二人の結婚式
オルフェオがさせられたプロポーズからこっち、村のみんなに協力してもらって大急ぎでヴィーカの結婚式の準備を勧めてきた。
秋祭りも控えているのに、感謝しかない。みんなありがとう。
おかげで今日のヴィーカは世界一きれいで幸せそうだ。
「二人ともおめでとう」
「ありがとうお姉ちゃん」
「ありがとうございます」
私のドレスをちょっと手直ししただけだけれど、ドレスはまるでヴィーカのためにあつらえたかのように似合っていた。
長女のわたしが魔王さまに嫁いだので、ピヴァーノ家を継ぐのはヴィーカだ。だからオルフェオは婿入りということになる。今日からオルフェオはオルフェオ・ピヴァーノだ。
明日からはは本格的にお父さまの仕事のアレやコレやをヴィーカといっしょに学んでいくことになるのだけれど、オルフェオはラシェ村周辺の行商を担当していたので、引継ぎが完了するまでしばらくはセミナーティ商会との行き来が続くそうだ。
……やっぱり急すぎたよね、結婚式。来年にすればって言ったのに……。
ヴィーカは新婚なのに家にいられないオルフェオに不満そうだった。
「ぶーぶー。せっかく新婚なのにー」
「わりとヴィーカのせいだよ」
「だって誕生日に式を挙げたかったんだもーん」
「ごめん、ヴィーカ」
「いやいや、オルフェオが謝ることないから」
「キスしてくれたらゆるーす」
なんでそんなに偉そうなんだ。いや、かわいいけど。
「許してくれてありがとう、ヴィーカ」
はいはいお熱いことで。わたしも帰ったら魔王さまにちゅーしよう!
「被毛が無いぶん、人界人同士はキスし易いよね」
「そうかもしれませんねー」
今日の護衛はバルタザールさんだ。式が立食パーティーだと知ったアルバンさんも来たがっていたけれど、げんせいなる審査の結果、バルタザールさんに決まった。……ただのアミダくじだったけれど。
式への出席が決まった瞬間のバルタザールさんのガッツポーズは雄々しかった。あんなに生命力溢れる目ができたんですね、バルタザールさん。
「あんなにちっさかったのになー。ヴィー坊がもう結婚かー」
食べかすを口の回りに豪快に付けまくりながらゼーノが鶏肉を両手にやってきた。今日は護衛ではなく、ヴィーカに招待されたから休暇で訪れている。
「ありがとう。ゼーノさんはあいっかわらず美人だねー。今年の秋祭りはスィシェネミアーユの仮装だって。おばさまはりきってたよ~。楽しみだねっ」
「ヴァッッ」
ゼーノは素早く笑顔のヴィーカから目と耳を全力でそらしたが、現実は変わらない。
スィシェネミアーユとは氷の女王とも雪の魔女とも呼ばれる魔界人の名前だ。雪の降る寒いところ、つまりフィルヘニーミにいるとこのあたりではれ言われている。
やっぱり女装。いい加減あきらめたほうが楽だよ?
「もうヤダアアアアアア」
「それはおばさまに行ってね」
「ヤダアアアアアアアア」
野太い悲鳴を上げるゼーノが地面に転がり始めた。食べるか嘆くかどっちかにしなよ。というか、せっかくのおめでたい日に泣き出すなよ。
しばらくしてゼーノは無言で立ち上がり、虚ろな目で食べ歩きの旅に出た。死んだ魚よりも目が死んでいた。
「それでね、お姉ちゃん。新婚旅行なんだけど……」
「ああ、イマタにするの? それともちょっと遠いけど王都?」
「魔界に行きたいなって」
「えぇ……」
「ほう」
お酒に夢中になっていたバルタザールさんの興味深げな目がヴィーカにむけられた。
「去年はおじさまとおばさまについて来てもらってなんとかなったんだし、護衛を頼めばなんとかなると思うの」
「えぇー……なんとかなるかなあ………」
たしかに去年はおじさまたちのおかげでなんとかなって無断で魔王城に来るなんてことをしでかしてくれやがりましたけれども。
「いひゃい、いひゃいよおねえちゃん!」
「あ、ごめん。いきなり魔王城に来たときの驚きをを思い出したら、つい」
「怒りの間違いじゃないの?!」
引っぱったほっぺたをさすりながらにらまれたけれど、去年のわたしが味わった驚きに比べたらなんのことはないと思う。
ううん。実際に旅したヴィーカがそう言うなら護衛がつけばなんとかなるのかも……? 護衛の育成は順調だって聞いてるし……。
でも魔界に新婚旅行っぽいところなんてあったかな。…………ヴァーダイアならなんとか新婚ぽいかな? ウラさんたちもすごく良いところだって言ってたし。
いや、やっぱりダメだ。あきらめてもらおう。自給自足に長けた魔界人と人界人をいっしょにしちゃダメだ。道の整備も、宿もぜんぜん整備できてないし、お土産屋さんもない。観光地っぽさもまったくない。
五年も待ってもらえば整備も進んでいるだろうし、なんとか馬車旅も快適になっていることだろう。たぶん。
ヴィーカに現在の魔界の様子を説明してあきらめてもらおうとした、のだけれど。
「だいじょぶだよ~。ばしりんを貸してくれれば一週間で着くし~」
おい。
「魔王城に泊めてもらえれば安全なことこの上ないし~」
おい。
王妃の妹ってことを利用しすぎじゃない? 自重すれ。
ヴィーカには手刀を落としておいた。ぶーぶー鳴かれてもムシだムシ。
「お姉ちゃんたらひどーい。かわいい妹にチョップするなんて」
「はいはい。かわいいかわいい」
「魔王城見学ツアーか……」
「やめてくださいね」
「はいはい」
思案顔でつぶやいたバルタザールさんにはすぐさま釘を刺しておく。でないとほんとにやりかねない。
魔王城はたぶんまだ一般の人界人がおもしろ半分で見学に来ていい場所じゃない。
「えー。行きたーい。いいじゃない、去年だって泊めてくれたんだし。家督を正式に継承したら村を出辛くなっちゃうんだから、ね?」
「それはそうだけど」
きらきら、とヴィーカの瞳が潤み始めた。
う、まずい。これは……。
胸の前で両手の指を組んで、上目づかいでわたしを見てくる。
「お願い、お姉ちゃん」
「う……っ」
か、かわいい。
今のヴィーカはおねだりモードだ。文句なしにかわいい。
そしてわたしは昔からヴィーカのおねだりにすこぶる弱かった。
「僕からもお願いします、お義姉さん」
おまえもか、オルフェオ。というか陥落はやすぎない? 妹夫婦の将来がありありと目に浮かぶようだ。
「ねえ、お姉ちゃーん」
「う……。はあ、しかたないなあ」
「ヤッター!」
くっ……。今日も勝てなかった。しかし、ただでは負けられない。
「ただし! 魔王さまに許可をいただけたらの話だからね!」
「はあーい。わかってるわかってる」
魔王さまが断るとみじんも思っていないな。わたしもそうは思えないけれど!
こうして、ヴィーカはご機嫌で結婚式を終えた。
そして、案の定魔王さまから魔王城滞在の許可をいただけた。
「よおし、オルフェオ! これで私達が初めて魔界を新婚旅行する夫婦よ! 本を出したら売れると思うの。記録は任せたわ!」
「うん。任された」
妹よ、これを狙っていたのか。
そしてわたしはオルフェオに疲労回復効果のあるお茶を差し入れることにした。




