突然の訪問
今日も今日とて魔王城は曇りで秋の陽気です。
でも、いつもよりちょっとだけ春めかしいのはきっとお茶会に同席している人のおかげですね!
「人界の菓子を食べたのは初めてですがとても美味しいです」
「お口にあったのならよかったですぅ、オホホホ……」
今! わたしの目の前にいるのは常春の領地ヴァーダイアの筆頭領主エンメルガルトさまなのです! まっ、まぶしい……!
噂では魔界一きれいって聞いてたけど、噂以上の美人! ゼーナちゃんの仮装なんて目じゃないね!
むしろゼーノなんかにやらせてごめんなさいって気がしてきた!
目元はきりりと涼しげで、髪も肌もうっすら緑がかってて、瞳が深い緑で宝石みたいにきれいだし、ところどころに咲いてる花がそれはもう華憐で、妖精姫って呼ばれるわけだよ~~。ものすごくきれい~~。うつくし~~。
しかもすごくいい匂いするし……。
……エンメルガルトさまの匂いを再現して香水として売り出したらバカ売れ間違いなしでは?
なんてことを妄想していたら、エンメルガルトさまの従者のジークくんににらまれてしまった。
う、ご、ごめんなさい……。
ジークくんはフィルヘニーミ出身のユキオオカミによく似た、けれど違う種族の出だそうだ。
お父さんと魔界中を旅していたけれど、ヴァーダイアでお父さんが亡くなり生き倒れていたところをエンメルガルトさまに拾われたらしい。
あ~~エンメルガルトさまの心の美しさよ……。
それにしてもジークくんは人の心が読めるのかってくらい勘がするどいなあ。……変なことは考えないようにしておこう!
実は今日も新年祭に向けて勉強をしていたのだけれど、エンメルガルト様の訪問で取りやめになった。
エンメルガルト様からの返事に新年祭に参加すると書かれてはいたけれど、まさか新年祭前においでになるとは思ってなかった。
くうう、わたしのバカバカ! 人界と同じで前日か当日に来るだろうなんて油断せずに、ちゃんと準備しておけばよかった!
ヴァーダイア出身の人だって領主のしきたりとかなんて知るはずないもんね。反省反省。次からは気をつけるぞ!
「それにしてもエンメルガルト様、今回はお早いご到着でしたね。新年祭までもうしばしの日にちがありますが、それほどまでに楽しみにしていただけたのなら光栄なことですわ。当日はおおいに楽しんでいただければ、と思います」
城の者は祭りの準備に忙しくしておりますので、ご不便をおかけしてしまうかもしれませんが、どうかごようしゃください」
初めての魔王城をあげて行われる祭りだし、お客さんを呼んでいるしで、みんな準備に気合が入っている。時間はいくらあっても足りないようで、今もエンメルガルト様のおもてなしなのにわたしが出席してるだけなのであった。
魔王さまは仕事で外出中だし、エルフィーは屋台のほうにかかりきりだしで申し訳ないことこの上ない。
「王妃様が歓待するだけでも十分でしょう。失礼にはあたりませんから大丈夫ですよ」
と太鼓判をおされたけど、わたしとエンメルガルト様じゃ天秤が釣り合わないと思う。
あ、でもレギーナさんは魔王城屈指のできるメイドなので! レギーナさんが淹れてくれたお茶はアルバンさんと並んで美味しいので!
ハイダさん特製のお菓子を口に運んでいたエンメルガルトさまはぱちぱちと瞳を瞬かせた。
うーん。美しさが影をひそめるととたんにかわいらしくなるなあ、この方。
「どうかなさいましたか? お菓子のおかわりならたくさんありますからお気になさらずどんどんお食べになってください」
試作品ばかりで悪いけれど、新年祭に向けてたくさん作られているので消費に協力していただきたい。
ハイダさんが狂喜乱舞で作りまくってるんだよね。人界に修業に行けるメドが立ったからって浮かれすぎだよ、ハイダさん。ホルガーさんに感謝しようね? 今から人界でハイダさんの面倒を見ることに対してさっそく胃を痛めてるらしいから……。
ホルガーさん、なんて責任感が強いんだろう。誰もなりたがらなかったハイダさんのお目付け役に立候補するなんて……。おかげで魔界の製菓技術が発展すると思います。本当にありがとう。
「あの、王妃様」
「はい。なんでしょうか」
「間違っているのかもしれませんが」
エンメルガルトさまはなぜだか冷や汗をかいているようだった。
どうしたんだろう。今日のお菓子は成功品しか並んでないけど。もしや、うっかり混ざってた? 間違ってるかもしれませんが、『このお菓子はマズすぎて食べれたものじゃない』とか?
