57話「急がないと間に合わないな、これ」
朝食を終えた後、用事があるから一人にして欲しいと頼み込み、冒険者ギルドへ向かった。
かなり怪しまれたけど、最終的に納得してくれたから大丈夫。だと思いたい。
ギルドに到着すると、そこはやはり人で溢れかえっていた。
依頼書を前に作戦を練る若者、受付嬢と歓談する少女、併設された食堂で飯を食うイカついおっさん。
そして、酷く冷めた黒眼でこちらをじっと見つめる英雄。
短めの黒髪に小柄な少女、カエデさんが普段より真面目な顔で待ち構えて居た。
「聞きたいこと、と。伝えたいことが、あるんだけ、ど」
普段の小動物のような雰囲気は無く、その姿は正に英雄のようで。
凛とした佇まいに、温度を感じさせない声。
彼女の呟くような一言は、賑わうギルドを一言で凍りつかせた。
「セイ君。なんでオウカちゃんを、巻き込んだ、の?」
カエデさんの感情の昂りに合わせて、その足元から純白の魔力光が立ち上る。
臨戦態勢の英雄。その矛先は、俺だ。
世界最強の生物であるドラゴンの群れすら一人で殲滅出来る戦闘力を持った少女が、敵意を持って俺の前に居る。
ヤバい。来るならレンジュさんだと思ってたんだけど、一番ヤバい人が来てしまった。
普段は臆病とも言えるくらいに平和主義だが、テンションが高くなったカエデさんはヤバい。
下手したら、英雄たちの中で誰よりも。
「一応確認するけど、人探しの件ですよね?」
「そうだ、よ。あの人達は、善人じゃないよ、ね」
ふわりふわりと、彼女の周囲に純白の魔弾が幾つも現れる。
殺気に肌が粟立つ。腹の中に冷水を流し込まれたような感覚。
レンジュさんに似た、氷のような殺意。
うわぁ。こえぇ。ガチギレ一歩手前じゃん。
いやまあ、こうなるだろうな、とは思ってたけど。
「すみません。でも、これが最適解だったので」
実の所。純粋に人を探すというだけであれば、オウカと再会した時点で目処が着いている。
オウカは――正確には、その相棒であるリングという魔導具は、名称さえ分かればそれが世界の何処に居るのか捜索する事が出来る。
アルとサウレから名前を聞いてオウカに伝えるだけで、そいつらが何処に居るのか簡単に特定できる訳だ。
だが、それをしなかった理由がある。
「ギリギリラインなのは自覚してますけど、今回は勘弁してください。こっちも退けないんですよ」
オウカに悪人を近付けてはいけない。
それはオウカを知る人全員の共通認識だ。
あの女王陛下は純粋過ぎる。
何せ、自らを殺そうとした人物ですら見逃す程にお人好しだ。
情に厚く、善人で、そして騙されやすい。
他人を信じ過ぎる所。それがオウカの最大の弱点であり、最大の長所でもあるのだ。
だからこそ、あいつと親しい人達はオウカを守る為、悪意を遠ざけようとする。
そして、関わらせようとする者に対して容赦
しない。
例えそれが、親しい間柄だったとしても。
しかし。
「俺の仲間の為に、英雄を巻き込むのが一番確実だったんで」
この広い世界のどこに居るのかも分からない人間を探し出さなければならない。
そんなこと、普通にやっていたらどれだけの年月がかかるかわかったものでは無いし、最悪の場合は一生見つからない可能性がある。
特に、サウレを裏切った女商人。
アルの方は相手が貴族ということもあって情報は集めやすいが、サウレの方はかなり難しい。
だからこそ、確実な方法を取る必要がある。
「オウカの協力は得られなくても、貴女達は動いてくれる。俺ではなくオウカの為に」
言ってみればこれは、脅迫と同じだ。
オウカの身を危険に晒したくなければこちらの手伝いをしろ。
要はそう言っているのと同じ訳なのだから。
それでも。申し訳無いとは思うが、引く訳には行かない。
こうするのが最適解だと理解している以上、手を抜くことは有り得ない。
アル達とオウカ。どちらも身内でどちらも心の底から大事に思っている。
だからこそ。
「手を貸してください。俺一人じゃ助けることができないから」
使えるものは使う。力があるなら容赦なく巻き込む。
これが凡人である俺にとって最強の切り札だ。
俺が頭を下げると、カエデさんから殺気が消えた。
まだ不満そうな顔ではあるものの、どうにか許してくれたらしい。
「セイ君は、ずるいよ、ね」
「はい。ずるくて卑怯で臆病者です」
「……仕方ない人だ、ね。はい、これ」
ぐいっと突き出された紙束を受け取ると、そこには俺の求めた人物の情報がずらりと書かれていた。
うっわ。一日でここまで調べてくれたのか。
さすが英雄。話が早い。
「今回だけだから、ね。あと、手伝ってくれた、エイカちゃんから、伝言がある、よ」
「『くたばれ、外道が』ですかね」
「正解。この件が終わったら、怒られにきて、ね」
「全力で土下座させてもらいます……ところで、何故カエデさんが来たんですか?」
俺の予想だと、ブチ切れたレンジュさんが来ると思っていたんだけどな。
「レンジュさん、は。オウカちゃんの、着替えを見る為に、部屋に忍び込んだから、昨晩から謹慎、中」
「何してんだあの人」
ひでぇ理由だなおい。流石に予想外だわ。
「ついでに。『竜の牙』が王都に向かってる、よ。あと二週間くらいか、な」
「うわ、あまり時間が無いな……すみません、助かりました」
「うん。それじゃあ、ね」
小さな拳を突き出してくれたので、同じく拳を突き出して応える。
コツン、と打ち合わせたそれは、仲間に送る応援のサインだ。
どうやら許してくれているらしい。
その事に内心ほっとする。
カエデさんは小さく手を振ると、キィンと甲高い音と白い魔力光を残して姿を消した。
転移魔法、便利だなー。多分世界でカエデさんしか使えないだろうけど。
さて。これでようやく一歩前進した訳だけど。
急がないと間に合わないな、これ。
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