53話「俺自身も考えないとダメだな」
王都の大通りから外れた小さな一軒家。
この二階建ての建物は、昔「竜の牙」のメンバーとパーティーを組む前に購入したものだ。
中古物件だし部屋数もそこそこないが、宿代を気にしなくて済むのはありがたい。
何より、ルミィに知られていないのが大きい。
中に入ると、聞いていた通り綺麗に掃除されていた。
ホコリも無いし、家具の配置も何ら変わらない。
チビ達には改めて礼を言わなきゃならないな。
「寝室は二階だ。四部屋あるから適当な部屋を使ってくれ」
「四部屋ですか? ではライさんはどうするのですか?」
「俺はソファーで寝るから気にするな」
キッチンで湯を沸かしながら、ジュレの問いかけに答える。
同室は嫌だし、そもそもベッドが合わせて四つしかないからな。
みんなで分けてくれたらちょうど良いだろう。
五人分の紅茶をいれてテーブルに運ぶと、全員がじっとこちらを見詰めていた。
「……ライは一人で寝るつもり?」
「ああ、部屋を分けられるならそれで良いだろ?」
いつもは宿代節約の為に二部屋しか利用してなかったが、それも好きでやっていた訳では無い。
理由も無く同じベッドで寝るのはさすがに抵抗があるし、別に寝れるならありがたい話だ。
「……それだと、私が良く眠れない」
「いやなんでだよ」
「……心配だから」
上目遣いでじっとこちらを見つめるサウレの顔には、非常に分かりにくいが心配の色が見えた。
確かに野営の時なんかは警戒の為にサウレと一緒にいる事が多いけど、王都の家の中で何が心配なんだろうか。
魔物の襲撃がある訳でもなし。
「……クレアとジュレが夜這いに来る事がある」
「は?」
「……ライが寝ている時にこっそり忍び込もうとした事が何度もあった」
視線を巡らせると、二人揃って目を逸らされた。
マジか。まったく知らなかったんだが。
身内相手とは言え油断しすぎだろ俺。
「……いつも私が追い払っていた」
「そうか。ありがとうな」
ぐりぐりと頭を撫でてやる。
こいつが居なかったら本気でやばかった気がするし。
「……うん、そういう事は起きている時にするべき」
「素直に感謝できなくなったんだが」
お前もそっち側なのか。
いや、節度がある分マシか。
何だかんだ言って、サウレは俺が本気で嫌がることはしてこないからなー。
ギリギリラインを攻めてくるのは止めてほしいところだけど。
「……だからライは私と寝るべき」
「サウレはライと一緒に居たいだけじゃん! ボクも一緒がいいのに!」
「私もご一緒したいのですけれど」
「お前らはもうちょっと恥じらいとか持てよ」
周りの目が無いとはいえ、堂々と宣言するな。
さすがにサウレ以外と寝るのは無理だからな?
て言うかサウレに関しても歓迎はしてないし。ただ諦めてるだけだ。
何度言ってもいつの間にか横に居るからなこいつ。
そんな事を思っていると、いきなりアルが右手をびしっと上げた。
「ライさん! 私も一緒が良いです!」
「はあ? いや、お前までどうした」
今までそんな事言われなかったんだが。
アルはその辺の常識は持ち合わせていると思ってたのに。
「もう開き直る事にしました!」
アルが顔を真っ赤にして叫ぶ。
恥ずかしさからか若干涙目になってるのが何となく可愛い。
やっぱりよく見ると美少女なんだよな、こいつ。
いや、そうじゃなくて。
「私はライさんが好きだから! 権利はあると思います!」
「おい、反応に困るからやめろ」
ここまで直球だと、何て言うか。うん。
いきなり開き直りすぎだろお前。
「……それなら私にも権利はある」
ぐいっと俺の腕を抱え込みながらサウレが呟く。
屋内だからいつもの外套は脱いでいて、局部を隠しただけの半裸姿なのでスベスベな肌が直に当たっている。
こいつはこいつで、羞恥心とか無いんだろうか。
いや、そもそも種族的に無いのかもなあ。
スキンシップは本能的なものらしいし。
「サウレさんが一緒でも大丈夫です!」
「それならいっそ全員で寝ますか?」
「さんせーい! 楽しそうだし!」
「……それなら問題ない」
「問題しかねえわ」
大きなため息をつく。
そんな恐ろしいこと出来るか。
……最近慣れてきてるから何とも言えないけど。
「ほら、いいから早く決めろ。今後のことも話さないといかないからな」
「……今後?」
「人探しが終わったらどうするかだ」
より正確に言うなら、どこまで一緒に行くか、だろうか。
俺の最終目的は田舎の町でスローライフを送ること。
しかしそれはあくまで俺の理想であって、皆の目的ではない。
何となく聞けないでいたが、さすがに方針を聞いておかないとまずいだろう。
「俺は田舎町にでも住むつもりだけど、お前らがどうしたいのか聞いておきたい」
これはサウレも含めた四人全員に当てはまる話だ。
今まで俺と一緒だったからって、これからも一緒に居る必要は無い。
冒険者を続けたり、王都で違う仕事を探したり、他にも色んな選択肢がある訳だ。
「なるほど。即答したい所ですが、一応考えて見ますね」
「あー確かに! ライが冒険者辞めるなら考えないとね!」
この二人は予想通りの反応。
サウレはしがみつく力を強め、無表情でじっと俺を見上げてくる。
その仕草で何を言いたいのか伝わって来るが、それでも考えることはしてほしいところだ。
それに、分からないのがアルだ。
未だに何を考えているか読めないところがある奴だし。
そもそも、こいつの旅の理由は復讐だ。
それを果たした後、どうするつもりなのか。
「これからの事、ですか……?」
アルが不思議そうに首を傾げる。
「もしかして、考えてなかったのか?」
「えぇっと。ずっとライさんと一緒に居ると思ってました」
マジか。いやでも、ある意味予想内ではあるけど。
計画性とか全く無いからなこいつ。
「良い機会だから色々考えてみたら良いんじゃないか?」
「うーん。他の選択肢は無いと思うんですけど。その……好きな人と一緒に居たいですし」
「だから反応に困ることを言うな」
嬉しくないと言えば嘘になるが……うぅむ。
これに関してはあれだな。
俺がこの先どうしたいか、って事も関係してくるのか。
戦いは嫌いだ。痛いし怖いし、俺には合わない。
だから田舎に引きこもろうと思って旅をしてきた。
だけど、その時に誰かが一緒に居るなんて想像もしてなかった。
のんびりとした生活は一人で送るものだと思っていた。
勿論、アル達が一緒に来ると言うなら拒むつもりはない。
こいつらは身内みたいなもんだし、何だかんだで一緒に居ると楽しい。
だからと言って、まだ歳若いこいつらを隠居生活に誘うのは抵抗がある。
まだまだ先のある連中ばかりだし、将来を左右する選択だ。
何を選ぶにしても、後悔が無いようにしてほしいからな。
「とにかく、王都で目的を果たすまでに先の事を考えておけよー?」
そう言い残し、風呂を沸かすためにリビングを後にした。
さて、ああは言ったものの、決して他人事ではない。
俺自身も考えないとダメだな。




