第35話 ハシレイのために
退勤から10分後——。早くも俺は基地に辿り着いていた。
基地に入ると、珍しく紅希と黄花がちゃんと座って待っている。両手を挙げてバンザイの格好になっている紅希は、座っていてもいつも通り落ちつかないのか? ……いや、よく見ると紅希だけ三点倒立で尻に自分の髪型そっくりのカツラを被せている。これはスルーでいこう。
「碧、遅かったじゃないの。どこで情報商材を売っていたの?」
「油じゃなくてか!? 誰がマルチだ!」
「情報商材ってなんだー? 消防団員や消防職員の福利厚生、知識・技術の向上、消防思想の普及などを目的とする団体のことかー?」
「それは消防協会だ! 誰が分かるんだそんな団体! 何故お前はそういうことだけ知っている!?」
「聞いたままの言葉をスマホで調べただけだぜー!」
「だとしたら聴力が終わってるぞお前……。リスニング能力を燃やしてきたのか?」
「おう! ゴミ袋にまとめて燃えるゴミの日に出したぜ!」
「出すな! 取り戻せ今からでも!」
「雑にもほどがあるわね。ちゃんと地方自治体のルールに従って出したの?」
「どこを気にしてるんだお前は! そもそもリスニング能力は燃えるゴミで合ってるのか!?」
紅希のゴミの捨て方について議論していると、ハシレイが電動自転車で部屋に入って来る。
「歩いて来い歩いて! 何屋内で電動自転車に乗ってるんだお前は!」
「いやあ、ちょっと歩くとあかんねや。最近右足を出したこと忘れてまた右足を出すのを繰り返してしもうて、股が裂けそうになったんや。それ以来歩くんがトラウマでな」
「病院で診てもらって来い! もちろん頭の方をだぞ。間違えるなよ?」
「安心せえ。病院は明日の9:30で予約してある」
「頭がおかしい自覚はあるんだな!?」
「そんなことより、みんなに集まってもらったんは他でも無い。ワシの新曲のMV制作が決まったんや」
「めちゃくちゃどうでもいいぞ! いつから曲を出してるんだお前は!?」
「タイトルは『明日に向かって歩き出せ』や」
「今のお前にだけは言われたくない言葉だな!? 右足の後に右足を出すやつに!」
「ところが問題はここからや。この映像を見て欲しい」
そう言うとハシレイはモニターの電源を入れた。そこにはロボットのような怪人が2体、右足を出した後に右足を出すエクササイズをしている動画が映っていた。
「……バカはバカを見つけるんだな。感心するぞ」
「これは完全にワシの新曲をパクってるんや! 『輝く明日へ、右足と右足を踏み出せ』っていう部分の映像の、モロパクリなんや!」
「それは誰に向けてのメッセージなんだ! もし歩き方を知らなくて股が裂ける人がいたら責任を取れるのか!?」
「碧、ちょっと疲れてるわね。そんな人は滅多にいないから落ち着くのよ」
「あ、ああすまない。戦闘と仕事で疲れて思考がおかしくなっていたかもしれない」
ダメだダメだ。ハシレイのペースに持っていかれてしまっている。俺はどうも疲れるとユーモラスな方面に思考が傾いてしまう。それを周りに笑われるのが嫌で、いつからかクールを目指し出したんだ。
最近は出ていなかった癖だが、疲れが溜まって出てしまったようだな。気をつけないと……。
「つーかよー、それホーテーソク団じゃねーの?」
「……そうじゃないか! ハシレイが変なことを言うから見逃していたぞ!」
「紅希がまともなことを言うなんて、初めてじゃないかしら。辞書でも食べた?」
「おう! 辞書のポークソテーを食べたぜ!」
「辞書か豚かはっきりしろ!」
俺たちがホーテーソク団とまともな紅希に騒いでいると、ハシレイがドンとデスクを叩いた。
「こんなパクリ怪人は絶対に許せん! ワシのMVにペンキを塗る行為や!」
「泥じゃなくてか!? 何ちょっと色鮮やかにしてるんだ!」
「頼む、ハシレンジャー。こいつらを探し出して、とっちめてやってくれへんか?」
両手を地面について頼み込んでくるハシレイ。こいつがこんなに熱心に頼みごとをするなんて珍しい。怪人を倒す理由はしょうもないが、ここまでされると少し協力してやろうという気になるな。
まあどうせ怪人は倒さなければならないんだ。理由はどうあれ、俺たちが出動することに変わりは無い。
「情けないにもほどがあるわね司令。でもその本気、受け取ったわよ」
「……仕方ない。行ってやるか」
「よっしゃー! 行くぜおめーら! エンジン全開だー!」
情に流されるなんて、こんなのはクールじゃない。だが合理的に判断しての出動だ。決してハシレイだけのためではなく、俺たちはこの国の平和を守らなければならないからな。
「ほんまか! ありがとう自分ら! そしたら早速出動や! 位置は割り出しとく!」
「頼んだわよ、司令。今日は紙類のおつかいは無い?」
「ああそうやな。暇つぶしに糸電話作りたいから紙コップ買ってきてくれんか?」
「一気に協力したくなくなったぞ!?」
怪人退治を引き受けてしまったことを少し後悔しつつ、俺たちは虹色の空間に飛び込んだ。
「怪人の居場所が分かったで! 位置を調整する!」
ハシレチェンジャーにハシレイからの通信が入る。俺たちが虹色の空間を抜けると、そこは部屋の一面が鏡になった場所。何かの練習スタジオのようだった。




