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魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


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魔王の三時間クッキング

ちょっと残酷な描写があります。

 今日の魔王の仕事は机仕事ではなく、見回りだ。

 例の如く魔素濃度の調整をしていたが、魔素が濃くなりすぎて瘴気にまでなってしまった箇所に発生した魔物の駆除が急遽入った。

 幸い、大型の魔物一体だけしか確認されていないので、早く帰れそうだった。

 あまりに遅い時間に帰ると、リオネッサ達と一緒に晩餐を取れなくなるどころか、寝顔しか見られずに翌朝を迎える事になってしまう。それは嫌だった。

 妻子の体調を慮れば、起きて待っていてくれなどとは口が裂けても言う気は無いが、あの、最低限の灯りしか点いていない部屋を見るのはひどくさみしさを感じるのであった。

 寝顔を見られるだけでも十分幸せであるはずなのに、それに満足できない己の浅ましさに嫌気が差す。

 リオネッサは夜食を作ってくれているのに、と落ち込む事コンマ一秒。

 今日の昼食にリオネッサ手製の弁当を持たされていた事を思い出し、気分を上昇させた。見た目の厳つさに似合わず繊細で、かつ見た目通りの単純さを持つ魔王なのであった。

 魔王が相対した魔物は頭部に一対の角を有している。

 以前、リオネッサとエルフィーを襲った魔界人にシルエットがよく似ていた。

 しかし、四本足で確りと大地を踏みしめ、鼻息から瘴気を周囲に巻き散らしていた。目は血走り、知性や理性の欠片も見受けられない。

 唐突だが、魔物と魔獣の違いは大まかに言うと食に適しているか否かだ。

 魔界に生息している全ての生物は、魔素を取り込み魔力を生成する事が可能であると考えられている。それができる獣であれば魔獣と呼ばれる。魔獣は肉体に魔素があまり蓄積しておらず、食する事が可能だ。

 魔物と呼ばれるのは、魔素を体内に過剰に取り込み過ぎた結果、肉体の制御ができなくなり、知性、知能や理性、果ては本能すらも見られなくなった獣であったものなどだ。

 魔物となった個体は体内に魔素を吸収し続け、魔力、ひいては瘴気を錬成し続け、体内に限界以上の量を蓄積させてしまうため、当然、食用には適さない。魔物の肉を食した者は大抵その者も魔物になる。それ故、自浄能力が著しく高い種以外、魔物の食用は強く非推奨されている。

 グモオ、となんとも耳障りな声で魔物が鳴いた。

 巻き散らされる瘴気に寄って、周囲の草木は腐り落ち、汚泥の中から新たな魔物が発生しようとしている。もたもたしていると更に被害が拡大し、死体から屍鬼が発生してしまう。

 魔王は拳を握り、自分よりも何倍も巨大な魔物を睨みつけた。

 何としても晩餐までに帰りたい。手早く処理しなければ。

 魔術を使い、巨大であるが故に動きの鈍い魔物の隙を突いて死角に入る。

 魔力反応の高い心臓部――おそらく魔力炉のある個所――を一撃で殴り潰した。魔物の心臓は魔王の手よりも大きかったので、正確には魔術を使い圧縮せしめた。

 魔王は上手く返り血を避けながら、念を入れて首を手刀で飛ばしておく。魔力炉を潰せば大方の魔物は死ぬが、稀に生き残る個体もあるためだ。

 魔物の首から勢いよく吹き出す血しぶきを見て、魔王はラシェでの出来事を思い出した。


「血抜きはとても大事です。これをおろそかにすると肉が臭くなっちゃうんですよ」


 リオネッサはそう言って、逆さにつられた鶏を指さしていた。

 魔王も一羽だけ血抜きに挑戦させてもらったが、押し潰さない様にと力を抜きすぎていたせいで、首を飛ばしたあとに逃げられ、辺りに血の雨を降らせてしまった。首を飛ばしても動けるとは、鶏とは魔物になる素質があるのかもしれない。

 次はもう少し強めに押さえましょう、と笑って許してくれたリオネッサのやさしさが胸に染みた。

 魔王は苦手な魔力操作を駆使して魔物を逆さに持ち上げた。

 魔物の首から血の抜けていく様を見ながら、腕組みをした魔王はぶつぶつと手順を呟く。

 血が抜けきったら皮を剥ぐのだったか。それとも内臓を抜くのが先だったか。

 リオネッサとの作業を思い出しながら、魔王は魔物の腹を割った。血は殆ど抜け出たようで、新たに吹き出したりはしない。周りの素材収集班から歓声が上がる。

 魔術を使い、べりべり、ごきごき、と慎重に内臓を剥がしていくと、手早く素材収集班が近寄り、大喜びで持っていった。

 潰した魔力炉を見た魔王は、次は潰すのではなく抜き取ってみよう、と考える。魔力炉は潰れていても喜ばれるのだが、やはり素材は無傷のほうが喜ばれるものだ。

 内臓を全て摘出したあとは、皮を剥いだ。慣れないせいで、あちこちに穴を開けてしまったが、収集班は文句も言わずに笑顔で持って行く。

 四肢を外して、骨を外して、と途中、昼食休憩を挟んで作業を続けていけば、あとに残るのは立派な肉塊だけになった。


「陛下! 解体をしていただき誠に助かりました!」

「陛下に感謝を!」

「感謝を!」

「いや、ウム、では皆、気を付けて帰るように。何かあったらすぐに連絡をする様にしてくれ」

「御意に!」

「御意!」


 今まで捨てられるだけだった肉塊を空間魔術で収納する魔王に、皆一様に首を傾げたが、いそいそと帰城する魔王に、何も言わず手を振って見送った。


***


「魔物のお肉はエンリョしておきますね、魔王さま。お気持ちだけありがたくもらっておきます」


 巨大な肉塊を抱え、ホクホクと帰ってきた魔王に、リオネッサはにっこりと笑ってそう答えた。

 初心者であるからところどころ雑になってしまったのは自認していたが、そういえばこえれは魔物の肉であった、と思い出してションボリする魔王の肩をバルタザールが叩く。


「君ねえ、魔力を抜いたって抜ききれるもんじゃないんだから、口にしないほうがいいよ。討伐対象になりたいのなら止めやしないけど」


 さらに肩を落とす魔王の頭をエルフィーが撫でて慰めた。わざわざ浮いてまで慰めてくれる養子に涙がちょちょ切れそうだ。


「パパ、がんば」

「……うむ」


 肉はバルタザールの実験用として余す事無く使われた。


 ――後日。

「あ、フリッツ。この前の肉がいい毒薬になったよ。効果見るかい?」

「……そうか。遠慮しておく……」


 バルタザールの容赦無さに、今日の晩さんは魔王の好物にしてもらおう、と決めたリオネッサだった。

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