85話「からかわれそうで嫌なんだがなぁ」
宿に戻ると真っ先にベッドに向かい、そのままぶっ倒れた。
疲れた……魔力なんてほとんど残って無い。
魔力欠乏でフラフラして力が入らないし、もう一歩も歩ける気がしない。
「ライさん、大丈夫ですか?」
「あー……魔力が足りないだけだ。休めば治るよ」
「そうですか。じゃあ今が殺り時ですね!」
「おいやめろ、冗談に聞こえない」
くすくすと笑うアルに苦笑し、ゴロリと仰向けになる。
すると、ぽすんと隣に誰か座ってきた。
「あら。魔力が足りないのでしたら」
ジュレか、と思うや否や。
額を手で抑えられ、そして。
「良い口実ができました」
「――ッ⁉」
ジュレの唇で口を塞がれた。
優しく柔らかい感触。甘い香りに魔力欠乏とは違う意味でクラクラする。
緩やかに俺の中に流れ込んでくるジュレの魔力を感じ、彼女の意図を理解した。
粘膜接触による魔力供給だ。
ゆっくりと体が満たされていき、最後に俺の唇をひと舐めしてジュレが離れる。
「はぁ……動けないライさんに一方的にキス出来るなんて、最高です」
とろりと惚けた顔。頬は赤く染まっていて、とても色っぽい。
じゃなくて。
「おまっ……いきなり何するんだ!」
「あら、嫌でしたか?」
「そういう話じゃなくてだな……」
「この後の予定もありますし、早く元気になってもらわないと困ります」
ニッコリと笑うジュレに、気恥しさから顔を逸らした。
こいつ、ドSスイッチ入ったらマジ厄介だな。
「それとも、もっと濃厚なキスをしましょうか?」
「……いや、遠慮しておく」
どことは言えないが、一部が元気になりすぎても困るし。
別の意味で立てなくなるからな。
「あぁ、弱っているライさんを見ていると……つい犯してしまいたくなります」
恍惚な表情を浮かべて物騒な事を言うジュレに苦笑しながら起き上がる。
確かに魔力がだいぶ戻っている。これならいつも通りに動くことができそうだ。
「さぁライさん。早くデートに行きましょう」
「はいよ……悪いが留守番頼めるか?」
アル達に向かって言うと、三人揃って羨ましそうな顔をしていた。
分かりやすいなこいつら。
「……王都に戻ったら二人きりでのデートを所望する」
「ボクも! 美味しいお店知ってるからね!」
意気込む二人、そして更には。
「ライさん! 帰ってきたらキスしてくださいね!」
「あー……分かった」
顔を真っ赤に染めてアルが言う。
その言葉に返答したものの、気恥しさからつい目を逸らしてしまった。
あまり人前でそういう事を言うのはやめて欲しい。
「それじゃあ行きましょう。時間が勿体ないです」
「あぁ、じゃあ行ってくるわ」
全員とハイタッチすると、俺とジュレは宿の部屋を出る。
その間際で、アルが呟くように言った。
「待っていますからね、ライさん」
「……あぁ、ありがとな」
帰る場所があると言うのは、こんなにも嬉しい事だったのかと。
そんな実感を持ちながら、苦笑ではない笑みを零した。
※
今回の件に関して、アル以外の三人にも説明はしておいた。
若干ビクビクしながら伝え終わると、ありがたい事にみんな俺を受け入れてくれた。
その事に礼を言うと、サウレにしがみつかれ、ジュレに背後から抱きつかれ、クレアにデコピンされた。
その程度で離れるような小さな想いでは無いと口々に告げられ、やはり敵わないなと苦笑してしまったものだ。
むしろビビってた俺がバカみたいだ。
……実際、馬鹿なんだろうなぁ。
彼女達の想いは俺が思っていた以上に強かったみたいだし。
まぁ、それはそれとして。
「ジュレ、歩きにくい」
「あら。デートなのですから良いでしょう?」
少し弱まった吹雪の街は人通りが多くて賑やか、なのだが。
腕を絡められ、というか胸に腕を埋められながら歩くのは少し……いや、かなり抵抗がある。
嬉しい事は嬉しい。けどどうしても意識してしまうし、周りの視線も気になるところだ。
なんとか手を繋ぐくらいで勘弁してもらいたいところなんだけど……無理だろうなぁ。
こいつドSスイッチ入ってるし
ジュレは超が付くほどの美人だし、注目を集めるからかなり恥ずかしいんだけど。
そこは諦めるしかないんだろうか。
そんなことを思いながら街を歩いていると、どうやら見覚えのある店へと向かっていることに気が付いた。
というか、店の壁にデカデカと知り合いの似顔絵が描かれていた。
オウカ食堂・フリドール支店。
既に多くの客で賑わっている、フリドールでも有名な店だ。
飯が美味いのは勿論のこと、この店には他と違う大きな点がある。
「あぁ、貴殿は唐揚げ弁当だったな。しばし待たれよ」
低めの女性の声。凛とした印象を受ける美声だが、生憎とその姿は見えない。
その声を聞いてジュレがソワソワしだしたのを見て、なるほどと苦笑した。
どうやらジュレも彼女のファンらしい。
列に並んでいるとやがて俺たちの順番になった。
王都と同じカウンターの上に居るのは、一匹の白猫。
雪のように美しく、そして愛らしい仕草でこちらを見上げてくる。
「セイか。久しぶりだな」
「ネーヴェさん、ご無沙汰してます」
オウカ食堂フリドール支店の店長にして、オウカの使い魔。
黒猫のラインハルトよりも柔らかな印象を受ける彼女は、俺の昔馴染みでもあった。
オウカの関係者の中でも特に落ち着いた雰囲気で、経営能力に関しては随一の実力をもっている優秀な人、もとい猫だ。
ちなみに撫でるのはタブーらしい。前に提案した時に猫パンチを食らったし。
「はあぁ……ネーヴェ様、今日も素敵ですねぇ……」
そんな言葉に隣を見ると、ジュレが夢見る乙女のような眼差しでネーヴェさんを見ていた。
「おや、『氷の歌姫』じゃないか。今はセイと共に居るのか?」
「はい、彼のハーレムの一員なんです」
おい待て。
いや、間違いじゃないかも知れないけど。
改めて言われると何か恥ずかしい。
「ほう、やるじゃないか。詳しく聞きたいところだが……この後時間はあるか?」
「いくらでもあります」
「ならばしばらく待っていてくれ。すぐに業務を引き継いでくる」
そう言い残して店内に入って行くネーヴェさんを見送り、俺たちは吹雪を避けるために店の軒下で時間を潰す事にした。
こうやって再会出来たことは嬉しいんだけど……改まって話となると、なんて言うか。
からかわれそうで嫌なんだがなぁ。




