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魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


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当日準備

 さあ今日はいよいよ猫の月二十二日、つまり我らが魔王さまの誕生日です!

 今日はお休みですと前もって伝えてあるので、魔王さまは今ごろのんびりと温室の手入れをしているはずです。

 わたしはパーティーの準備をするため今日のところは泣く泣くお手伝いをお断りしてきました。その代わりにエルフィーがお手伝いしてくれています。

 明日はぜったいお手伝いしますね、魔王さま!!

 食堂も会議室も大きすぎて身内だけのパーティー会場には向かないということで、厨房からほど近いこぢんまりとしたこの部屋が会場に選ばれた。温室の手入れが終わるまでにここを飾りつけなくては!

 魔王さまには内緒でこっそり育てていた花を生け、みんなで作った垂れ幕をつるし、色紙で作った飾りを取り付けていく。

 ナプキンやイスのカバーは刺しゅうが得意な人たちががんばってくれた。おかげでシンプルかつ豪華に仕上がっている。

 料理は鋭意制作中で、試作品を食べさせてもらったけれど、すごく美味しかった。これなら魔王さまも喜んでくれるはず。

 プレゼントはみんな用意できたし、誕生歌も練習してちゃんと歌えるようになったし、うん、完璧!

 欲を言えば楽団が欲しかったところだけれど、楽器がないし、あったとしても楽譜がない。ついでに演奏者もいない。

 田舎暮らしの貧乏貴族は音楽に親しむということがない。少なくともわたしの家はそうだった。

 新年の集まりに村のみんなで歌うくらいがせいぜいで、楽器は年に数回訪れる吟遊詩人のものを遠めに見たことがあるくらい。王都に行ったときに少しくらい見ておけばよかった。

 横笛くらいならなんとか吹けるけど、持ってこなかったし、作り方は知らないし、楽器のことを思いついたのはパーティーを思いついてからだいぶたった後で、取り寄せるにしても時間がたりなかった。

 そんな訳で、今日はギードさんの相棒のベルが伴奏替わりを務めてくれることになっている。

 くっ………! これからはちょっとずつ音楽の時間も増やそう。まずどんな楽器があるか聞いてみようっと。


「リオネッサ様。魔王様が温室の手入れを終えられたそうです!」

「わかりました!」


 わたしの代わりに魔王さまを手伝ってくれていたエルフィーから連絡がきたようだ。慌てて作業用のエプロンを脱いで食堂に向かう。

 今日も空間移動する扉が大活躍だ。

 扉を開けてくれた執事さんにお礼をいって扉をくぐると、まだ魔王さまたちは来ていなかった。

 マルガさんがはやくはやくと手招きをしている。

 それにうなずき、急いで席に着く。

 お昼はごちそうが待っているので、今日の朝食は少なくしてもらった。

 ケーキはもちろん食べたいし、今日のための主菜も、その他もろもろの新作も全部食べたい。

 だってみんなの力作だし! 完食はムリでも一口ずつはぜったい食べたい。なんだってわたしの胃袋はこんなに小さいのだろう。もう少し大きくならないかなあ。

 身だしなみを整えながら今後の計画を考えていると、魔王さまとエルフィーがやってきた。


「む、すまない。少し遅れてしまったか」

「いいえ、そんなことはありませんよ」


 あれ? 心なしか魔王さまの元気がないような。どうかしたのかな。温室でなにかあったとか?

 お気に入りの花がまだ咲かなかったとか、それとも咲いた花の色が理想と違ったとか?

 でも魔王さまはそれも楽しまれるような方だし……。

 うーん。なにがあったんだろう。

 やだな。せっかくの魔王さまの誕生日に魔王さまに嫌なことがあったかもしれないなんて。


「リオネッサ。いつもより量が少ないようだが、どうかしたのかね」

「え? ええと、今日は新作お菓子の味見をさせてもらえることになっているので、たくさん食べられるように朝食を減らしてもらったんです」

「……そうか」


 あれ? さらに元気がなくなって……? わ、わたし、へんなこと言ったかな?

