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魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


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母と

 手鏡の中には美人がいる。


「どうかな、エルフィー」


 エルフィーは興奮したようすでわたしが編んだ三つ編みおさげを触ったり、鏡の中の自分と見比べたりして忙しい。

 今日のエルフィーは質素な作業着に身を包んでいる。

 城で使っていた作業着も持ってきていたのだけれど、ラシェ村では目立つこと目立つこと。

 フリルですら珍しい部類に入ってしまうこの田舎で、メイド服を着たエルフィーはそれはもう目立って仕方なかった。

 村中の注目を浴びてしまい、ぐったりなエルフィーにお母さまが貸してくれたのがこの作業着だ。良い感じにくたくたな作業ぎに合わせて、せっかくだから髪形も変えてみた。

 初めてエルフィーを三つ編みにしてみたけれど、やっぱり似合ってる。エルフィーはどんな髪形をしても似合うね。

 わたしはいつものおろしてるほうが美少女感が出てて好きだけど、作業には向かないんだよねー。

 ぴょこぴょこゆれる触角をしばしながめてから、おさげをまとめてお団子状にしてできあがりだ。帽子をかぶれば隠れてしまうけれど、かわいいからいいのだ。見えないとろこにも力を入れるのが真のおしゃれさんというものらしい。ちょっとばかりくたびれた作業着すら着こなしてしまうエルフィーマジエルフィー。


「今日もエルフィーは畑に行くんだよね? わかってると思うけど、ちゃんと休憩は取ってね。それと、お父さま……おじいさまの腰に気をつけてあげて。かわいい孫(エルフィー)にいいところをみせようとして張りきっちゃってるだろうから」

「うん。わかった」


 お父さまにはせっかく今は人手が増えてるんだからのんびりしてほしい。わたしじゃなくてむしろお父さまが休むべきなのでは?

 親孝行って言えば代わりにわたしが仕事できるし、お父さまは休めるしでいいことづくめじゃない? うんうん、いい考え。さっそく提案してみようっと。


「じゃあ行こうか」

「うん」


***


「おはようございます」

「おはよう、ございます」

「おはよう二人とも」


 食卓にはみんながそろっていた。わたしたちが最後だったようだ。

 う~ん。今日も美味しそうな朝ご飯。でもヤギ乳とパンにしとこうっと。


「今日は三つ編みにしたのね。似合ってるわ」

「ありがとう、ございます」


 お父さま。うなずくだけじゃなくて、声を大にしてほめちぎっていきましょうよ。


「あれ? お姉ちゃんそれだけでいいの?」

「うん。今日はあんありお腹減ってないから」


 わたしがいつも大食いみたいな発言はひかえていただきたい。ほら、エルフィーが自分とわたしの皿の上を見比べてるじゃない。

 違うんだよエルフィー。今日はたまたま食欲がないだけで、エルフィーが食べすぎてるとかじゃないからね。そしてわたしもいつもたくさん食べるわけじゃないから。

 もしかして、いつものわたしってエルフィーが不思議がるほどたくさん食べてた? うわあ……。にのうで……。


「ほらあなた。エルフィーに見とれてばかりいないで食べちゃってくださいな。

 エルフィーと畑に行くんでしょう? 準備があるんじゃありませんか?」

「あ、ああ。すまん。

 コホン。とても似合っているぞ、エルフィー」

「ありがとう、ございます」


 仲良く照れる二人。

 和やかな空気の中、ここで親孝行を建前に畑仕事を手伝う発言をしようとしたわたしだったが、お母さまに先を越された。


「リオネッサ。頼み事があるから、食べ終わったら部屋で待っていてちょうだい」

「はい。わかりました」


 頼みごとってなんだろう。秋祭りの準備かな?

 もそもそとパンをヤギ乳で流しこみ、わたしはそうそうに席を立った。

 畑に行くエルフィーを見送るなら自室からのほうがよく見えるし、かっこいい気がする。なんとなく。裏庭側の畑だと見えないけど。


「ごちそうさまでした。エルフィー、無理はしないようにね」

「はい、ママ」


 私にはないのか……? とでも言いたげな視線を向けてくるお父さまににもいってらっしゃい、と声をかけて自室に戻ったわたしはお母さまがちょっとだけ呆れた表情で溜め息をついたことは知らないままだった。


「お嫁にいって成長して帰ってきたと思っていたけど、まだまだ子どもだったみたいねえ」

「お母さま、嬉しそう」

「うふふ。そんなことないわよ?」


***


 自室に戻ってなんとはなしにベッドへ座る。なんでか靴をはいていたくなくなって脱いでしまった。

 行儀も悪いけれど、ベッドに寝転んでごろごろしてしまったりなんかして。

 うーん。なんだかなんのやる気も出ないぞ。もしやこれがうわさに聞くホームシック?

