猫の月の二十二日
猫の月の二十二日。
みなさんもうおわかりかと思いますが、今日は魔王さまの百八十九回目の誕生日です! はりきって祝いましょう!
会場は去年と同じくこぢんまりしたとしたところ。
会場の飾りつけよーし! 今日のための料理よーし! 歌の準備よーし! 今年も伴奏ないけれど。
そろそろ楽器を買うべきだとは思っているんだけれど。留学組に頼んでみようかな? まずは簡単そうな打楽器から……あ。農業体験組がみんなにいろいろもまれて帰ってくるだろうから、それを待とう。うんうん、焦ることないよね~。
去年みんなが参加できたのは始めの歌だけだったけれど、今年は違う。魔王さまの迫力に慣れた人たちが増えたことと、プレゼント代わりとして出し物を増やせることになったのだ。
魔王さまの意向で、アルバンさんたち以下の使用人たちは誕生会の企画や参加がプレゼントということになったのだ。去年はプレゼントを用意するために庭師や職人たちがたいへんだったもの。
だから魔王さまにプレゼントを贈るのは、わたしとエルフィーとバルタザールさんの三人になった。ゼーノ? あいつは食べるだけ。パーティーに出席して歌うから、祝う気はあるけれど。せめてもう少しきれいに食べてほしい。
「魔王さまお誕生日、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
誕生歌から始まったパーティーはひどくなごやかに進んでいった。
昼食をつまみながらみんなの出し物を見る。
人界で有名な古典を魔界風にアレンジした寸劇をしてくれたり、歌が好きな人たちが魔王さまへの感謝を合唱してくれた。
歌詞に涙ぐむ魔王さまは震えるほどかわいらしかったし、潤んだ瞳はさながらよく晴れた日に光を受けてきらめく湖面のごとくきれいだった。
それからバルタザールさんを会に出席させておくため研究部に頼んでいた出し物は、なぜか論文発表会になっていた。
ちょっと誕生日会とはズレてる気がするけれど、バルタザールさんが喜んでるからいっか。魔王さまも感心してらしたし。
出し物が終わればみんな笑顔を残して解散していった。
本音を言えば最後までみんなと祝いたかったのだけれど、慣れた人が増えたとはいえ、あんまり長時間魔王さまのそばにいすぎると、体調を崩す人が出てきてしまうからしかたない。
バルタザールさんも発表された論文を片手にいそいそ出ていった。いい笑顔だった。親子水入らずをありがとうごーざーいーまーすー。
談笑しながら料理を食べる。わたしは出し物のときに食べてしまったからデザートだ。
魔王さまはわたしの手料理を食べて瞳を細める。これはうれしいときの瞳だ。よかった、満足してもらえたみたい。
そんな魔王さまの皿をエルフィーがうらやましそうに見ていた。
「……」
「エルフィー?」
「パパ、おいしい?」
「ああ、とても」
魔王さまに喜んでもらえてよかったです。できれば毎日作りたいんだけれどなー。
「ママ、あのね」
「なあに、エルフィー」
「私の誕生日プレゼントも、ママの手作りがいい、な」
「うんもちろん任せて」
即答した。
でも、せっかくの誕生日なのに、プレゼントがわたしの手料理でいいのかな。どうせなら服飾部で相談して、めちゃかわいいドレスを贈るとか……。
「ママの、料理美味しい、から嬉しい」
そう言って笑ったエルフィーのかわいさと言ったらなかった。うっまぶしい!
「ありがとうエルフィー。そんなに喜んでもらえて嬉しいわ。なんなら毎日作りたいくらい」
「ママ」
「リオネッサ」
「はい。自重します」
わたしの体調を考えて予定を組んでるのに、また寝込んだら、とみんなの視線が痛い。
いやだって大切な人にわたしができることですし。ラシェに通い出してから体調いいし、寝こんでもないよ? ダメ?
「ダ、メ」
「だめかあ~~」
わたしが机に突っ伏すまえにレギーナさんの咳払いが聞こえて、崩れかけた体を慌ててもとに戻した。
しょんぼりしたわたしにエルフィーが笑う。
「ママの、料理は美味しくて特別、だから、特別な日に食べられる、のすごく嬉しい」
エルフィーの笑顔はまるで冬の終わりに暗い雲のすき間からこぼれた陽光のごとくわたしにふりそそいだ。すまなそうにしている魔王さまとあいまってわたしはとけかけた。いやむしろとけた。
魔王さまとエルフィーがそう言ってくれるなら控えます。特別な日に気合を入れて作るね!
よしラシェで腕がなまらないようにしておこう。エルフィーの誕生日、はりきるぞ!
「リオネッサ、ほどほどに」
「ママ、ほどほど」
「……はい」
***
「パパ、ママ、おやすみなさい」
「良い夢を」
「おやすみ、エルフィー」
今日の誕生日はすごく楽しかった!
お風呂にも入って寝室に入ると、魔王さまにだきしめられた。ふかふか。おかげでわたしは湯冷めとは無縁になった。魔王さまの仕事がはやく終わった日限定だけれど。
そのまま抱き上げられてベッドまで運ばれる。
「心尽くしの誕生日をありがとう。バルタザールまで参加するとは驚いた。君はすごいな」
「あはは。そうですか? バルタザールさんには悪いことをしちゃったかもしれませんけど、やっぱりみんなで魔王さまをお祝いしたくて。でも、バルタザールさんに残ってもらうために研究部に頼んだ出し物は誕生会から独立しちゃいそうなので、来年はむずかしいかもしれません」
わたしの言葉に魔王さまは低く笑った。のどの近くにあるわたしの耳にごろごろうなるような声が響く。
「無理せずとも、させずとも、祝いの言葉だけで、私は十二分に嬉しいとも。バルタザールの研究好きはよく理解している。彼が研究を中断して祝いの言葉を告げに来るだけ、凄い事なのだ。偉業と言ってもいいだろう。それ以上を求めるのは贅沢に過ぎるというものだ」
「そうかも、ですね」
魔王さまにうなずく。
ラシェでだって研究しまくっているバルタザールさんが、それを中断するのがすごいことだというのはわたしにもわかる。
バルタザールさんには準備を少し手伝ってもらうくらいがちょうどいいのかもしれない。
魔王さまの親友だから盛大に祝ってほしかったのだけれど、親友だからこそ、言葉だけで良いのかもしれない。
ふだんから魔王さまのためになることをたくさん開発してるバルタザールさんだしなー。うーむ。来年からは本人の希望どおり、あいさつだけにしてもらおう。
せっかく国民の休日にしたのだし、みんなにもゆっくり休んでもらおう。パーッとやるのは新年祭だけで十分だ。
「お休み、リオネッサ。良い夢を」
「はい、魔王さま。お休みなさい」
後日、来年の誕生日会の方針を話したら、以外にも残念がる人が出た。なので、出し物は希望制になって続けることになり、毎年の名物になった。




