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魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


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終わりよければ

 どうも。


「そういえば大きな音がしたけど、何かあった?」


 というバルタザールさんの質問に答えたら、なぜか怒られたリオネッサです。げせぬ。


「ああ夏の風物詩ですよ。カゲスミさんをちょうどいたジーノおじさんに追っ払ってもらったんです」

「カゲスミサン?」

「この辺りで夏に出るナニカです。調べる人がいないのでよくわかってないんですけど、今日みたいな影の濃い日に出てくる魔物みたいなもの……なのかなあ。食べたって聞かないですし、肉もなさそうだから魔物でいいと思います。子どもばかりに声をかけてきて、それに答えちゃうとちょっとめんどうなことになるので、ラシェでは応えず、近くにいる大人に言うよう教えてるんです。他の村は違うみたいですけど」

「へえ。面倒な事って?」

「めんどうですよー。カゲスミさんは応えた子どもを自分のいる影に引きずり込もうとするんですって。ジーノおじさんは小さいころ面白半分で試して、逆にに釣り上げてやったって言ってましたけど、他の子がマネしたらどうするんだって叱られたそうです。そりゃそうですよねえ、ジーノおじさんはおじさんのお父さんゆずりの怪力だからそんなことができるわけで………バルタザールさん?」

「君ねえ……」


 たらりと冷や汗が流れる。なんでバルタザールさん怒ってるの? カゲスミさんの話をしてるだけなのに。

 夏なのにめちゃめちゃ寒くなってきた。バルタザールさん! 冷気がもれてます! 落ち着いてくださーい!


「何かあったら叫ぶことって、僕、言ったよね?」

「え、ええ、はい。もちろん覚えてます」

「じゃあなんでそのカゲスミサンとやらに声をかけられたのに叫んでないのかな?」

いたいいたいいたいひひゃひひひゃひひひゃひ! やめてください(ひゃへひぇふははひ)!」


 口元しか微笑んでないバルタザールさんに頬をつねられ、次に両手でサンドされる。やめてください! つぶれるー!


「応えたらめんどうなことになるって言ったじゃないですか!」

「うん? カゲスミサンに対して叫んだ訳じゃないのに応答した事になるのか」

「そうです。めんどうなやつなんですよ、カゲスミさんは!」

「なるほど。まあ今回はすぐに周りに助けを求めたみたいだし、良しとするか」

「よくないですよ。人のほっぺをつねって、潰しておいて」


 ほおをさすりながら涙目で抗議しても、バルタザールさんはどこ吹く風。わたし、王妃ですよ?! 魔王軍の参謀も偉いですけど、いくらなんでもひとすぎません?

 ……いやあでも、わたしにへりくだるバルタザールさんとか怖すぎてノーセンキューですけれども。


「こほん。それはそれとして。

 興味深いな。他にもそういう事象があるのかい?」


 むう。ごまかそうとしてません? わたしはしゃざいを要求する!


「はいはい、悪かった悪かった」

「ぐ。てきとうな……。はあ。

 あると言えばありますよ。この辺りでは当たり前のことなので、珍しいかどうかはわからないですけど」


 ウキウキと筆記具を取り出したバルタザールさんに嫌な予感を覚えつつ答える。


「なるほど。調べ甲斐があるな」


 ええー……。調べる気まんまんじゃないですかー……。


「ラシェに来た目的、覚えてますか? フィールドワークをしに来たわけじゃないですよね?」

「はっはっはっ。もちろん。その辺は大丈夫だよ。明日には留学体験組が到着するからね。僕の体は空く」

「………わかりました。手伝います」

「それは助かる! 他の村も調べたいからね!」


 気の利く助手を持って幸運だなー、とか笑ってるバルタザールさんだけれど、手伝わせる予定だったじゃないですか。

 ヒマだからいいですけれども。べつに。ヒマですから。

 そんなわけで、次の日は到着した農業体験組をお父さんに紹介したあとは、バルタザールさんにつれられてついていろいろと調べてまわった。

 最終的にカゲスミさんは氷漬けにされた。かわいそうに……。

 バルタザールさんは良い標本(ひょうほん)ができたと喜んでいた。いい笑顔だった。


「っていう一日でした」

「充実した一日だったようで何よりだ。お疲れ様」


 鏡の中で魔王さまが柔らかく笑う。

 少し前までエルフィーとも話していたけれど、よほど疲れていたらしくこっくりこっくり舟をこぎ始め、今はベッドの中だ。

 そんなエルフィーを起こさないように、小さな声でおしゃべりしているとなんだかナイショ話をしているみたいでちょっと楽しい。


「もう、笑いごとじゃないですよ。

 そちらはどうでしたか?」

「うむ。なかなか順調だ。これなら予定通り合流できると思う」

「やったぁ! ……こほん。楽しみに待ってますね」

「ああ」


 思わず上げてしまった歓声に慌てて口を押える。うう、笑われてしまった。でも魔王さまが嬉しそうだからいっか。


「ハイダさんたちの様子はどうでしたか?」

「聞いた限りではうまくやっているそうだ。ハイダが暴走する前にホルガーが止めに入り、カチヤはなんの問題もなく業務をこなしていると聞いた。これ以上は明日以降、エルフィーに聞いてやってくれ。君に報告すると張り切っていたから」

「はいっ」


 わたしの代わりに予定がいっぱい入ってるのに、その合間をぬって留学組の様子を見にいってくれるなんて、エルフィーったら、ものすごく良い子! 知ってた! おかーさんはエルフィーが体をこわさないか心配だよ! 魔王城に帰ったらのんびりしようね!

 それから魔王さまとふたつみっつ話をしていたらうっかりあくびを披露してしまった。いやだいじょぶ、手で隠したから大口は見られたないはず。セー――――フ。


「ああ、すまない。もう夜も遅い。君は眠る時間だったろう。引き留めてすまなかった」

「いえっ、わたしも魔王さまとお話ししていたかったのでっ」


 目を細めた魔王さまの口角が上がる。


「お休み、リオネッサ。また明日」

「はい、おやすみなさい魔王さま。また明日」


 今日も良い一日だった。

 別れ際の魔王さまの笑顔を思い出しながら、わたしは幸せな気分で目を閉じた。

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