に出来ることは十分やったよ」
「…うん」
「それに生き残った人にとっては、称号を贈られた冒険者がいたという事実が重要なのさ」
「それって?」
「俺達以外でも、地元の冒険者にも称号が贈られると思うよ。そうすることで住民が魔獣の襲撃に対して戦ってくれる勇敢な冒険者を、自分達の心の支えにするんだ」
「魔獣に怯えて暮らさなくても、いいようにってことなんだね」
「ああ」
俺の言葉をオルが真剣に受け止めて考え始める。
ほどなくして、サリスとアミも小型船に食事を収めた荷物を持ってやってきた。
「…おまたせ」
「…ひどかったです…」
二人も広場の遺体を目にしたようだ。
俺とオルが手早く荷物を船内に運び入れる。
「さて出港しよう。復興を手伝えないのは心苦しいけど、西部都市タハカの復興は、ここの住民の仕事だからな」
「うん」
「…はいです」
「了解」
俺達は後ろ髪をひかれながらも小型船で出港した。
ヒノクスへの航海の最終目的地である港湾都市トウキまで、もうすぐだ。
俺は気持ちを切り替えて、小型船の操舵輪を握って、波穏やかな海上を進んでいく。