 そっかあ。いつの間にやらわたしの帰る場所は魔王城になってたんだあ。

 そりゃ、いつだって魔王さまのそばわたしの帰る場所なんだって自覚はあったけどね? 頭で考えてっていうのと、自然とそうなっちゃうっていうのはやっぱり違うじゃない?

 そっかあー。ついにわたしは心から魔界人になれたのかあー。うれしいなあー。


「うぴゃっ!?」


 ごろごろ転がりながら考えていたらいきなりおでこに冷たいものをのせられて、変な声を出してしまった。うぴゃってなんだ。うぴゃって。


「お、お母さま……?」


 冷たいものの正体はぬれた手拭いで、置いた犯人はお母さまだった。

 みょうに嬉しそうな顔で私の首を触ったり、手を握ったりしている。水仕事をしてきたらしいお母さまの手はひんやりしていて気持ち良い。

「ふふふ。本当にうちの()はかわいい娘ばっかりよねえ」

「………?」

 そりゃあ、ヴィーカもエルフィーもかわいいけれども。だからそんなに嬉しそうなの? うんうん。エルフィーもヴィーカもかわいすぎるくらいにかわいいもんね。

 なぜだか寝かされたままりんごのすりおろしを木匙で食べさせられてるんだけど。なんで? りんごおいしい。

 お母さまはやっぱりにこにこ笑いながらわたしの口にりんごを運ぶ。おいしい。食欲はないけどおれは食べられちゃう。

 ぺろっと平らげたわたしをなでて、お母さまはとん、とん、とゆっくりふとんを叩く。

 ううん。なんだか、とても、眠くなって……きちゃった………。


「秋祭りの準備は手伝ってもらうから、それまではゆっくり寝てなさい。

 今年はリオネッサのおみやげのおかげでちょっと豪華になりそうよ」


 はい……、お母さま………。がんばります………。


***


 眠りに落ちた娘をひとなでしてアデリナは溜め息を吐いた。

 呆れと、安堵と少しだけ喜びの混じったものだ。

 リオネッサは自分が熱を出しても気付かない事の方が多い。今日もそうだった。

 いつもより眠たそうな表情で、いつもより緩慢な動作で、いつもより食欲がない。それがリオネッサに熱が出た時の症状だ。放っておけば倒れてしまう。

 それをまだアルバン達は知らないのだろう。

 アデリナは教えてあげなくちゃね、と独り言を呟き、リオネッサの額を冷やして温くなった手拭いを取り換え、空になった皿を持って立ち上がった。

 娘を一番理解できているというほんの少しの優越感とこれからそうでなくなってしまう物寂しさとが複雑にアデリナの胸の内を走り回っている。

 今でこそ魔界へ旅に出るくらい丈夫な体になったルドヴィカだが、小さな頃はよく熱を出しては寝込み、部屋から一歩も出ない日だってあるくらい体の弱い子どもだった。

 そんなルドヴィカに付きっきりになるアデリナの事も、良い医者に診せる為、高価な薬を購入する為に、働き詰めになるテオドジオのこともリオネッサは責めなかった。

 寂しかった事など数えきれないほどあっただろうに、口に出す事はなかったし、ルドヴィカに当たる事もしなかった。

 遊びたい盛りの頃も率先して家事をこなし、畑仕事も針仕事もこなしては、近所の子守りやお使いを手伝って少ないながらも小遣いまで稼いでいた。

 気付けば存分に甘えさせてやれないまま嫁入りが決まっていた。

 だから、不謹慎ではあるけれど、甘えさせてやれて嬉しい、なんて思ってしまうのだ。ただの自己満足でしかないとわかってはいるけれど。


「う~ん。甘えさせすぎちゃってもサヴィーノさん()のバカ息子みたいになっちゃうかもしれないのだけれど………リオはなりそうもないわねえ」


 体調の悪い時くらいにしか甘えさせてやれない娘を想ってアデリナは微笑した。

 旅の疲れもあるのだろうけけれど、慣れない環境で気を張って、気付かないうちに少しずつ疲れを溜めていたのだろう。故郷に帰ってくるなり気が抜けて熱を出すなんてかわいいではないか。

 おそらく次に目覚めた時にはすっかり熱が下がっているはずだ。

 昼食は粥になってしまうけれど、夕食には食欲も戻っているはずだからリオネッサの好物ばかりを作ってしまおうか、と考えて(かぶり)を振った。

 リオネッサの好物も、ルドヴィカの好物も、テオドジオの好物も作ろう、と決めた。

 周囲が嬉しそうにしていると、つられて嬉しくなってしまうのがリオネッサなのだ。

 夕食の仕込みに手間がかかるが、構わない。


「ヴィーカもいるし、力仕事はオルフェオに任せられるし、エルフィーにも手伝ってもらえるし、だいじょぶだいじょぶ」


 足取りも軽くアデリナは台所へと歩いて行った。

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