91話「なんともシュールな状況だな、おい」
もはや漆黒の災害と化したルミィに対峙する英雄。
その姿は小さく、子どものように華奢で、ガラスのように繊細で。
そんなオウカは笑みを浮かべ、両手を顔の前で交差させる。
『夜桜幻想』の二つ名に相応しく、全てを撃ち貫くために。
「――Sakura-Drive Ready.」
オウカの相棒、胸元に下げられた指輪のリングが告げる。
その言葉に応えたのは、ユークリア王国女王でもなければ町娘でもなく。
救国の英雄たる冒険者としての彼女だった。
「Ignition!」
オウカの体から、桜色の魔力光が爆ぜる。
フリドールの全てを埋め尽くさんばかりのその光景に、一瞬目を奪われてしまった。
雪のように舞う桜。その降りしきる先に見えるオウカは。
大胆不敵に笑って見せながら、しかし両の黒眼に怒りを滲ませていた。
「――警告:敵性個体の魔力パターンが『魔王』システムと一致」
「だろうね。ネーヴェから聞いてはいたけど、こんなに黒い魔力は他に見た事がないし。久々だけど、やれる?」
「――当然です、女王陛下」
「その言葉遣いに関しては後で問い詰めるからな、相棒」
キィン、と指輪が甲高く鳴る。
それは不思議と世界に響き、そしてオウカは静かに口を開いた。
「封印術式。壱番、弐番、参番、限定解放」
その言葉に魔力光の色が切り替わる。世界を救った薄紅色から、世界を穿つ紅に。
片目を黒から紅に染め上げ、同時に魔力の質が飛躍的に向上していく。
この光景は過去に一度だけ見た事がある。
一匹でも世界を滅ぼせると言われるエンシェントドラゴンの群れ。
そんな悪夢的な脅威が王都を襲撃した時と同じように、オウカは世界に宣言した。
「Yozakura-Drive...Ignition!」
爆発したかのように吹き荒れる紅。
それは正に、終わりの光景だった。
凄まじい突風。嵐のように吹き荒れる魔力光。
世界がひび割れたかのような、世界が切り裂かれたかのような。
全てを断絶するかのような紅色はやがて、オウカの元に収束する。
血塗れの翼を広げたかのような、断罪の槍に貫かれたかのような。
地に堕ちた女神にも見える少女はやがて、浮かべた笑みを深くした。
「さぁ、踊ろうか。私がお前の終焉だ」
瞬間、オウカの姿が消え。
ルミィの体が地面と平行に吹き飛んだ。
遅れて響く爆発音。体を貫くような轟音に傷が痛む。
怪我に意識が向いた、ほんの一瞬。
その僅かな時間で二人は既に地上から姿を消していた。
慌てて辺りを見渡すが、周囲に彼女たちの影はない。
何処に、と考えるや否や。
不意に視界の端に雷のような何かが映り込み、それにつられて遥か上空に目を向けると。
人間の領域を外れた場所で、紅が黒に衝突していた。
一撃ごとに弾き飛ばされるルミィ。その先に回り込み、更に攻撃を重ねるオウカ。
これ程離れているのに、目で追うことすら難しいほどに速い。
放たれた紅蓮の光条は闇色の翼を容易く撃ち穿き、その大きさを見る間に削っていくのが見て取れた。
白い雲を背景に行われる暴虐は、二色の光跡を空に刻み込んでいく。
これが世界最強の英雄、その真の姿か。
正に御伽話に語られるような戦いに息を飲む中。
なんか知った顔のイケメンがニコニコしながらこちらに駆け寄って来た。
「セイさん、生きてますか?」
「あー。何とか。くっそ痛いですけど」
「痛いのは生きている証拠ですよ」
黒髪長身のイケメン、『聖者』キサラギキョウスケさんは、いつものように微笑みながらとんでもないことを言ってきた。
「今治療するのでじっとしていてくださいね……起動。時よ、逆しまに廻れ。
還れ、月日が満ちようと。其は撥条仕掛けの神なれば。来たれ。
『時を殺す癒し手』」
詠唱が終わるのと同時に、キョウスケさんの背後に大きな懐中時計が現れる。
時計の針がくるくると逆向きに回り出すのに合わせて、腹の傷が見る間に塞がっていく。
おぉ。相変わらずチートしてんなこの人。だいぶ致命傷だったとおもうんだけど。
「さて、こちらはこれで良いとして……あれは魔王ですか?」
「オウカ曰く、そうらしいですね」
なんで七年前に討伐された魔王が生きているんだ、とか。
なんでルミィがいきなり魔王になってんだ、とか。
色々と分からない事はあるけど、とりあえず。
「まぁでも、問題ないでしょう?」
「問題ないでしょうねぇ。オウカさん、本気ですから。ですがセイさんにはまだ試練が残っていますよ」
「……え、まさか来てるんですか?」
「はい、もちろん来ていますね。あとツカサ君もセットです」
うっわぁ。やべぇな、それ。
それってつまり。
「セイく、ん。オウカちゃんを、巻き込んだ、ね?」
「迷惑をかける事しかできないんですか貴方は。今すぐ死んでください」
真後ろから掛けられた声に振り返ると、予想通りの二人組。
ブチ切れているカエデさんと虫けらを見るような目のエイカさん。
ですよねー。いますよねー。
「はは。えーと……先日ぶりです」
「とりあえ、ず。オシオキが必要か、な?」
「カエデさん、風穴空けてやりましょう」
「いやほんと勘弁してください! 不可抗力なんで!」
白く輝く魔法陣と巨大なライフル銃を前に、即座に両手を上げて降参した。
尚、上空では人知を超えた闘いの最中である。
今もドッカンドッカンいってるし、衝撃の余波で周囲に積もっていた雪は全て蒸発してしまっている。
アルたちもカイトたちも揃って茫然と空を見上げたまま身動き一つしない。
なんともシュールな状況だな、おい。




