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魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


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帰ってきました

「ただいま戻りましたー!」


 約ひと月離れていた魔界よ、わたしは帰ってきた! なんてね!

 門番たちも召使のみんなも並んで出迎えてくれた。ありがとう!

 ものすごく緊張するけど、嬉しいよ! だからもう仕事に戻って!

 故郷でゆっくり羽根を伸ばしてこれた。気付かないうちに疲れがたまっていたらしく、寝込んでしまったのが地味にショックだった。

 アルバンさんが言うには魔界で働きすぎていたから、らしい。今後はもっと休みを取るように言われてしまった。うう、そんなあ……。

 わたしとしては魔界の発展にもう少しくらい協力させてもらえたらなあ、と思ってるんだけれど……。

 後進の育成にご協力くださいと言われてしまうと断れない。おとなしくアイディアだけ出していよう。…………でもちょっと手伝うくらいならいいよね?

 整列していた人の波が途切れたのは魔王さまの執務室の前だった。

 アルバンさんはにこにこ、エルフィーもにこにこ、ゼーノはくだらねーみたいな顔をしてそっぽを向いている。なんならあくびもしている。

 い、いいの? 魔王さまはまだ仕事中なんじゃ? 晩さんまでくらいわたし待てるよ?

 いいからいいから、とわたしの背中を押して、三人は行ってしまった。ほんとにいいのかな。荷解きも終わってないんだけど……。

 そっと扉を開けてのぞいてみる。うん。今日も魔王さまはかっこよかった。思わず扉をしてめてしまうくらいに。

 はい、深呼吸。落ち着いて、わたし。

 魔王さまにただいまを言うという、重大任務を任されているんだから! しっかりして、わたし!

 意を決して扉を開けて、部屋の中に入る。

 仕事のじゃまをしないようにこっそり入ったんだけれど、うん。はい、魔王さまとバッチリ目が合いました。そうですよね、バレバレですよね。


「た、ただいま戻りました、魔王さま」

「うむ。お帰り。無事で何よりだ」


 魔王さまがペンを置いて、こっちに来るのを慌てて止める。


「お仕事のじゃまをするつもりはなかったんです! 荷解きもまだしてませんし、ちゃんと晩さんまで待てますから!」

「――そうか」


 わたしの言葉にかまわず、魔王さまはわたしを抱き上げた。か、かお、ちか……!


「だが私は待てないのだ。仕事は明日の分まで終わっている」


 そう言って、魔王さまはわたしにほおずりした。

 魔王さまの鼻筋がわたしの顔とか首に………!


「どうかこのままでいさせてはくれないだろうか。私に今日まで離れていた分、君と過ごす時間を与えて欲しい」

「……はい」


 気絶しなかったわたし、すごい。でもたぶん顔から湯気を出してると思う。うひゃあ魔王さまのきれいな瞳がすぐちかくに…………。

 そのまま温室に移動しました。ええはい、抱き上げられたままです。ものすごく恥ずかしかったけど、魔王さまにじかに会うのは秋祭り以来だし、やっぱり嬉しいし、誰にも会わなかったからいいかな、って。

 ん? 秋祭り以来? …………………そ、そうでした。

 秋祭りの別れ際に、わたし、魔王さまと、き、キキ、キ、キ……――!


「リオネッサ? どうかしたのかね?」

「うひゃい?!」


 応答がなかったらしいわたしを魔王さまが心配そうにのぞきこんでくる。かお! ちか!


「だだだだだだいじょぶです! なんでもないです!」


 顔をぶんぶん左右にふってなんともないことをアピールするとともに熱を冷ます。一石二鳥!


「……顔が赤いが、もしや熱でも?」


 魔王さまの肉きゅうにふかふかとほっぺを触られた。そのままおでことおでこをくっつけられる。

 気絶しなかった、わたし、すごい。


「熱はないようだが、少し熱いようだ。風邪の前兆かもしれない。名残惜しいが今日はこれでお開きにするとしよう。ゆっくり休みなさい」

「い、いえ、あの、魔王さま、だいじょぶです」

「無理は良くない。向こうでも何度か寝込んだだろう」


 はい。そうです。実は秋祭りのあとも体調崩してました。でも今の体調は万全ですよ!


「ほんとに、だいじょぶです。ええと、あの、その、魔王さまがかっこよくて、かおがちかくて、は、はずかしいだけ、ですから…………」

「―――そうか」


 魔王さまもわたしも黙ってうつむいた。

 ほうわああああああ恥ずかしいいいいいい! こういうときってどうすればいいの?!

 マルガさんに教わっとけばよかった! たすけてマルガさん!

