だいたい親友のため
みなさんこんにちは! 今日はいよいよ魔王さまたちとじかに会える日なので、ウッキウキのリオネッサです! ヤッター!
……こほん。いけない、ついガッツポーズからの拳突き上げをしてしまった。
いやだってずーっと鏡越しだったんだもん。しかたないしかたない。
ほら、バルタザールさんもご機嫌だし。やっぱり魔王さまたちと会えるのは嬉しくてたまらないものですよ。
「ねっ、バルタザールさん!」
「ん? 違う違う」
にこにこと否定された。
えっ、ちがうんですか? というかまた人の心読んでませんか。
わたしの疑惑はきれーにスルーされ、初めて見るくらいに上機嫌なバルタザールさんはじゃーん! と書類を見せてきた。
おおう、なんだかすごくキレイな紙だ。高そう。ん? エルトシカ国って書いてある……?
「実はね~、魔王城とラシェ村を繋いじゃった」
なんて?
「魔王城とラシェ村を空間魔術で繋いじゃった。てへ」
てへじゃないです。おちゃめに言ってもすごいことですよね? それ。
渡された紙を読みこめば、魔王城とラシェ村を繋ぐ許可証だった。なんだか偉そうな名前がいっぱい書いてある。
「火急の用事ができた」
って二、三日留守にしたと思ってたらこんなことをしてたんだ……。
ものすごくまじめな顔して言われたから魔王さまたちになにかあったかと思ってたじゃないですかー! バルタザールさんが帰ってくるまで心配してたわたしの時間を返せー!
「君も好きな時に来れるし、いいじゃないか」
……も?
つまりわたし以外にも来るということですね?
わたしの視線にちっともゆるがない上機嫌さで、バルタザールさん口をするっと滑らせた。
「これで収穫祭に参加できるぞお!」
……お酒を気にいっていただけてなによりです。アルバンさんから飲み比べの話をうらやましそうに聞いてましたもんね……。
「リオネッサがラシェに来るなら護衛は当然、僕! いやー研究が捗るなー!」
魔王城にいる研究員たちの悲鳴が聞こえる気がする。それにしてもこの国の王族は、研究狂いなだけで良い人だけれども、やっぱりちおう魔界人であるバルタザールさんの頼みをホイホイ聞いちゃうなんて、だいじょぶなのか。
ううん、バルタザールさんの話術が巧みすぎるんだ。いったいなんて言って丸めこまれたんだろう。
「誠心誠意お願いしただけだよ」
わあ。おどしたんだあ。
表向きは物腰柔らかなバルタザールさんだけれど、隠しきれない圧がにじみでている。弱腰外交筆頭のエルトシカ王族には
「人聞きが悪いな」
「さっきから人の心を読まないでください」
「読んでなんかいないさ。君がわかり易いだけだよ。フリッツに会えるんで超嬉しい、だろ?」
「くっ……、正解です」
そんなにわかりやすいかな。ぐにぐにと顔をもんでみる。わからない。
「はは。おもしろい」
「冷静に観察しないでください……」
書類を返す。破っちゃたりしたら、と思うとぞっとするね。
「コーティングしておいたから要らぬ心配だけどね」
「だから人の心をですね……」
「読んでない読んでない」
書類を魔術でしまったバルタザールさんが懐中時計を見た。
アルバンさんにあげた時計をもとに作られたものだ。意匠はばっちり魔界風になっている。もとの時計にない機能もいろいろつけた、ものすごい時計になっているそうだ。
「そろそろ用意したほうがいいんじゃないか、フリッツを出迎えるんだろう?」
「はいっ」
バルタザールさんといっしょに村を歩く。
声をかけられた先々で氷を提供しながら、バルタザールさんは甘味やお酒を要求していた。
なじんでるなあ。そんなにラシェの特産品を気にいってくれるだなんて、すごくウレシー。魔界人ってけっこう食いしん坊が多い気がする。
「グルメって言って欲しいな」
「はいはい」
キメ顔でそんなことを言われても。
「ルデイア国王都にも美味しいものがたくさんありましたよ。行けなくて残念でしたね」
「うん。本当に。さすがに人界の心臓部までは行けないよ。僕はね」
さりげなくラシェが小指の爪の先ていどって言ってますね?