 魔王さまがしょんぼりしている理由がさっぱり思い至らないまま朝食が終わった。

 ええい、憂うつな気分もパーティーで吹き飛ばしてもらえるように気合を入れなくては!


「それでは魔王さま、わたしたちは厨房にいますので!」

「いますので」

「ああ、またあとで………」


 ケーキだけはわたしが手作りさせてもらえることになっているので、急いで行かなきゃ。

 待っててくださいね、魔王さま。

 今までで一番美味しいケーキをご用意いたします! がんばるぞー、おー!


「ママ、わたしもがんばる」

「うん、いっしょにがんばろう!」


 二人で厨房の扉を開けるとついて来ていたマルガさんがなぜか深いため息をついた。


「どうかしましたか?」

「ううん~。なんでもないわ~。

 さ~、ちゃっちゃと作っちゃいましょ~」

「はい!!」


***


 厨房にこもってはや数時間。

 ケーキ作りは順調で飾りつけをするだけだ。


「ここが正念場だよ、エルフィー」

「うん!」


 クッキーのプレートにアイシングで文字を書くのがエルフィーの役目だ。

 わたしはエプーの皮と薄く切った身をいっしょに煮こんで、ほんのりバラ色に染まったそれをくるくると巻いていき花の形を作っていく。

 バラ色の身を巻き終わったら、今度は黄色になったものを巻いていく。それが終わったら今度はオレンジ色になったものを巻く。

 エプーは種類によって皮の色が違うけれど、身は白いので皮の色に染まりやすい。だから色とりどりのエプーの皮を使って、色とりどりの花を作ろうと思いついたのだ。

 ケーキは魔界サイズなので、やっぱり大きい。それに合わせてたくさん煮こんだエプーの花をどんどん作っていく。

 エプーの華を作り終わったら、果物を切っていく。これでもか! と切って切って切りまくる。

 切り終わったら泡立ててもらった生クリームを絞り袋につめて、気合を入れなおした。

 ここで失敗するわけにはいかない。

 菓子職人のように、とまではいかないけれど、今持てるわたしの全てをかける……!

 口金は細工師たちに頼んだら面白がっていろいろ作ってくれたけれど、わたしが扱えるのは絞り口が丸い丸口金と花のつぼみが開きかけたような形をしている星口金の二種類だけだ。アルバンさんにみっちり指導してもらったおかげで、なんとか人に見せられるくらいには上達した。

 まずは一段めに丸口金で間を均等に開けながらこんもりとクリームを絞っていく。

 なんとか一周を絞り終えて、次は星口金をつけた絞り袋をもち、一段めの側面に波模様を………。しぼって…………ふぅ。ちょっと休憩。

 よし、あと半分。

 続けて側面に波模様を…………もう少し……………できた!

 よし! 次は二段め!

 二段めも丸口金で等間隔にクリームを絞っていって、同じように側面には波模様…………っと。

 よし、きれいにできた!

 次は果物を間に乗せて、それからエプーを飾って、最後にエルフィーの書いたプレートを乗せればできあがり!

 ふふふ、これを見た魔王さまは驚いてくれるかな?


