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魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


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ゼーノとエルフィーその2

  エルフィーはしばし逡巡してから口を噤んだ。

 それを見たゼーノは器用に片眉を上げる。

 そして意地悪そうに、否、意地の悪い笑みをその優美な顔に乗せた。


「当ててやろうか? お前が何で今日に限って魔獣退治なんか思い付いたのかをよお」


 ニヤニヤと嫌らしく笑うゼーノからエルフィーは目を逸らした。ゼーノの笑いはますます深くなる。

 バカめ。獲物から目を離すもんじゃねェぞ。


「お前が今日、村の(ガキ)どもとの遊びを蹴ってまでここに来たのはもちろん魔獣を殺すためだ。

 なぜ今日なのか。

 村に来た初日に気付いていたのに?

 なぜ誰にも言わず一人で来たのか。

 出かける時には行き先を言って行けと口煩く言う奴ら、それこそリオネッサにも言わずに?

 答えは簡単。お前は」


 そこまで言ってゼーノは魔術を使い空気を圧縮して作り出した不可視の刃を振るった。

 エルフィーの歌がそれに弾かれて地面に落ちる。

 ゼーノは何事も無かったかの様に続けた。


「お前は手柄を独り占めして褒めて貰いたかったからだ」

「………!」


 エルフィーの元々大きい目がさらに大きく開かれた。図星を突かれたらしい。

 そんなエルフィーの様子に構わずさらに続ける。猫が面白半分で鼠を甚振(いたぶ)るのによく似た目をしながら。


「リオネッサが寝込む兆候も理由もさっぱりわからなかった。

 自分はリオネッサ(ママ)の子どもなのに。役に立てなかった。

 ――それなら挽回しないと。

 ってところだろ?」


 エルフィーは何も答えない。しかし、固く握りしめた拳は細かく震えていた。


「残念だったなァ。魔獣は守り神扱いされてるから殺せば褒められるどころか説教だったぜ? 止めてやった俺様に感謝しろよ、チビ」

「………………」


 ふんぞり返って煙草を咥えようとしたゼーノはそのまま取り落とした。

 いつもだったらすぐさま拾い上げるのだが、今はそれどころではない。


「お、おい泣くなよ。俺が泣かせたみてェじゃねェか」

「………泣いて、ない」

「ウソつけ」


 大粒の涙をぼたぼた落とされてはさすがのゼーノも慌てた。

 泣く子には勝てない。

 世界の真理を痛感し、ゼーノはハンカチを探し回り、いつもの如く持っていなかった事を思い出し、仕方なく上着の裾でエルフィーの顔を拭ってやった。

 抵抗する気が起きないのか、エルフィーはされるがままだ。


「おーおーきったねェツラだな。リオネッサが嘆くぞ。だから泣き止め」

「………」

「なんだよー。本当のコトだろー。泣くなよー」


 エルフィーとしても涙を止めたいのだが、泣くのはこれで二回目だったものだから止め方がわからない。前に泣いてしまった時は気が付いたら止まっていたし、読んだ本にも涙の止め方など書いてなかった。

