36話「やっぱりアイツ、怖いわ」
港町アスーラでの日々は穏やかに過ぎていった。
治療院での雑用を通して町の人達とも仲良くなれたし、オウカ食堂の手が足りない時はそっちを手伝いに行ったりもした。
例の船に乗っていた子達も元気に働いていて、おっさん達はそれを嬉しそうに眺めながら警備の仕事をしている。
たまにアルが討伐依頼に巻き込んでくるが、今のメンバーなら何の問題も無く完了できた。
サウレやジュレが凄いのは前から分かっていた事だが、予想外だったのがクレアの戦い方だ。
盾を打ち鳴らしたり大声を上げたりして敵の注意を引き、その攻撃を素早く躱したり受け流したりしていた。
その様は手馴れていて、今まで一度も被弾していない。
さらには目や耳が良く、敵の接近にいち早く気付いてメンバーに教えてくれたり、休憩中の気配りも上手い。
いつでも明るく元気で、アルと並んでパーティーのムードメイカー的な存在になっていた。
「お前、凄いなぁ。何で今までちゃんとしたパーティー組まなかったんだ?」
オウカ食堂で買った夕飯を冒険者ギルドに持ち込み、皆で飯を食いながら聞いてみた。
「いやー。ボクの好みに合う人が中々居なくってさ」
「そんな理由でパーティーを選ぶなよ」
「いやいや! パーティーメンバー内で結婚とかよくある話だし、ここは大事だよ!?」
「あぁ、確かによく聞くなぁそれ。俺には無縁の話だが」
結婚ねー。憧れのスローライフを始められたら考えて見ても良いかもなぁ。
少なくとも今の状況で結婚なんて考えられないけど。
ちなみに俺たちの居るユークリア王国は、結婚に関する法律がかなり緩い。
同性間での結婚や重婚、さらには兄弟間の結婚も認められている。
その場合、子どもを作る際は申請がいるらしいが、この緩い法律が出来てから結婚率がかなり上がったらしい。
「そこんところ、ライはかなり良物件だからね! 早くボクと結婚しよう!」
うさ耳をぴょこんと動かしながらにこやかに笑う。
うーん。こいつも見た目はかなり可愛いんだがなあ。
すぐに話をそっち方面に持っていくのは勘弁して欲しいものだ。
「……ライは結婚するの?」
「どうだろうな。特にしたいとは思わないが、将来的にはするかもしれないな」
「……私は何番目でも良いから」
「あーはいはい。ほら、汚れてるぞ」
口元を拭ってやりながら適当に答える。
何処と無く幸せそうにされるがままになっているのに癒されつつ、本題を切り出すことにした。
「さて。路銀も貯まってきた事だし、そろそろ王都に向かおうと思うんだが」
「ついに王都! 復讐の時は来ましたね!」
「……王都は久しぶり」
港町アスーラから馬車で二週間ほど南下したところにある、王都ユークリア。
そこが俺たちの目的地だ。
アルの元婚約者やサウレを騙した奴を探す為に、王都の冒険者ギルドで情報を集める必要がある。
俺は俺で「竜の牙」の連中の追跡を逃れるという理由がある。
「そこで聞いておきたいんだが、ジュレとクレアはどうする?」
「私はご一緒致します。一人だとどうしようも無いですし、一緒に居たいですから」
「ボクも右に同じ! ライから離れる選択肢はないかな!」
「そうか。じゃあ三日後に出発予定だから準備してといてくれ」
治療院の方には今日の仕事明けに事情を伝えてある。
かなり惜しまれたが、理由があるなら仕方ないと送り出してくれた。
後は旅路の食料や道具の材料を買い込むだけだ。
とは言ってもほとんど買い揃えた後だし、買い残しが無いか確認するだけなんだが。
「私たちの準備は出来ていますよ。今からでも行けるくらいです」
「そうか。そりゃ何より……だが、そういうセリフはやめてくれ。嫌な予感がしてくるから」
前回も似たようなタイミングで出没したからな、ルミィ達。