「ママ、書けたよ!」

「お疲れさま。それじゃ、飾ろうか!」

「うん!」


 エルフィーはアイシングの残り少なくなった絞り袋を掴んだまま興奮気味に返事をした。

 クッキーには雅やかな字で生誕おめでとうございますと書かれていた。

 複雑な魔界文字がきれいにクッキープレートに収まっている。さすがエルフィー。

 得意げに笑うエルフィーをめいっぱいほめて、さっき切った果物を入れておいたボウルを手にとった。


「やろう、エルフィー」

「うん。高い所は任せて、ママ」


 一段目のクリームの間に赤や黄色や青や緑をした果物をどんどん置いていく。二段目は花畑に見えるよう色どりに気を付けて。エプーのおかげでかなり花畑っぽい。

 中央よりやや後ろにクッキーを立てかけるための果実を二つ配置したら、いよいよ仕上げだ。


「はい、ママ」

「ありがとう、エルフィー」


 来年はエルフィーに譲ってあげなくちゃ、と心のメモ帳にしっかり書きこんでクッキープレートを受け取った。

 ぷるぷる震える指先を胸の内で叱りつけながらそっと中央にプレートを置いた。


「……」

「……」

「…………やったね、エルフィー」

「うん。やったね、ママ」


 りっぱなバースデーケーキが完成した。

 世界でただひとつ、魔王さまのためだけのバースデーケーキ。

 これで計画の半分を無事にこなせたことになる。あとの半分はパーティーを無事に終えることだ。


「二人ともお疲れ様~。今度はおめかしの時間よ~。着付け係がやきもきしてるわ~」

「わかりました、あとはお願いしますね!」

「任せてちょうだい~」


 厨房を貸してくれたマルガさんと、室温を下げてくれている料理番にお礼を言って、ケーキの冷蔵を頼んでからわたしとエルフィーは自室へ急いだ。

 自室にはもう着付け係たちがもう全員集まっていた。待たせてごめんなさい!

 エプロンを手早く外し、今日のための服に着替える。

 普段着と違って一人では着られない本物の貴族っぽい、ちょっと豪華な服。つまりドレス。

 フリルもレースも布もたっぷりと使われていて、動きにくそうに見えたのだけれど、そんなことはなく意外と動きやすい。

 魔王さまの色である赤を基調としているので、なんだかわたしまで強くなった気がしてくる。気がするだけだけれども。

 髪も念入りに梳かして、魔王さまにいただいたリボンを結ぶ。色はもちろん赤だ。わたしの髪は短いからメイドさんが結ぶのが大変そうにしていた。

 鏡の前で一回転。よし、変なところなーし!


「エルフィーはどう……」


 くるりと振り向いた先には美の化身がいた。

 雪にも負けないくらいの白い肌はむきたてゆで卵みたいにつるりとして、指先にうっすら色付いた桃色のちいちゃな爪がちょこんとお行儀よく鎮座している。

 銀糸の髪はゆるく編み込まれ、ところどころに花が差してある。赤のリボンがさながら蜜を求めて飛んできた蝶のようだった。

 服は性別の決まっていないエルフィーのためにパンツスタイルだけれど、上着の燕尾にフリルがたくさん重ねられているため、後ろから見ればドレスのように見えたし、エルフィーの麗しさは欠片も失われていないのだった。それどころか中性的な魅力を最大限に引き出していると言っても過言ではないだろう。

 色は同じく魔王さまの赤色が使われているのだけれど、わたしのドレスとは少し違っていて、それがまたエルフィーの魅力をさらに引き出している。


「どう、かな」


 ちょっと照れたふうに笑うエルフィーがこれまたかわいい。

 うちの子ちょっとかわいすぎでは? 誘拐とかされない? だいじょぶ?


「すごっく、すっごく、すっっっっっごくかわいいしきれいだよエルフィー!

 すっごく美人! わんだほ! びゅりほ! うちの子世界一美人! 世界一かわいい!」


 そのまま抱き着いて頬ずりしたいくらいだったけど、せっかくの髪形も服装も乱れてしまうのでがまんした。えらいぞ、わたし!


「リオネッサ様、落ち着いてくださいね」

「だいじょぶ、だいじょぶです。落ち着いてますよ!」


 着替えを手伝ってくれていたメイドさんたちにくすくす笑われてしまった。うう、恥ずかしい。でもエルフィーは美人すぎるからしかたないと思う!


「ありがとう。ママもすごくきれいだよ」

「ありがとうエルフィー! エルフィーもすっごくすっごくかわいいしきれいだよ!」

「うん……。ありがとう」


 さっきも聞いたよー、みたいな生ぬるい微笑……!

 うう、エルフィーにまで笑われてしまった。し、しかたないんだよ、ほんとに! エルフィーが美人だから……!


