第84話 蕎麦と心境
「いらっしゃい! 人数は見れば分かるから言わなくていいよ! ……って5人!? ハシレンジャーじゃん!」
「来てやったぜー! 流しざる蕎麦ってやってっかー?」
「ざるごと流すな! 普通に配膳した方が早いだろう!」
「私はその話題を流して次の話題に行くわよ。ネギをハート型に切ることってできるかしら?」
「流してどうでもいい話をするな! なんだその無駄な拘りは!?」
「なら私はその話題を三遊間に流すぞ! レフトがエラーしたから二塁まで行けるな!」
「どうでもいいですけどなんで左バッターなんですか!」
「ワシはボールを逸らしたフリして二塁まで来たバッターランナーをアウトにするで」
「レフトお前だったのか! なんでずっと野球してるんだ!?」
「早く入ってもらえるかな!?」
ケイシチョウマンがまた苛立ちながら俺たちを店の中に招き入れる。
全員揃うとこれが大変だな。最低でも4回ボケを捌かないといけない。蕎麦屋の入口でボケを捌く俺の気持ちも考えて欲しいものだ。
「何しに来たのさハシレンジャー? またオイラを倒しに来たのかい?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。少し話がしたくてな……」
「それよりみんな! ここの韓国冷麺を食べたことがあるか? 絶品だぞ!」
「蕎麦食べてもらえます!? なんでメニューにあるんですかそんなもの!」
戸惑うケイシチョウマンはとりあえず仕事を全うしようと思ったのか、全員分のお冷を運んで来た。
「オイラと話がしたいって、どういうことだい?」
「それは後よ。とりあえず腹ごしらえをしないと始まらないわ。チキンジャンバラヤを人数分お願い」
「蕎麦を食えと言っているだろう!? 何故ここでジャンバラヤを頼む!?」
「俺は金ねーからそこにある食洗機でいーぜ!」
「機械を食うなお前は! だから蕎麦を食え!」
「ほなワシはコロッケ蕎麦で頼むわ」
「蕎麦を食……ってるじゃないか! なんでお前だけ普通に注文してるんだ! この流れで蕎麦を食うな!」
「いや蕎麦食べてね!?」
結局それぞれ蕎麦を注文し、少しして運ばれて来た蕎麦を啜る。前回も食べたがやはり美味いな。人気店になるのも頷ける。
無言で蕎麦を啜り、全員がほぼ同時に食べ終わった。俺たちは立ち上がり、ケイシチョウマンの方へ向かう。
「ケイシチョウマン、美味かったぞ。親父さんにも伝えておいてくれ」
「俺もあんな美味い蕎麦初めて食べたぜ!」
「忘れっぽいにもほどがあるわね。前回も食べたでしょう」
「それはいいけどさ……」
やけに歯切れが悪いが、俺たちが何を話すと思っているのだろうか。こいつにとっては別に悪い話をするわけではないのだから、そんなに構えないで欲しいものだ。
「ケイシチョウマン! 私たちから改めて話があるぞ! ビッグサプライズだ!」
「せや! カエルの卵のプレゼントまで用意してあるで!」
「嫌がらせじゃないか! 川に返せそんなもの!」
「いや、それはいいんだけどさ……」
本当に歯切れが悪いな。俺たちの雰囲気でなんとなく悪い話じゃないと分からないものだろうか。
「しゃー! 表で話そーぜー! 店の外までバイクで行くぜ!」
「そんな短い距離で乗るな! むしろ外で乗れ!」
「いや、だからさ……」
「はっきりしないにもほどがあるわね。何か言いたいことがあるなら言いなさい」
「せやで! 言いにくいかもしれんけど、ワシらは受け入れるからな!」
「いや、あの……お会計!」
「……あ」
俺たちは全員分の代金を支払い、ケイシチョウマンを連れて店の外へ出た。
「で? 話って何さ?」
「単刀直入に言う。俺たちはお前の本心が聞きたい」
「本心……?」
「お前はこの間、親父さんへの恩返しと生活のために働いていると言ったな。その気持ちは変わらないか? 今お前は自分が人間のために働いていることを、自覚しているのか?」
俺が問いかけると、ケイシチョウマンはバツの悪そうな顔をした。
「分かってるさ。オイラはホーテーソク団の幹部なのに、人間に肩入れしてる。でも、オイラは親父さんに助けてもらった恩があるんだ! あのままだったらオイラはゴミ山にあった便座に突っ込んだままだった」
「お前便座に突っ込んでたのか!? 運の悪いやつだな……」
「そんなオイラを引っ張り出してくれたのが親父さんなんだ。だから恩返ししたい。それに、親父さんの美味しい蕎麦を食べて笑顔で帰って行くお客さんを見るのは、とっても嬉しいって思うしね」
なるほど……。これは完全に更生しているな。ケイシチョウマンの言葉や態度、表情からは嘘が見られない。
「みんな、俺はやはりケイシチョウマンを倒すのは良くないと思ってしまう。こんなに人間に貢献してくれて、人間のことを想う怪人がいるか?」
「……そうね。ただ問題はうどん派に寝返るかどうかよ」
「それは勝手にしたらいいだろう! ……ハシレイはどうだ?」
ハシレイは戸惑うような目をしていたが、ヘルメットのバイザーを下げて言った。
「確かにこいつがこれ以上人間に危害を加えるとは思えん。心の底から納得はできひんけど、このまま蕎麦屋で働いてもらったらええんちゃうかな。ところでワシが蕎麦を食べる時もヘルメットを外さへんかったん凄ない? この隙間から啜っててんで?」
「せっかくいい話だったのに! 確かにヘルメットと首の隙間から蕎麦を啜ってたが!」
「しゃー! 決まりだな! ケイシチョウマンはこのまま働け! 俺たちはホーテーソク団を潰す!」
紅希がそう言うと、ケイシチョウマンは少し迷いながらも頷いた。
「……うん。こんなに優しい人間たちを襲うなんて、オイラたちは酷いことをしてたんだね。ハシレンジャー、ホーテーソク団を潰して欲しい。ボスの目を覚まさせてやって欲しい!」
「ああ。言われなくてもそうするつもりだ」
「当たり前にもほどがあるわね。絶対にホーテーソク団は壊滅させてみせるわ。誇り高き私の祖父、宗院ムハンマドの名にかけて」
「アラブ人みたいな名前! お前の祖父の名前ムハンマドなのか!?」
俺たちはそのまま何もすること無く、蕎麦屋を後にした。歩いて行く俺たちの後ろで、ケイシチョウマンは深々とお辞儀をしていた。
これで倒すべき敵はただ1人に絞られたな。ケイシソウカンマン、一体どんな怪人なのだろうか……。