「さすがに今回は大丈夫ですよ! いくら何でもこのタイミングで――」
バガンっ、と。冒険者ギルドのスイングドアが開かれた。
とっさにテーブルの下に身を隠す俺とアル。
次の瞬間、聞きなれた声が聞こえた。
「セイっ!! ここに居るんでしょうっ!?」
うっわぁ……この声、間違いない。ルミィだ。
よく見たらカイトとミルハも居るし。
……なんか、死にそうな顔してるけど。何かあったんだろうか。
いや、そんなことはどうでも良いか。
「…………ほらみろ。おかしなこと言うから」
「…………私のせいですかっ!?」
小声でアルとひそひそやりあうが、ヤバい。
冒険者ギルドの裏口はここから遠い。見付からずに逃げるのは不可能だろう。
かと言って、このまま隠れ続けてもいつか見付かってしまう。
どうしたものか。何とかここを逃げ出さなければならないのだが。
「……ライ。あの女がルミィ?」
「…………そうだ」
サウレが目線を下げずに聞いてくる。
他の二人も同じく、警戒しながらルミィの方をじっと見ている。
「あの方がそうですか。綺麗な方ですけれど、確かに目がイッちゃってますね」
「うわぁ。アレはヤバいねー」
ジュレとクレアの見解は同じらしい。やっぱりヤバいよな、アレ。
うっわ、鳥肌立ってきた。
「……ライ。私達が時間を稼ぐ。馬車を借りて門の前で待っていて」
「…………大丈夫なのか?」
「……上手くやる。任せて欲しい」
サウレは真正面を向きながら、テーブルの下にそっと拳を伸ばして来た。
冒険者間で使われる合図。健闘を祈るという意味が込められたそれに、苦笑いしながらこちらの拳をこつんと当てた。
「……騒ぎを起こして注目を集めるから、その隙に。二人にも手伝ってほしい」
「今回ばかりは遊んでもいられませんね。協力致します」
「うーん……ちょっと怖いけど、ライの為なら頑張るよ!」
三人揃って席を立つと、「竜の牙」の連中の元へと歩み寄って行った。
さて。サウレの奴、どうするつもりだ?
「……貴方が探している人は、罠師のセイ?」
「えぇ、旅先ではぐれてしまいまして。何かご存知なのですか?」
うわぁ。ルミィの奴一瞬で猫被りやがった。あの女神みたいな微笑みが逆に怖いな。
「……知っている。彼は優しい。普段も、ベッドの中でも」
「は?」
ピシリと。ルミィの笑顔と共に、ギルド内が凍りついた。
おいこら、何て事言ってんだお前。俺を社会的に殺す気か?
「……彼は今、宿のベッドで眠っている。さっきまで夜伽をしていたから」
その言葉に対して。
ルミィが手に持ったロッドを振り下ろすのと、サウレが短剣を振り上げるのは同時だった。
ガチリと噛み合った武器同時がギリギリと音を立てる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」
「……やるなら相手になる」
やべ、ルミィがキレた。
あ、でも武器を合わせたまま奥の方に走って行ったな。さすがだ、サウレ。
「あなた達もセイさんを探しに?」
「あ、あぁ。アイツは俺たちの仲間だからな。何か困ってるなら助けになりたい」
「宿屋に居るならちょっと行ってみようかな! ありがとう!」
「それが宜しいかと。まだ寝ていると思いますので」
こっちはこっちで凄いな。ジュレの奴、真顔で嘘ついてやがる。
クレアも若干引いてるし。
「ルミィは……無理だな。すまないが頼めるだろうか。俺たちは先にセイと話をしたい」
「分かりました。お任せください」
「すまない。じゃあ、頼んだ」
それだけを言い残し、二人は冒険者ギルドから去っていった。
よし、今だ。
「…………アル、行くぞ。裏口だ」
「…………わかりました!」
響く戦闘音を後に、俺たちはギルドをこっそり抜け出した。
しかし、久しぶりに見たけど……
やっぱりアイツ、怖いわ。