「それでは準備も整った事ですし、会場に参りましょう。

 飾りつけも配膳も済んだそうです」

「はい。わかりました。行こうか」

「うん」


 万一にも正装が汚れたりしないように空間移動の扉を開ける。

 扉をくぐった先の会場は準備万端に整っていた。


「ありがとうございました、バルタザールさん」

「ああ、来たのか。フリッツはこっちに移動中だそうだよ」

「それならはやく並ばないとですね!」


 ケーキもごちそうも食卓にきちんと並べられて、垂れ幕も入ってすぐバーン! と目につくようになっているし、花も色紙の飾りもしっかりと飾りつけられていた。

 魔王さまと同じ空間にいられない人たちは「私達の分まで魔王様をお祝してください」とプレゼントをわたしたちに託して会場を後にしていった。

 彼らがパーティーの間なにをしているのかというと、準備に費やしてしまった人手の穴埋めをしてくれることになっている。

 くっ………! きっと、きっとみなさんも参加できるようなスケジュールを考えてみせます……!


「あ゛っ! ちょっと、バカ(ゼーノ)! つまみ食いしないでよ!」


 思わず怒鳴ると、ヤベって顔をしたあと、ゼーノは開き直って堂々と唐揚げを食べようとしたけれど、周りにいる人たち全員からにらまれてしぶしぶつまみ食いをあきらめた。

 まったく油断もスキもない……。ちゃんと別に用意してあるんだから意地汚いことしないでよね。


「リオネッサ様、魔王様がもうすぐそこまで来ています!」

「じゃあみなさん手はず通りお願いしまーす!」


 わたしとエルフィーを中心にしてみなさんがぞろぞろ並んでいく。手にはバルタザールさんが作ってくれたヒモを引っ張ると中に詰めた花びらが飛び散る道具がいき渡っている。

 さあ、魔王さま。いつ来ていただいてもだいじょぶですよ!


「魔王様ご到着まであと五、四、三、……」


 ギイ、と正面の扉が開かれ、アルバンさんが滑りこんでくる。右手の指で二、一、とカウントを続けてくれる。

 完全に扉が開き切ったところでいっせいにヒモを引いた。


「お誕生日おめでとうございます魔王さま!」

「お誕生日おめでとうございます魔王様!」


 ボフン、ボフン、と花が舞う。

 雪のように降りしきる花の中で魔王さまの瞳が見開かれた。


「これ、は………」

「みなさんに協力してもらって計画したんです!

 驚きましたか?」

「ああ。とても……とても、驚いた。祝ってくれてありがとう、リオネッサ」


 それに、と魔王さまは瞳を細めて垂れ幕を見上げた。


「皆も祝ってくれてありがとう。大変、嬉しく思う」


 えへへ。がんばったかいがあったなあ。


「さあ、魔王さま。こっちに座ってください!

 今日のための新しい料理もありますし、ケーキはエルフィーといっしょに作ったんです!」


 魔王さまを真ん中にしてエルフィーといっしょに席へ案内する。

 エルフィーは嬉しそうだ。魔王さまと手をつなぐのはひさびさだもんね。


「おかわりはたくさんありますから、いっぱい食べてくださいね!」

「おいしい、ですよ」

「うむ。ありがとう二人とも」


 特等席に魔王さまを案内したあとは全員で誕生歌を歌ってしまえば、会場に残されるのはわたしとエルフィーと魔王さまだけになる。こぢんまりとした会場とはいえ、ちょっとさみしいね。

 お祝いの言葉をめいめい贈りながら出ていく人たちを見送っていると、魔王さまが控えめにバルタザールさんに声をかけた。


「すまない。胃薬を置いていってくれ」

「ああ、うん、イイヨー」


 何かを悟ったようにバルタザールさんが薬を魔王さまに渡す。

 もしかして料理作りすぎちゃいましたか?!

 うう、これくらいなら魔王さまに満足いただけると思ったのに! でも、ムリして食べなくていいんですよ? 多かければ残してください! 来年は量を見直さなきゃ!

 そうじゃないとわたしがしるのは、誕生日パーティーが終わったその日の晩のことだった。

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