ハイダさんてば、好奇心旺盛すぎてときどきどうして混ぜた?! って材料を混ぜちゃうからなあ……。先に謝っておいたほうが……。
「お菓子が口に合いませんでしたか? すみません、担当した者に注意しておきますね」
お客さまのいる時はレシピにあるもの以外混ぜちゃダメって。
「いえ、違います。もしかして、新年祭に参加する者はもっとずっと後に魔王城に参上するべきだったのではないのか、と……」
「そういう方たちもいらっしゃると思いますけど、開催日だけを記載して、いつ来ていただくか指定しなかったのはこちらですし、早く来ていただけたのならふだんのシュングレーニィも見ていただけますから。
それにヴァーダイアではそういう習わしなのでしょう? 不勉強で申し訳ございませんでした」
わたしがそう言って頭をさげると、エンメルガルトさまは冷や汗を増やし、ジークくんにはにらまれた。え、わたしなにかマズイコトをやっちゃいましたか?
レギーナさんを見ても首をかしげられた。レギーナさんもわからないらしい。
「そんな、謝るのはこちらの方です。魔王陛下に相談した事がありましたので早めに参上したのですが、周囲の迷惑も考えず……!」
おお、美人はあわてても美人だ。
あわてかたにあわせて咲いていた小花が散ったり咲いたり忙しそう。
「お気になさらないでください。先ぶれがなかったのにはおどろきましたが、それもこちらの不勉強故ですから」
言ってからわかったけど、これは言っちゃダメなやつだったみたい。
すべすべさらさらしてそうなエンメルガルト様の白い肌が白を通りこして青ざめちゃった。
「すみません。先を急ぐあまり伝言蝶を追い越してしまったようです……」
うなだれるエンメルガルトさまだけれど、わりと魔界ではよくあることだ。
ええと、たしか一般的な伝言蝶が一日に百キロくらい、魔界の単位になおすと二十五リィットくらい飛べるんだっけ?
魔力や体力のない魔界人ならそれでもいいみたいだけど、魔王さまやアルバンさんやバルタザールさんみたいな魔力や体力がある人たちは簡単に追い越してしまうので急ぎでないときにしか使わないそうだ。
バルタザールさんが改造した伝言蝶ならもう少し速く飛べるみたいだけど。
ヴァーダイアで最大の領地を治めてるくらいだからエンメルガルトさまも魔力か体力に秀でているだろうし、追い越しちゃうのもしかたないと思うなあ。
……伝言蝶だけをやり取りできる空間魔術具とかどうだろう。それなら不幸な行き違いも起きにくくなるだろうし。魔王さまたちに提案しておこう。
「エンメルガルトさま、ほんとうにお気になさらないでください。伝言蝶を追い越してしまうなんて、魔界ではよくあることだと聞いています。
それにシュングレーニィを広く案内できるのも、新年祭に出す料理を試食していただけるのも嬉しいことです」
「そう言っていただけると救われます……。ありがとうございます、王妃様」
ほっとしたような表情のエンメルガルトさまにお礼言われちゃったー! 役得やくと……ジークくん、にらまないで。ジト目で見ないで。わたし変なことなんて考えてないよ。美人にお礼を言われてイヤな気分になる人なんていないから、これくらい許して……。
うう、こほん。
「エンメルガルトさま、陛下にご相談されたいことがおありとおっしゃっていましたが、わたしが聞いてもかまわないでしょうか?」
わたしは全力で話題を転換させた。
うう、ジークくんのジト目から逃げられない……!
※1身内で見慣れているうえ、中身を知っているのでそう感じるのであって、ゼーナちゃんもすごく美人です。
※2鼻がとてつもなく良い。目もとてつもなく良い。しかし脳筋ぎみ。




