第28話 赤黄喧嘩
「あー! もういい! お前なんか知らねー!」
「こちらこそよ。もう顔を見せないでちょうだい」
そう言って紅希と黄花はふんっとお互いに顔を背ける。
そのまま紅希は牛脂を摘んで口に含み、よく噛んでからガムのように吐き出しては黄花の方へ投げつけ始めた。
黄花は黄花で飛んで来る牛脂を金属バットで打ち返している。どうやら左バッターのようで、三遊間に綺麗に牛脂を流している。
どこでそんな技術を身に付けたんだこいつは……。
見て分かる通り、紅希と黄花は喧嘩中だ。
何故こうなったのかと言うと、事の顛末はこうだ。
ウラナイマンを倒した俺たちは、基地に戻ってくつろいでいた。
「ひゃー! 今日も疲れたぜー! じゃーみんなで焼きティッシュ丼食おうぜ!」
「だからそんなものは食わない! 何故ティッシュを焼く!?」
「そうよ。碧は焼きティッシュ定食の方が好きよ」
「形態の問題じゃない! ティッシュを食うことに文句を言ってるんだ!」
俺の言葉に、紅希は口を尖らせる。
「んだよー、じゃーキッチンペーパーでも焼いた方がいいってのかー? キッチンペーパーとティッシュどっちが食いてーんだよ?」
「どっちも食いたくない! 紙を食わせようとするな紙を! 俺はヤギか!」
「ヤギと言えばヤギ農法ね。紅茶を育ててくれる大事な動物だわ」
「なんだヤギ農法とは!? そんなものが本当にあるのか!?」
「もちろんあるわよ。ヤギのたい肥を茶畑に使用する栽培方法だわ」
スマホを取り出して調べてみると、確かにヤギ農法は存在しているようだ。なんでこいつは紅茶のことについてこんなに詳しいんだ……。
「ふう。今日も紅茶が美味しいわね。いつもありがとう、橋田・ヤギ・碧」
「ミドルネームにヤギを入れるな! 誰がヤギだ!」
「それで、ヤギ・橋田・碧は何が食いてーんだよ?」
「橋田の方をミドルネームにするな! 俺はそんなに腹が減っていないから大丈夫だ。むしろ何故お前は常に食っている!?」
「えー、八木碧もちゃんと食えよ! 力付かねーぞ!」
「もう橋田が無くなってるじゃないか! 八木碧なら本当にいそうだからやめろ!」
そんなことを言いながら、紅希は箱ティッシュを抱えてキッチンへ向かおうとする。
「おい待て! 本当に焼きティッシュ丼を作るつもりか!?」
「そーだけどなんか困るかー? 今肉っていう肉がねーんだよ!」
「だからと言ってティッシュを焼くな! そんなもの犬も食わないぞ!」
「どんな犬だー? 飯をあげたらダルそうにアーンって口を開けるのかー?」
「なんだその新手のダルメシアンは! 犬好きに怒られるぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、黄花の耳がピクっと動いた。そして険しい顔でこちらを見る。
「みいいいいたあああああなああああああ!」
「幽霊か! なんだ、何が気に障ったんだ」
「紅希、今ダルメシアンのことを悪く言ったわね?」
「はあー? ダルメシアンのことなんて言ってねーぞ! そもそもダルメシアンってなんだ? 食えんのかー?」
いつも通りの紅希のバカだが、その態度と言葉が黄花の地雷を踏んだようだ。
「ダルメシアンをバカにするのだけは許さないわ。しかも食べようとするなんて……。下品にもほどがあるわね」
「なんだよー! 知らねーだけじゃんか! ダルメシアンだかアルバイターだか知らねーけど、そんなに怒ることかー?」
「ダルメシアンにバイトをさせるな! 何のバイトをするんだ!」
「そりゃあれだろー、ペットショップで売られるバイト」
「それはバイトじゃない! ただ売られているだけだろう!?」
だがこの紅希のバカ発言がマズかったようだ。黄花は無言でいつも紅茶を飲んでいる試験管を手に取り、紅希に向かって投げつけた。
「うわあっ!! 何すんだよ黄花!」
「ダルメシアンはペットなんかじゃないわ。家族なのよ。誰かの家族になるのを待っている場所、それがペットショップ。そんな場所をバカにするのは、心の底から許せないわ。もうべっこうよ」
「それを言うなら絶交だろう!? なんだその甘そうな絶縁は!」
「んだとー! そんなこと言うなら俺だってマッコウだ!」
「それはクジラじゃないのか!? おい2人とも、そんなことで喧嘩なんて……」
「そんなこととは何よ。これは由々しき問題よ。とにかく、もう紅希とは話さないから」
そう言うと黄花はぷいっとそっぽを向いてしまった。ああ、こんなことで仲違いなんて、子どもの喧嘩を見ているようだ。
だが黄花は黄花でダルメシアンをそこまで大事にするということは、家でダルメシアンを飼っているとかそういうことなのだろう。
ならダルメシアンをネタにされたことに怒るのも分からなくもない。聞いてみるか。
「黄花、お前の家ではダルメシアンを飼っているのか?」
「そうよ。大事な家族をバカにされたみたいで、気分が悪いわ」
「まあそう言うな。紅希は本気でダルメシアンを知らないのかもしれないぞ。な、紅希?」
「ダルメシアンってなんだー? モンゴル人のことかー?」
「それはモンゴリアンだ! ほら見てみろ、本当に知らないみたいだぞ?」
すると黄花はゆっくりと紅希の方を向き、鞄からスマホを取り出した。
「本当に知らないの? なら見せてあげるわ。うちで飼っているダルメシアンのドクターKよ」
「ピッチャーの異名じゃないか! なんで犬にその名前を付けた!?」
黄花が差し出したスマホをまじまじと見る紅希。その顔はだんだんと弛んでいった。
「おー! すっげーかわいいな! これがドクターKかー!」
「その特殊な名前で覚えるな! ダルメシアンで覚えてやれ!」
「ふふん、どう? かわいいでしょう? うちの自慢のワンちゃんなのよ」
「俺も触ってみてーなー! 今度黄花の家行ってもいいか?」
「仕方ないわね。なら今度来なさい。ドクターKを触らせてあげるわ」
「俺は何の会話を聞いてるんだ……」
何はともあれ、紅希と黄花は仲直りできたようだ。単純な人間で良かった。
「しかしやはり裕福な家にいるだけあって、ペットを飼っているんだな」
「ええ。ドクターKの他にもアグー豚に六白黒豚、白金豚がいるわ」
「なんで全部ブランド豚なんだ! 食べようとしてないか!?」
俺が黄花のペット事情に呆れていると、ドアが開いてハシレイが入って来た。
「おうおうお疲れさん! 突然やけど自分らに話があるんや!」
そう言ってハシレイはモニターをつけた。




