第40話 碧飲んでなくない?
結局酒を飲み始めてしまい、ハシレイが潰れた後——。
俺は紅希と黄花に改めて問いかけた。
「紅希、黄花、お前らは本当にハシレイが怪しいと思わないのか?」
「何言ってんだ碧ー? 司令がどう怪しいってんだよ? ずっとフルフェイス被ってフットネイルしてる以外は普通じゃんか!」
「その時点でめちゃくちゃ怪しいだろう!? むしろそんなやつに何故普通に着いて行く?」
「唐突にもほどがあるわね。司令を怪しいとは思わないわ。何をそんなに疑っているの? 司令がこの間ホテルから老婆と出て来たから?」
「なんだそれ知らないぞ! あいつそういう趣味だったのか……。じゃなくて! あいつの言動だ! 明らかにホーテーソク団について何か知っているようなことをずっと言っているだろう?」
俺がそう言うと、紅希と黄花は顔を見合わせる。
「そんなこと言っていたかしら。私たちは碧より長い時間基地にいるけれど、司令からそんな言葉を聞いたことは無いわ。いつも高校野球の話しかしないもの」
「そーだぜ! 今日のランナーコーチがどうとか、そんな話しか聞かねーぞ?」
「だからなんで注目するのがランナーコーチなんだ! 選手を見ろ選手を!」
するとハシレイがごろんと寝返りを打つ。一瞬目が開きかけたのを見てヒヤッとしたが、また目を閉じていびきをかき始めた。
「あんばたあああああ。あんばたああああああ」
「いびきのクセが強すぎるぞ! なんで寝ながらあんバターを連呼してるんだ!」
「おぐらとおすとおおおお。おぐらとおすとおおおお」
「名古屋出身か! どんな夢を見てるんだこいつは……」
「きっとずんだシェイクの夢を見ているのよ」
「せめて小倉トーストの夢を見てくれ!?」
大いびきをかくハシレイに呆れながら、俺は再び仲間たちに向き直る。
「はっきり言おう。俺はハシレイがホーテーソク団側なんじゃないかと思っている。よく考えてみろ。俺たちはハシレンジャーについて何も知らないだろう?」
「……まあ確かにそうね。ハシレンジャーが組織された理由だったり、司令の素性、あと司令のパーソナルカラーも知らないわ」
「パーソナルカラーはどうでもいい! なんで気になるんだ!」
「私の予想ではブルベ夏ね。明るくてはっきりした色が似合うと思うわ」
「アパレル店員か! 仮に知れても知りたくない情報だぞ!?」
「俺は司令を信じてるけどなー。俺たちのパワーアップも祝ってくれたし、俺にキャットフードをくれたし」
「嫌がらせされてるぞ! 気づけ!」
「まー確かに、俺的にはカウフードの方が良かったかもなー」
「牧草じゃないかそれは!? なんで動物扱いでいいんだ!」
「ずんだあああああ。しぇええええいく」
「本当にずんだシェイクの夢を見てた! 分かりやすいやつだなこいつは!」
紅希がハシレイの腹をつつきながら、珍しく真面目な顔で口を開く。
「でもよー、今司令を疑ってもしょうがねーんじゃねーか? 今俺たちにできるのは、ホーテーソク団の怪人を片っ端から倒してくことだろー? 司令は俺たちハシレンジャーを集めて怪人を倒してる。それを疑っても、今俺たちには何にもならねーんじゃねーの?」
「まあそれは確かに……そうだな」
紅希の言うことはもっともだ。頭では分かっている。だがもし本当にハシレイがホーテーソク団側の人間だったら? いつ俺たちが裏切られるか分からない。そのリスクを避けるには、俺たちがやつの違和感に気づいて行動するしかないんだ。
「んなことよりよー、せっかく酒あるんだから飲もーぜ! 司令だけ潰れちまったけど、俺たちはまだいけるよな?」
「当たり前よ。私を誰だと思ってるの。コップ半分で顔真っ赤の黄花とは私のことよ」
「じゃあすぐ限界が来るだろう!? ……はあ、分かった。とりあえず飲むとするか」
「じゃー改めて! 俺たちの新しい能力と昨日83件かかってきたいたずら電話に!」
「おい警察に言え! 83件は嫌がらせが過ぎるぞ!」
「カパイン!」
「乾杯だ! なんだその違法薬物感のある掛け声は!」
この時点での時刻は20時。今日はこのまま22時くらいまで飲んで、帰ってゆっくり寝るとするか。疲労が酷い。
コップに注がれたビールに口をつけると、ほろ酔いの体に更に酔いが回るのを感じる。
「美味しいわねこのビール。これならコップ2/3杯くらいいけそうだわ」
「めちゃくちゃ弱いんだな黄花……。 それを飲むのにどれだけかかるんだ?」
「ざっと2時間35秒かしらね」
「フルマラソンの世界記録と同じじゃないか! かかりすぎだろう!?」
「俺はビールを口から入れて鼻から出すから無限に飲めるぜー!」
「逆鼻うがいするな! 絶対に咳き込むぞ!」
飲み会らしく盛り上がっているように見えるが、むしろいつも通りの会話。いつもどれだけアホな会話をしてるんだ俺たちは……。
こんなのはクールじゃない。……だが、たまにはこういうのもいいだろう。
2杯目のビールに口をつけると、急激に眠気がやって来る。帰ってから寝たいのだが、抗えない強さの眠気だ。仕方ない、少し寝てしまうか。
目を閉じて眠りについた俺の体を、誰かが持ち上げるのを感じたような気がした。




