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魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


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庭の迷路

 わたしが嫁入りしてから二度目の三界会議もなれたもの。

 特産品を売り込んだり、新しい試みを報告したりとみんな忙しい。

 わたし以外。

 みんなが忙しく走り回っているのに、わたしひとりだけぽつんと座っているこの状況。

 別に仲間外れにされているわけではないのはわかっているのだけれども。さ、さみしい……。

 そりゃーわたしの出番は夜会ぐらいだったわけですけれども。もう少しくらいお仕事を割り振ってくれても良かったんですよ? 今からでも遅くないですよ?


「ママ、座ってて、ね?」

「……はい」


 ソワソワしていたらエルフィーににっこり微笑まれた。

 なんだか最近エルフィーの背後にアルバンさんが見えるような。ときどきバルタザールさも見えるような。

 あのゼーノでさえ立っているというのに。わたしだけのんびりというわけにも……ねえ?


「王妃様はどっしりと構えて笑っていてくださればよろしいかと」

「……ハイ」


 わたしの周りの人たちはやはり読心術をマスターしているようだ。レギーナさんにも資料片手に微笑まれてしまった。

 魔王さまもぶ厚い書類や資料とにらめっこしている。


「この資料は……」

「こちらに」

「ベッティネッリ卿との会談は」

「組み込みました。同日に会食も行う予定です」

「今日は三か所も回んのかよ。茶で腹がチャプチャプになっちまうンだけどォー」

「お茶会に護衛、は参加しない。ダイジョブダヨ。ヨカッタ、ネ」

「棒読みひどくね?」

「魔王さまの装いですが、今日は加重付与は止めにします。色ももっと軽い物をご用意しますね」

「了解です。王妃様、魔王様のリボンをお選びになりますか?」


 今日の会議以外の準備もテキパキと進んでいく。

 本会議が終わって、あとは各国との商談がメインになったとはいえ、忙しさに変わりはない。

 わたし以外。

 これが滞在期間ずっと続くのかあ、と考えながらわたしは深い青色のリボンを選んだ。青というよりはほぼ紺色をしたそれは、今日の魔王さまの装いに似合うと思う。

 ふだんは鹿のように短いしっぽをしている魔王さまだけれど、三界会議では長いしっぽを生やしている。

 大トカゲのようなしっぽだったり、本で見た獅子のようなしっぽだったり、と日によって違うけれど、どれもリボンが似合う良いしっぽだ。

 去年はアルバンさんたちとしっぽにリボンが似合うか否かを話し合い、つけるならいくつくらいがベストなのか白熱した議論を展開しあってしまったっけ……。余り華美すぎるのもよろしくない、ということでけっきょくひとつになったのだけれど。


「みなさーん、そろそろお時間ですよー」


 声をかけると書類や資料と睨めっこしていた面々がはっと顔をあげた。

 時計は九時半。約束の時間は十時すぎ。移動時間は十五分。魔王さまたちが商談先へ行くには十分すぎる時間だ。

 みんなが本気を出せば五分足らずで到着できるけれど、そうすると地面がえぐれたり、風圧などで建物が壊れてしまうかもしれないので余裕を持って馬車で移動することになっている。道中に何かあっても、時間があれば対処できるし。


「それでは行ってくる」

「行って、来ます、ママ」

「行ってらっしゃい」


 別々の馬車に乗って、それぞれの目的地へと向かう魔王さまたちを見送ってわたしはちょっとだけため息をついた。

 ……今日は何をしよう?

 一人で行動しないように言われているので、魔王さまかエルフィーの予定が空かなければどこにも行けないわたしなのであった。だからお仕事……。


「日光浴はいかがですか?」

「昨日もおとといも、その前もしましたよー」


 笑顔で提案してくれたレギーナさんには悪いけれど、こんがり焼きすぎたくはない。

 真っ白すぎて青白く、不健康に見えていたわたしだけれど、ここ数日に及ぶ日光浴で小麦色にはとうてい見えないけれど、健康そうには見えるていどの肌の色を手に入れていた。

 さすがにこれ以上は病弱(になったという設定)な魔王妃さまに似合わないと思う。

 でも夜会も終わったのだし、少しくらいなら……?


「刺繍をしながらではどうでしょうか。日傘も差しますし、肌を焼きすぎることはないかと」

「そうですね、ありがとうございます。じゃあお願いします」

「本もございますよ」

「ハイダが送り付け……ごふん、贈ってきたお菓子もございます」

「カチヤからの贈り物を見るのはどうでしょう」


 中庭へ向かいながらメイドさんたちの楽しそうなおしゃべりを見ていると、わたしも楽しくなってくる。

 今年の滞在場所は建物も、それに伴って庭も大きいようだった。

 建物の大きさはそんなに変わらないようだけれど、中庭がべらぼうに広い。きれいに刈り取られた植木たちが並んだ迷路になっていた。

 ここに来た翌日に館の二階からエルフィーに指示を出してもらって踏破したけれど、ひとりでゴールできる自信はない。

 迷路の真ん中に向けた場所とベンチがあるから、そこで刺しゅうするのも良いかもしれない。問題は自分でそこまでたどりつけるかだけれども。


「レギーナさん、迷路の開けた場所で刺しゅうできたらなあ、と思うのですけれど……」

「お任せください。ご案内いたしますね」


 おお、頼もしい。

 わたしはそんなレギーナさんの後をついていった。


「はずなんだけどなあ……」


 気付けばレギーナさんを見失っていたし、わたしの後ろにいたメイドさんたちもいつの間にかいなくなっていた。

 え、わたし迷子?

 滞在先の中庭の迷路で迷子?

 うわあ、はずかしすぎる。

 おかしいなあ、ちゃんとレギーナさんの後を歩いていたはずなのに。

 ひい。はずかしすぎる。

 これでゼーノにばれたら


「お前、人様に付いて行く事もできねーのかよ!」


 とか言われて、指さされて爆笑される。

 うう、イヤだ……。レギーナさんに黙っててもらわなきゃ……。

 そのためにもお昼前には合流しなきゃ。あんまり心配かけちゃうと魔王さまにがっつり報告されてしまう!


「レギーナさーん、どこですかー」


 カツン、ころん。

 出口、もしくは開けた場所に向かって足を動かしていたわたしの足元から何かが転がる音がした。

 立ち止まって見てみると、キレイな色をした石が落ちていた。

 拾って光にすかしてみる。まるで川底から太陽をのぞいたみたいな色をしている。石の中心がまるで光っているようだった。

 なんでだろう、と首をかしげて気が付いた。

 いつの間にか周りの植木が花を咲かせている。とっくに咲く季節がすぎたはずのバラがみずみずしく大輪をいくつも開いていた。

 ここの植木はやっぱりバラだったんだ。この辺に生えてる品種は今ごろが旬なのだろうか。だとすると、エルフィーに指示を出してもらった時とは違う道を通っているのかもしれない。

 それならゴールはぜんぜん違う方向ということで……。


「うわあ……。一回ゴールしたのにかすりもしないなんて……。

 うう、レギーナさーん! どこですかー! わたしはここでーす! 迷っちゃいましたー!!」


 こうなったら恥ずかしいとか言ってる場合じゃない! 大声で叫んだわたしに以外な返事があった。


「顔色が良くなった様子で何よりだ。小さい子」


 ………どちらさま?

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