 わたしがしゅうちに身もだえることもかなわぬままじっとしている間に魔王さまがテキパキとお茶の用意をしてくれていた。

 ――いい香り。

 あああわたしのばかあああああ! 魔王さまにお茶を淹れるチャンスううう!


「……ありがとうございます」

「うむ」


 お茶を飲みながら魔王さまを盗み見る。

 お茶を飲む魔王さまもやっぱり絵になる。『今日の魔王さま』というタイトルで絵葉書でも売り出したら大儲けできそう。

 いやいやいや。こんなにかっこいい魔王さまを広く売り出すなんてとんでもない。もうしばらく独り占めさせてもらおう。


「その、――すまない。少しうかれていたようだ」

「?! あやまらないでください! うかれているのはわたしもですし、イヤなわけじゃないですし!」


 ええと、これは言おうか、うう、ものすごく恥ずかしいぞ………。ええい! 女はどきょー!


「それに、う、うれしい、ので………」


 言っちゃったー! そうですものすごく恥ずかしいけど、それと同じかそれ以上に嬉しいのでしたー!


「そうか」

「……ひゃい」


 瞳を細めて柔らかい表情をする魔王さまにわたしの心臓が力強く脈打つ。お願いだからもう少しくらい落ち着いてくれないかな。ろれつが回らなくて変な返事をしちゃったんだけど。


「ならばこれも許されるだろうか」


 あー! 魔王さま、困ります! 嬉しいですけど、困ります! あー! かっこいい! スマート! 力強い! あー! わたしはっきょうしないなんてすごい!!

 くつくつ笑い声を上げながら、魔王さまは軽々とわたしを膝の上に抱き上げた。

 魔王さまがちかい! かっこいい! すき!


「実を言えば、ずっと君とこうしてみたかったのだ、リオネッサ。

 だが、私が近付くといつも緊張している様子だったので控えていたのだが――」


 そのまま控えてくださったままでもぜんぜんかまいませんよ?! ときどきはしてもらえると嬉しいですけど、毎日だと体がもたないと思うんです! 体温が上がりすぎて蒸発しちゃうと思います!

 そんなわたしの主張はあっさりと却下されてしまった。

 ちょっとだけ意地悪そうに牙を見せて笑う魔王さまはすばらくかっこよかった。

 わたしの心臓はよく止まらなかったと思う。


「毎日しているればその内に慣れるだろう。そうすれば私も遠慮しないで済むし、君も私に遠慮なく甘えやすくなるのではないかと考えるのだが、どうだろう」


 金魚のように口をぱくぱくさせるだけで、言葉を返せないでいるわたしに魔王さまは続ける。

 ッヒャーーー!! 魔王さま頬ずりヤメテー! とけます! わたしチーズになっちゃいます!

「君が魔界に慣れるまでは、と思っていたのだ。知っての通り、私は力加減が上手くない。

 アルバン達にも花嫁を傷付ける可能性は無くしておけと繰り返し言われていてね。君が魔界(こちら)に慣れて私を受け入れてくれるまではいつまでだろうと待つ気でいた」


 わたしは首をかしげた。

 顔はまだ熱かったけど、というか体全体で湯気を吹き出しているきすらしたけど。

 たしかに魔王さまは力加減があんまり上手くない。それはアルバンさんやバルタザールさんを見ていればわかる。

 例えるならろうそくの火を吹き消すのに他の人が手であおぐとか、息をふっと吹きかけるところで、うっかり暴風を起こしてしまうのが魔王さまだ。

 けれどそれは魔王さまが持つ力が強すぎるせいだ。わざとじゃないのだし、がんばって力加減をしているのだから、落ちこむことはないと思うんだけれど。

 あ、でもそれとは別でスキンシップは加減しまくってくださるととても助かります。


「君は既に私の事を受け入れてくれていたのだな。理解はしているつもりだったのだが、すまなかった。

 これからは遠慮はしないと誓おう」


 んんん? え? 魔王さま、そんな、誓うとか大それたことはしなくてぜんぜんだいじょぶですよ?

 ほら、今だって朝夕ほっぺにキ、キスしてるじゃないですか? それだってようやく慣れてきて、キスしたあとでも自然にふるまえるようになったんですよ? む、むりはよくないと思うんです。


「大丈夫だ。こちらも慣れれば問題ない」


 楽しそうに笑った魔王さまはわたしのほっぺにキスをした。りょうほうに。

 そのあとおでこにも指の先にもされて、これで終わりかと油断したところで唇にキスを贈られた。

 そこで意識が途絶えたわたしだが、新年が明けるころにはすっかり慣れているのだから、慣れって偉大だ。

※できません。まず絵師が怖がって描けない

※結局売り出される事はなかった。魔王の肖像画で一番多いのは王妃と共に描かれた物。

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