追いかけっこ
なんてかっこつけたはいいけど、どうやって帰ろう。どうやってここまで来たのかもわらないのに。大口をたたいてしまった。
連絡蝶を使おうか?
……移動中に庭でみんなとはぐれていつの間にか拉致されてましたって?
……うわあ。我ながらうわあ。
去年もいろいろやらかしてバルタザールさんに頭を抱えさせてしまったというのに……。
外出をほとんどしてないのにまたやらかしてしまった。
いやいや、でも背に腹は代えられないし。ここがどこかもわからないのに宿泊場所に戻れるわけもない。
今年は和やかにお説教ナシで、お土産だけ持って帰れると思ってたのに。
ごめんなさい、バルタザールさん。これは不可抗力です。お説教はナシにしてください。
……ダメだろうなー!
くっそう。
この美貌人のせいでいらん説教タイムが増えてしまったじゃないか。
ちなみに美貌人に頼むという選択肢はない。
だってさっきからほたほた泣いているばっかりで、役に立ちそうにないんだもん。テーブルに水たまりならぬ涙たまりができそうな勢い。
天帝は意外とメンタルが弱かったようだ。
魔王さまも意外と気にしいなところがあるから、王さまたちの共通点なのかもしれない。
それでいくと人界の王たちもメンタルが弱いってことになるけど。……弱そう。
ここが滞在場所からどれくらい離れてるかわからないけれど、とりあえずは敷地の外に出よう。
こんな光粒子が溢れてちゃレギーナさんたちが入れない。
出口を目指して歩き出したわたしの背中に声がかかった。
「………どこへ……行くの………?」
いや、帰るんですって。さっき言いましたよね?
「ぼくをおいて……どこへ行くの……?」
わたしは猛ダッシュした。
あれはぜったいに後ろを見ちゃダメなやつだ。
迷路になっているおかげで出口はわからないけれど、わたしの居場所もわかるまい! ふはははははは!
「どこ……? どこへ行ったの……?」
距離があるはずなのにか細い声が聞こえてくる。
こわい! 怪談か!
ドレスをたくし上げながら走っていると行き止まりにぶち当たってしまった。
しかたがないので引き返す――なんてことはしない。そのまま植木に手をかけ、足をかけよじ登った。やっててよかった木登り!
植木の上から庭の端っこが見えた! あそこまで行ければ外に出られるはず!
登るというよりなかばもぐりこむようになっているけど、気にしない。ドレスがぼろぼろになっても気にしない! 服飾部のみなさんごめんなさい!
「うっ……ぐす……っ。どこぉ……? どこぉ……?」
泣きながらわたしを探しているらしい美貌人の声が聞こえてくる。
控えめに言ってこわい。さっさとあきらめてほしい。
迷路の隅っこを目指してひた走る。行き止まりはよじ登って乗り越える。
この植木さえ乗り越えれば迷路を抜けられる、と安心したわたしに美貌人の声が届いた。
「いないぃ……いない……どこぉ……………。そっか、飛んで探せばいいんだ……」
それには一生気付かないでほしかった!!
わたしは死に物狂いで植木を掴んで乗り越えた。見つかったら終わり感がすごい。
こういう怪談読んだことあるぞー!
「見つけたあ」
鼻声の、ものすごく嬉しそうな声だった。
ぐすぐす鼻をすする音が聞こえる。
わたしは煙幕を投げつけた。
正しくはバクハツダケの粉末を丸薬にしたものだ。バルタザールさん謹製。
「うわ、げほっ、なにこれ、ごほっ」
後ろは見ずに投げたけれどちゃんと当たったようだ。よかったよかった。
運動不足の身体にむち打って、ヒィヒィ言いながら走って走って、息が上がりすぎて苦しくなってきた。
しかしうしろにはおそらく怪談に出てくるような美貌人が追って来ているのである。止まれるわけなかった。
あーもうだだっ広い庭だな! 隠れる場所くらい作っといてほしい。
「うう、目にしみる……どこぉ…………。見つけたあ…………。ぐすっ、ひっく、まってぇ……」
誰が待つか。自分のしてきたことをちゃんと振り返ってみてほしい。
拉致してきた初対面の相手に、夫じゃなくて自分を愛せと言われた人間が待てと言われて待つわけがない。
天界の人ー! ちゃんと天帝を躾といてよ!
だいたいこの屋敷ってぜんぜん人がいないんですけど! 従者が少ない魔王さまの滞在場所でももう少し人がいますけど?!
天帝をいさめるどころか味方されても困るからいいけど!
「まって、まってよぉ……ぐすっ」
「誰が待つか!」
もう一度バクハツダケを投げつけようと懐を探ったところで、べしょべしょ湿った鳴き声と泣き顔の美貌人に回りこまれた。
しまった、顔がいい。
ほんとにどんな顔してても美人だな。ゼーノも……ムリか。
「うう……ぐすっ……逃げないでよぉ……ひっく」
「ふつう逃げます」
「なんでぇ……」
ぐすぐすひっく、と小さな子どものように泣き崩れる美貌人にもわかるように説明する。
「初対面の人に自分を愛せとか言われてもむりです、と言いましたよね? おまけにわたしは自分の意思を無視されてあなたに拉致されてきたんですよ。
天界人が不倫に寛容なのは知りませんでしたが、常識的な人界人は不倫を嫌悪しますし、しません。魔界人も例外を除いて番以外と関係を持つことはあまり歓迎されないそうです。
そしてわたしは常識的な人界出身の、現魔界人ですので不倫はいたしません」
「……ふりん」
プリンが食べたくなった。帰ったら作ろう。
涙をためて、ついでに流して、鼻水も垂らす美貌人の顔にハンカチを投げつけてやる。返さなくていいんで。
「ふりんってなあに」
そこからかーい。
わたしは迎えが来るまで、辞書か教師役を切望しながら美貌人のなぜなになんでに答えるはめになった。
天界のお偉いさんにはしっかり抗議させてもらった。
夏らしくホラー(?)
天帝ちゃん、見た目は美貌人、中身五ちゃい。




