白い月と
どうもこんにちは。実家通いが決定したリオネッサです。みなさんいかがおすごしですか。わたしは引き続きのんびりまったりしています。
ラシェ通いは朝ご飯を食べて、魔王さまたちを見送ったら移動。夕飯までゆったりすごして帰ることになった。
空間移動を許可されているのはわたしと、その護衛のバルタザールさん、それから世話役メイドのゲルデと二コラの四人だ。
レギーナは新人育成など、やることがたくさんあるので、基本的に魔王城にいることになった。
レギーナはいつも通りの涼しい顔をして承諾してくれたけれど、実はそうとう悔しがっていたらしい。ゲルデさんがこっそり教えてくれた。
それでバルタザールさんに恨めし気な視線を送ってたんだ。例のごとく、バルタザールさんはそよ風ていどにも感じてなさそうだったけれど。
魔王城に向かう魔王さまたちを見送ってから二日。別にこれが最後、というわけではないのだけれど、魔王さまたちが城に着いて交代するまでは、と張り切って仕事をしてくれている。とはいえ、最近はバルタザールさんに付きあってあっちこっちに聞きこみするのが主な仕事になっているのだけれど。
はい。わたしは空間移動があるので、わたしは魔王さまといっしょに帰れませんでした。あと五日は鏡越しで会話をする日々です。はあ……。
いいもん。魔王さまが村にいらしてから出立するまでの二日間はいちゃいちゃしたもん。
川で遊んだでしょ。暑かったから水が気持ち良かったなー。
魚を釣って、焼いて食べたでしょ。魔王さまの気配を察するのか、魔王さまの釣り竿には一匹もかからなかったっけ。焼きたての魚をほおばるエルフィーも魔王さまも微笑ましかった。
それから森を散策したでしょ。いつもなら兎や狐を見かけたり、小鳥の鳴き声がするのに、虫の声すら聞こえなかったっけ。いいんですよ、魔王さま。謝らないでください。魔王さまのせいだと決まったわけじゃないんですから。たまたまですよ、たまたま。
たしかに罠にかかってた兎は残像が見えるくらい震えてましたけれども……。せ、生物に怖がられるのも魔王らしくて、いいんじゃ……ないんでしょうか……。
畑での収穫は魔王さま張り切ってたなあ。野菜は逃げないですもんね。……魔王さまが植物を育てているのって、もしかして……。………これ以上掘り下げるのはやめておこう。
……おや? いちゃいちゃとは。わりといつもと変わらないぞ?
「同じベッドで寝てたじゃないか」
「………」
何回言ってもバルタザールさんは読心をやめてくれない。
わたし、いちおうバルタザールさんよりもえらいということになっているはずなんですけれど……? もうあきらめよう……。
「いつもと同じじゃないですか。それにベッドが小さかったせいで、魔王さまにご不便をおかけすることになっちゃって……」
「フリッツは楽しんでたと思うけど」
魔王城と違って、魔王さまにあったサイズのベッドがわたしの家にはないので、変化の魔術で魔王さまが小さくなってくださったのだ。
客間のベッドを二つ繋げれば辛うじて眠れそうではあったのだけれど、そうするとレギーナたちの寝床がなくなってしまう。
レギーナたちは床でもかまわない、むしろ野宿をさせて欲しいと訴えていたけれど、さすがにそれは遠慮させてもらった。いくら夏でも野宿は駄目だよ……。
ゼーノの家に泊まることになったヨルクが野宿を言い出さないうちに魔王さまはもとの三分の一ほどの大きさに変化してくれた。ありがとうございます、魔王さま。
「それはそれとして、小さくなった魔王さま超かわいい」
「君のそういう欲望に忠実なところ、嫌いじゃないよ」
「ありがとうございます」
「はは、褒めてないよ」
ぬいぐるみサイズ(特大)になった魔王さまはりりしさが軽減された代わりに、かわいらしさが留まるところを知らなかった。
わたしよりちっちゃい背丈! いつもよりちっちゃい手! いつもよりちっちゃい牙! いつもより短い足! いつもよりさらに短いしっぽ! 歩く後ろ姿がよちよち! まるでひよこ! 心なしか声も高い気が!
「それは君の思い込みだね」
抱きしめて寝られるなんてわたし超幸せ者! いつまでだってモフモフしていられる。あれはヤバイ。人をダメにするぬいぐるみだった。
「君がいつもフリッツの鬣を梳かしてるからなあ」
ああ、エルフィーもいっしょに寝られればよかったのに。なぜわたしのベッドはあんなに小さいのか。
「人界では普通の一人用サイズだろ」
もっと大きかったらエルフィーといっしょに寝たヴィーカにドヤ顔されることもなかった。くっ。我が妹ながら勝ち誇りまくった顔を……! わたしだって魔王さまといっしょに寝たもんねー!
こうなったら大きいベッドを作ってもらうしか……!
……そういえば。
「変化の術を使いながらでも体を休ませることができるんですか?」
「そうだね、まあそれなりに。魔力は少しずつ消費していくけど、フリッツにとっては大した量じゃない。体力は間違いなく回復しているかから問題はないよ。
気疲れはしているかもしれないけどね。なんたって術が解ければ、隣にいる君はぺしゃんこだ」
あっはっはーと大口を開けて笑うユキオオカミをひとにらみして、わたしは決めた。
「ぜったい大きなベッドを用意します」
「それはいいけど、君の部屋ってそんなに大きかったっけ」
う。痛いところを。
「小さいです。たぶんじゃなくて、ぜったい入らないですね」
どうしたものか。もとの大きさの魔王さまが寝られるベッドを淹れればそれだけで部屋がうまってしまう。
どうせ日中はバルタザールさんに付き合って外にいるだろうし、いいかな……? あ、でも雨がふると困るか。それにもし一人で寝ることになったらかなりさみしいぞ。
うんうん唸っていると、バルタザールさんがひと差し指を立てた。肉球を触らせてください。
「いっそフリッツ用の宿泊施設を作ろう」
「え。でも、魔王さまが滞在するのは年に一回くらいですよ? もったなくないですか?」
「ふだんは君が使えばいい。これから魔界からの滞在者も多くなるし、丁度良いだろう。適当な掘っ立て小屋でも魔王城の部屋と空間を繋げばいいし」
「それはさすがにエルトシカ王族も許可しないと思います」
「それもそうか。なら地道に魔術で建てよう」
地道、とは。ぜったいバルタザールさんとわたしじゃ意味が違う。
「バルタザールさん。ラシェは魔界に近いですけど、人界なのでちゃんと父さまたちと相談して、人の手で作ってくださいねー」
肩をすくめたバルタザールさんがぼやく。
「わかったよ。まったく人界は手間がかかる」
「どこだってそういうものだと思いますよ」
空には昼間だけれど白い月が浮かんでいた。
魔界の月は今頃赤い色をしているはずだ。来月に向けて色が薄れていっているはず。
……魔王さまの誕生日プレゼント、完成するかな。
いや、させよう。なんとしても。
「徹夜はしないように」
「……はい」
読防止子アイテムの作成って、頼んだらしてくれるのかなあ、バルタザールさん。
視線を向けてもバルタザールさんはニンマリ笑うだけだった。