「ハッハッハッ誤解だよひどいなー」
村をおおった結界の境目あたりにきた。
今はバルタザールさんがいるから出てもいいけど、いない時は出ちゃいけない。バルタザールさんのいない間はなにげに出てみたかった。
人ってやっちゃいけないって言われるとやりたくなるのはなんでだろう。バルタザールさんがこわいから出なかったけれども。
魔王さまのプレゼントにするために花をつんでいく。夏はいろんな種類の花が手に入りやすい。魔王さまのお好きな緑色の花はさすがに咲いていないけれど。
バルタザールさんはそんなわたしを立って見ている。手伝ってくれてもいいんですよ?
「ちょっと真面目な話をしようか」
風が吹いた。
日差しが強く、影は濃い。
わたしはまたひとつ花を摘んだ。
「君の身体の事だけど、ラシェに毎日通う様になればまあそこそこ丈夫になると思う」
「そこそこですか」
「うん。そこそこ。なにぶん情報が少ない。前例がない事だから。魔界に来た人界人の死因のほとんどは物理的なもので、君の様に生きて魔界に長期滞在した例はないに等しい。それらしい記録があるにはあったけど、やはり早世したようだ」
「……そうですか」
太陽が雲に隠れてしまったのだろうか。影が差して手元が暗くなった。もしや雨でも降るのだろうか。なら、洗濯物を取りこまなくちゃ。
「それでも今回は寝込んだりしなかったろう?」
「はい」
「去年のは働きすぎ、ってのもあったんだろうけど。今年は予定調整してくれたアルバンさんやエルフィーに感謝しないと」
「はい。もちろんです」
アルバンさんの好きそうなお酒を頼んでおいたし、バルタザールさんに協力してもらってエルフィーのためのゼリーも冷やしておいた。
立って空を見上げると太陽がまぶしかった。雲は風にとばされていったようだ。
「魔界に来る以前のように、とまではいかなくても、君の両親より先に死ぬ確率は格段に低くなると考えていいと思う」
「そうですか」
「だからラシェに通いなさい。君の主治医としての命令だ」
「人界人の医者をやるのは嫌だったんじゃないんですか?」
「不本意だよ。専門に学んだわけでもないのに。でも魔界初の人界人医になってもいい。それが今の最善だから」
バルタザールさんがわたしが摘んだ花たちを取り上げて、きれいなリボンを巻いてくれた。器用な。
「残念だけど、君に拒否権はない。君に通ってもらわなきゃ僕が来られないし。まだ研究は始まってすらいないんだから」
「あれだけ聞き込みをして、まだ始まってすらいなかったんですか!」
「うん」
氷漬けにされたカゲスミさんがますます哀れに……。
「まずどんなものがどれだけあるのかをある程度集めてから研究の方向性を決めたいからね。推論から先に決める手もあるけど、僕はあんまり好きじゃないかな。興味のある事をとことんつきつめたいし」
「ハア、そうですか」
この辺の魔素濃度がどうの、伝承がどうの、とぶつぶつつぶやいているけれど、むずかしいことはわからないですねー。
花束を受け取って歩き出す。
夏もそろそろ終わる。来月は魔王さまの誕生日だ。
「フリッツにはもう話しておいた」
「ほんとに拒否権ないんですね」
「うん」
もうすぐ村の入り口が見えてくる。魔王さまの到着まであと少し。
「一番怖いのは」
バルタザールさんの金色の目がわたしを見下ろす。
今さらだけれど、毛皮のバルタザールさんて暑そう。
「君が何も残さず逝ってしまう事だよ」
「さすがに骨くらいは残りますよ」
わたし的にはすごくうまいことを言えたと思ったのだけれど、バルタザールさんのお気に召さなかったらしい。
いつかのようなびみょ~な顔をされた。ひどい。
「それ、フリッツには絶対言うなよ」
「ういっす」
バルタザールさんが見ていた懐中時計をぱちりと閉じた。
ばしりん独特の車輪の音がだんだんと大きくなってくる。馬車もだんだん大きく、はっきり見えるようになってきた。
「お帰れいなさい、魔王さま。お疲れさまでした!」
「ありがとう」
花束は笑顔で受けとってもらえた。ヨッシャー!
「エルフィーもお帰り。がんばったね、お疲れさま」
「うんっ。ただいま、ママ」
その日は久しぶりに親子三人で眠った。