 仮に止められるとしても、ゼーノの言う通りに泣き止むのは癪だった。むしろもっと泣いてやろうかとさえ思えてくるのだから不思議だ。

 しかしいつまでも泣いていては話が進まない。エルフィーは何とか泣き止もうとしてみた。

 ……のだが、涙は一向に泊まる気配を見せない。やむなくそのまま話す事にした。


「ママ、のっ、一番、近くにっ、いた、のにっく、気付け、なくて、だから、役に立、とうと、した、ことのっ、どこっが、わる、い」

「あーー、あとでちゃんと聞くからまず息吸え。無理にしゃべるな。ホレ、深呼吸しろ。

 吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー」


 しゃくり上げるエルフィーにいよいよ進退窮まったゼーノはその小さな体を己の膝に座らせると、背中を(さす)り、軽くたたいてリズムを取る。


「別に悪いなんて言ってねーだろ。ただ残念だったなって言っただけだろ。相談もなしに決めたのはどうかと思うけどな」


 ぐず、と鼻を鳴らしたエルフィーの顔を覗いて上空を振り仰ぐ。まったくの秋晴れが広がっていた。


「なんでそんな泣くんだよ。そこまで落ち込むこたぁねェだろーが。ちょっと早とちりしただけだろ。実際何もしてねェんだぞ。次から気を付けりゃいいじゃねェか。

 それとも何か、一回でも失敗(ミス)ったら捨てられるとでも思ってんのか」

「………」


 返された沈黙を肯定と受け取り、ゼーノは白磁を思わせる額を指で小突いた。


「オマエ、めんどくっっっせえ性格してんな」

「……………」


 エルフィーは嫌そうな顔で不愉快さを表現したが、ゼーノは取り合わない。


「リオネッサの奴はかわいくおねだりしてやりゃお前の言う事なんざホイホイ聞くぞ?

 魔王だってパパとでも呼んで抱き着きゃ何だって聞き入れるだろ。

 そんな奴らが一回や二回や三回失敗したところでお前を捨てる訳ねェだろ」

「……そう、かな」

「そうだっつーの。見てりゃわかるわ。と言うかお前が気付いてなかった事に驚きだわー。

 頭良いんじゃなかったのかよ。なに、お前の頭って飾りだったの? へー知らんかったわあー」


 何の為にか全力で煽ってくるゼーノに対して、エルフィーは拳を握った。ヘラヘラと笑っている顔面にぶち込みたい気持ちを必死に抑える。


「ゼーノには、わからない」

「当たり前だろ」


 ゼーノはあっさりとそう言った。言われたエルフィーは呆気に取られる。


「逆にわかる方がコエーわ。それともお前は俺の事を全部わかりますってか? おーコエー」

「ゼーノの事なんか、わかんない」


 何故ここまで馬鹿にされなければいけないのか。

 エルフィーはそっぽを向いて頬を膨らませた。

 その頬を指で潰しながら、ゼーノはエルフィーを膝から下ろし、隣に座らせる。

 そうされて気付いたのだが、涙はいつの間にか止まっていた。


「だろ。誰だってそれがフツーだ。自分の事だってわかんねェ奴だっていんだぞ? なおさら他人の事なんざわかんねェよ。わかんねェから話し合うんだろ。

 で、お前の口は何の為にあンだ? 言いてェ事も言えずに全部飲み込んで噛み潰す為かよ」

「……違う、けど……」


 そこでゼーノは落としたままになっていたタバコを拾い上げ、汚れの有無を確かめる。別段、吸う事に問題がないとわかるとさっそく咥えた。

 それを見ていたエルフィーがうへえ、という顔をしてもきれいに無視して続ける。


「嫌われるのが怖いってか? バーカあのお人好しをナメるなよ。

 あいつが何年俺の幼馴染やってると思ってンだ」


 目から鱗が落ちるというのは今の自分の状況を言うのだろうな、とエルフィーは痛感した。

 確かにゼーノの言う通りだった。

 何故今まで気付かなかったのかと、エルフィーは自己嫌悪に陥った。


「ゼーノみたいなク……、ダ……、突拍子もない人の幼馴染をやってるママが私を捨てる訳がなかった」

「今クズとかダメ人間とか言いかけたな?

 まあいい。とにかくそいういう事だ。そもそも拾ったのに捨てるかよ」

「うん。そう、だね」


 エルフィーは常備しているハンカチを取り出し改めて顔を拭く。

 ようやくそうできるだけの余裕が戻ってきた。


「ありがとう、ゼーノ…………さん」

「おう。良いって事よ」


 泣き腫らした目元は赤いが、ようやく何の憂いもない表情で笑う事ができたエルフィーにゼーノもまた笑顔を返した。


「つー訳で金貸してくれねェ? 今日の事は黙っておいてやるからさあ」


 ニヤニヤと下卑た笑顔ですり寄ってきたゼーノの顔面に鈍器型の歌をお見舞いして、今回の事はきっちり報告して叱られよう、と決めたエルフィーだった。

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