第42話 作戦
薄暗い廊下を走りながら、視覚と聴覚に全神経を集中する。身体暴走の使用中は、身体能力だけでなく五感も強化されているらしい。いたるところから何かの鳴き声が聞こえてきて、かなり不穏な雰囲気だ。動物でも捕まえているのか? 何が目的なんだ……。
(頼むぞ……)
突然一際大きな声が俺の耳に届く。紅希か?
「クックドゥードゥルドゥー!」
「アメリカのニワトリ! めちゃくちゃどうでも良かった! ああもう、紅希のやつどこにいるんだ!」
すると今度こそ聞き慣れた声が聞こえてきた。これは流石に紅希だろう。
「さかなさかなさかなー! さかなーをー食べるとー! あたまあたまあたまー! あたまーが良くーなるー! 嘘つけ! 俺子どもの頃焼き魚のホイル焼きのムニエルばっかり食べてたけどバカになったぞー!?」
「なんで二度焼きした上にムニエルにするんだ! そりゃバカにもなるだろう!」
思わずいつも通りツッコミを入れてしまったが、これは間違い無く紅希だ。どの部屋だ? 聴覚に神経を集中し、紅希の声が聞こえる方向へ近づく。
「だーかーらー! 言ってんだろー! 俺は魚肉は専門外なのー!」
だんだんと声が近づいてくる。紅希のでかい声が俺の耳にキンキンと響くようだ。それにしてもまたケイブマンは紅希に魚の話をしてるのか? 懲りないやつだ。
「うるせーなー! 俺はずっと大村さんはダイソンってあだ名になりがちって言ってんじゃんか!」
……どうやら魚の話はしていないようだ。誰だ大村さんって!? 何の話をしていたらそんな人が出てくるんだ!?
だがその声で紅希がいるであろう部屋を突き止めることができた。俺は右の拳に思い切り力を込め、ドアにぶつける。
ガゴーン!! とんでもない音がしてドアが吹っ飛んだ。部屋の中にいたのは、制帽を被ったケイブマン。それに先ほどまでの俺と同じように両腕と両足を縛られ、天井からロープで吊るされた紅希だ。
「ナッ!? ハシレブルー! どうしてここにいるんダイ!?」
「そこのバカがバカみたいにでかい声でバカみたいな話をしてるのが聞こえたんでな。ケイブマン、紅希を返してもらうぞ」
「碧ー! 来てくれたのかー! お前もケイブマンとのディベートに混ざるかー?」
「……は?」
よく見ると紅希の目はいつものように燃え盛っておらず、どこか虚ろで穴が空いたような目になっていた。
「おいケイブマン、紅希に何をした?」
「サア、なんだろうネ? ただボクは彼とディベートをしようって持ちかけただけサ」
「ディベート……? お前、ふざけてるのか?」
「ふざけてなんかいないサ。ただ彼は頭が悪いことをコンプレックスに思っていたようでネ。ディベートっていう頭の良さそうな単語を持ち出したら簡単に乗ってくれたヨ」
だんだん状況が掴めてきた。恐らくケイブマンは、紅希のバカに対するコンプレックスを利用し、ディベートと称して洗脳を行ったのだ。
いや、これだけだと俺も何を言っているのかは分からないが、要するに魚だか大村さんだかの適当なテーマでディベートを持ちかけ、バカにコンプレックスがある紅希が乗ってきたところで少しずつ洗脳していったということだろう。アホの紅希はそれにまんまと乗っかり、あっさり洗脳されたというわけだ。全く世話が焼ける……。
前回は紅希が自力で洗脳を解いた。だから今回は念入りに洗脳をかけたということなのだろうか。恐らくそうなんだろうな。
「お前、何故執拗に紅希を狙う?」
「何もボクが狙っているのは彼だけじゃないサ。もちろんキミと黄色い彼女も狙っているヨ。キミたちをホーテーソク団の仲間にするためにネ」
「ホーテーソク団の仲間……だと?」
「そうサ! キミたちがホーテーソク団に入れば、この宇宙を支配するお手伝いができるんだヨ! ロケハンやスケジュール管理、弁当の手配なんかしたりネ」
「俺たちはADか! せめてもう少し前線に立たせるとかあるだろう!?」
「ADの仕事は体力と精神力が必要。キミたちならそれに打って付けだヨネ!」
「しれっとADだと認めたな!? 何を放送するんだお前らは!」
「それは例えば、3分で簡単にできるお料理の作り方とかサ」
「もうある! そういうのもうある! 今お前らが始めなくてもいいだろう!」
全く、こいつはなんでこう緊張感が無いんだ。毎回対峙する度に気が抜けて仕方ないぞ。まあそれが戦略なのかもしれないが……。
「とにかくケイブマン! お前を倒せば紅希の洗脳も解けるんだろう? なら俺がやることは一つ! お前を倒すだけだ!」
「威勢がいいネエ……。本当にボクを一人で倒せると思っているのカイ? 前回は不意打ちだったケド、今回は真正面から来ているわけだヨネ?」
「ああ、もちろんお前を倒す戦略ならあるさ」
(頼むぞ……)
俺はもう一度心の中で念じる。大きく息を吸い込むと、真正面からケイブマンに向かって走り出した。
「うおおおおおおお!」
「結局キミもバカだったってことだネエ。仕方ない、一応相手してあげr……ハ?」
ケイブマンの腹からは、黄色いダガーが1本突き出ていた。
何が起こったのか理解できていないケイブマンの顔面に、俺の全力の右フックが入る。
左方向に吹っ飛んで行ったケイブマンがいたところには、黄色いスーツを着た女性戦士が立っていた。
「あっけないにもほどがあるわね。結局幹部を倒すのなんて、アフタヌーンティー前だわ」
「朝飯前じゃなくてか!? 午後までいってるじゃないか! ……だがナイスだ黄花。待ってたぞ」
そう、俺の(頼むぞ……)という思念は、黄花に向けてのものだったのだ。
もちろん俺はホーテーソク団の幹部相手に単身乗り込むなんて、熱血バカがやりそうなクールじゃないことはしない。
先に黄花が捕まっている部屋を見つけ出し、さっさと解放して作戦を立てていたのだ。
その作戦とは、あたかも俺が単身乗り込んだかのように見せ、ドアを吹っ飛ばした衝撃に紛れて黄花を部屋の中に潜ませること。そして俺がケイブマンに向かって行った時、後ろからダガーを突き刺して動きを止めることだ。
「ガッ……! な、なんてことヲ……! ボクの腹筋の『腹田筋太郎』が……」
「腹筋に名前を付けるな! 筋トレマニアかお前は!」
「ダケド幸い腹田筋二郎と腹田筋三郎は無事だったようだネ」
「スリーパックなのか!? 気持ち悪い腹筋だな!」
「腹田筋子の恨み、ボクが晴らしてあげヨウ!」
「筋太郎を勝手に性転換するな! なんだそのニューハーフの腹筋は!?」
再び立ち上がるケイブマン。それに対峙する俺たちもそれぞれ武器を構えた。




