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魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


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ゼーノとエルフィー

「毎年悪いわね~!」

「いいのよ気にしないで。いつもお世話になってるもの」

「そうそう。困った時はお互い様よ」

「ここはどうなってるの?」

「そこはね…こうなって、こうなるの」

「ありがとう!」

「お茶が入ったわよー」

「わあっ、おいしそう!」

「助かったわー、もう肩がこっちゃって」

「きゃあっ! これすごく美味しい!」

「魔界のお菓子って美味しいのね~」


 今日は村の奥さまがたや、女の子たち、裁縫好きが集まって仮装衣装を作る会が開催されている。

 場所は村の集会場で、今日は商談がないらしいアルバンさんがしれっと馴染んでいた。

 秋祭りの衣装は各家庭で手作りするしかないのだけれど、もちろん裁縫が得意な人ばかりではない。そんな人たちのために毎年この会は開かれている。

 三人よらばなんとやらというやつだ。三人どころか村の半分くらい集まってるけど。おやつ目当ての人もいるけど。

 今年はピヴァーノ家からそれなりの布を提供したので、どの家も衣装が豪華になりそうだ。


「それにしてもエルフィーちゃんが不参加なのは残念よねえ」

「近くで見たかったわあ」

「できることなら髪の毛いじらせてもらいたーい」

「私は餌付けしたい……な」

「かわいいわよね、エルフィーちゃん」


 エルフィーは村の子たちと森に行っているはずだ。

 うん、今日は来なくて正解かな! あやうくもみくちゃにされるところだったね。エルフィーは世界一かわいいから気持ちはわかるけど。

 今ごろは村の子たちと森でも探検してるかな? 話を聞くのが今から楽しみだなあ。


***


 一方その頃エルフィーは、リオネッサの予想通り森の中にいた。

 しかし、周囲に他の子ども達の姿はない。一人で森の中を進んでいた。

 その足取りには戸惑いも恐れも見えない事から迷ったのではない事が知れる。

 エルフィーは段々と薄暗くなっていく森の奥へ奥へと進んで行った。


「おーいクソガキ。どこ行こうとしてやがる。そっちは立ち入り禁止だって聞いてねェのか?」

「聞いた」


 木の上から飛び降りてきたゼーノにちらりと視線を寄越しただけで、また歩き出す。


「オイコラ止まれ。立ち入り禁止だっつってンだろ。ちゃんと聞いてましたかー? オマエの耳は飾りデスカー?」

「放して……」

「放すか」


 ゼーノは有無を言わせずエルフィーの頭をがっちりつかんで引きずっていく。エルフィーは抵抗するが、腕力の差は如何ともし難い。

 ずーるずーると引きずられあれよあれよと森の入り口付近にまで戻る事になった。


「邪魔、しないで……!」


 森の奥へ行く事を邪魔されたからか、ずっと頭を掴まれて移動させられたせいか、エルフィーはめったにない大声でゼーノの手を振り払った。

 ゼーノはすぐさま飛び退(すさ)る。そのすぐ後にエルフィーが紡いだ歌が突き刺さった(・・・・・・)。寸分の狂い無く、一瞬前にゼーノがいた場所に、である。

 光り輝く短槍状のそれは儚く音を響かせ、脆く砕けていった。

 ゼーノは一呼吸だけ息を吐くと、次の歌を用意するエルフィーを手で制する。物騒な顔をしているエルフィーを見ればリオネッサが嘆くに違いない。


「邪魔するに決まってンだろ。お前、自分が何しでかそうとしてたかわかってるか?」

「……?」


 いつになく真面目な様子のゼーノにエルフィーは歌を()めた。

 エルフィーが歌うために集めていた魔素が霧散し始めた事を確認したゼーノは内心で舌打ちをした。

 いくら魔界との境界が近いラシェ村とはいえ、空気中に漂う魔素は多くはない。魔界と比べれば無いも同然だ。それなのにこうも簡単に多量の魔素を集めてしまうとは末恐ろしい子どもだ。

 バルタザール………さんが警戒するワケだ、とやはり内心でだけ溜め息をついた。


「まずは確認だ。お前は森の奥に行っちゃいけねェって知ってた。それでも行こうとした理由はなんだ?」


 ゼーノは倒木に座り、エルフィーにも座るよう促す。少しだけ考える様子を見せてエルフィーはそれに従った。落ち着いて話し合おうという意思は伝わったらしい。

 エルフィーは説明を頭の中で順序立てているのだろう。俯き、しばらく沈黙してから言葉を発した。


「森の奥に、強い魔力を感じる。おそらく、魔獣。ママの村に近付かないように、殺す」


 やはり、と今度は隠さず深い溜め息を吐いたゼーノに呆気を取られ、それからバカにされたとエルフィーは鋭い視線を向けた。


「村に近付けさせねェようにって心がけはいいけどな、ちゃんと考えて行動しろ。

 …………なんだよ、その目はよ」

「いつも、何も考えてないゼーノに言われたくない」

「考えてなくて悪かったな!!」


 ガシガシと頭を掻いたゼーノはそれでも静かな口調で会話を続ける。


「いいか? 森の奥に立ち入り禁止になってンのはお前の言う通り魔獣がいるからだ。そんなもんは村の奴らだって全員知ってる。アルバンさんだって気付いてねェワケねェだろうが」

「………」


 ならなんで、どうして殺さないの、と視線だけで問うてくるエルフィーに再びの溜め息を誘発されても、ゼーノは真面目な態度を崩さなかった。


「奥にいる魔獣が人を食わねェからだよ。食わねェどころか年中眠りっぱなしで起きやしねェ。

 昔ぶっ叩いてみたんだがピクリともしなかったな。

 あれが起きンのは秋祭りが終わった後の一日だけだ。見てたからな。間違いねェ」


 そもそも、とようやく格好を崩したゼーノが面倒臭さを隠さずに耳をほじった。ともすれば鼻までほじりだしそうな雰囲気ですらある。

 そんなゼーノに気が抜けたエルフィーもまた格好を崩した。真面目に聞いているのが馬鹿らしくなったのだ。

 リオネッサから聞いた


「ゼーノはね、基本的にクズだから。悪いやつじゃないけど善良ってわけじゃないし、真剣な話をしてても三分も持たないし、他人(ひと)をおちょくるのが大好きだし、他人(ひと)を陥れるための苦労もわりといとわないほうだから、信用はしないほうがいいよ」


 という言葉を噛みしめる。確かに三分も持ってない。


「デケェ亀みてェは魔獣でな。お供えの野菜しか食わねーんだわ。

 横取りしねェ限り周りの事なんざ見向きもしねェよ」


 エルフィーは思った。

 何故そんな事を知っている。取ったのか。お供えを。


「いやー、あんときゃまいったまいった。親父(クソオヤジ)にもお袋にもしこたまボコられたからな。悪ィ事は言わねェからやめとけって」


 取ったのか。お供え物の野菜を。まさか生で食べたのか。


「リオネッサもぎゃんぎゃん泣いてウルセーしよー。ちょーっと吼えられただけじゃねーか」


 エルフィーは誓った。

 これからはもっと物事をよく考えてから行動に移そう、と。

 ゼーノのような存在にならない為にも周囲と報告、連絡、相談をしていこう、と。


「で、だ。お前は何でまた魔獣退治をしようなんざ思いついたんだ? 魔獣の気配にはラシェ(ここ)に来た初日に気付いてただろ。

 ――なんで今日、魔獣を退治しようとした?」

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