表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/105

やっぱりかわいいエルフィー

 おかしい。やっぱりおかしい。

 エルフィーがぜんぜん近寄ってきてくれない。

 ちょっと前まではママ、ママってひよこみたいに後をついてきてくれたのに……!

 一人で寝るって部屋も別になっちゃったし、これが反抗期なのかな……、なんて寂しく思ってたらだいたいゼーノのせいでした。ゼーノ許すまじ。

 殴りたかったけどガマンした。どうせ手が届かないしね! だからおやつをひと月抜きにしてやった。

 ゼーノをこらしめたあと、魔王さまといっしょにエルフィーを説得したけれど、ダメだった。

 引き続き一人部屋だし、お風呂も一人で入るようになったし、わたしの後ろにも魔王さまの後ろにもついて歩くことはしなくなった。

 寝る前の絵本だけはなんとか続けられているけれど、この調子じゃいつ断られてしまうのかとびくびくものだ。

 ううう。ゼーノぜったい許さない。

 これが親離れだよと言われてしまったらなんの反論もできないんだけど! でも、でも! エルフィーはまだ一歳にもなってないんだよ?! それなのに親離れなんて寂しすぎる!

 ………なんて、これはわたしの都合でしかないんだけどさ。

 エルフィーは魔界人なんだし、人界人とは成長速度が違うのは当たり前なんだから、エルフィーの自立をわたしがジャマしちゃダメだよね……。

 でも、やっぱり心配なものは心配なんだよー…。

 頭もいいし、飲み込みも早いエルフィーは生まれたてだなんて言われても信じられないくらい大人っぽい。ヘタをすればわたしなんかよりずっと大人っぽいよ……。あれ、これ、わたしって母親としてだいじょぶ?

 エルフィーが成長してわたしより背が高くなったりしたら、母子逆に勘違いされたりしちゃったり……?! そ、そんな……!

 牛乳……! はないからジャル乳を毎日飲もう。背が伸びるといいな……。

 あ、チーズができるか試してみよう。ヨーグルトもできないかな? 新商品のアイデアが生まれたぞー!

 ……………現実逃避はこれくらいにして。

 エルフィーは一人で抱え込んじゃうところが魔王さまによく似てるんだよね。いつもならさすが親子! って喜ぶどころなんだけど……。

 魔王さまは自分ができるからってたくさんの仕事を抱え込んで倒れちゃったひとだし。今はムリをしないって約束してくれたけど、エルフィーも同じように誰にも頼れなくなっちゃったらどうしよう。

 お城にいる人たちはみんな優秀な人たちだし、仕事をわりふればやる気百パーセントで取り組む人たちばかりなんだからもっと頼ってもいいと思うんだよね。

 ……………なるほど。偉そうに頼りなさいって言う前にまずお手本を示さなきゃダメかあ……。

 魔王さまたちと相談しなくちゃ。魔王さまだけじゃなくてアルバンさんもバルタザールさんもいろいろ抱え込むクセがあるもんね。

 お城にいる人たちってほんと、真面目で仕事中毒な人ばっかりなんだから。

 まずは定期的なお休みを取るようにしたほうがいいよね。休憩は最近はちゃんとお茶の時間を取るようになったからだいじょぶかなあ? 他は仕事のわりふり……とか?

 できる人が少ないなら増やさないといけないし、できる人がたくさんいないとみんなが交代して休めないもんね。魔王さまはもちろん、アルバンさんもバルタザールさんも率先して人に頼るようにしてもらわなくちゃ!

 腕組みしながら今夜の予定を立てていると、澄んだ高い澄んだ音が耳に届いた。

 この金属と金属がぶつかっているような、それでいて生き物の声とわかるきれいな音はギードさんの相棒のベルの鳴き声だ。

 ギードさんはエルフィーの子守りをなぜかこっそりしてくれているやさしいおじいちゃんで、ベルはオーゲルという種類の鳥で、とても小さな鳥だけれどずいぶん遠くまで声が届くすごい鳥さんなのだ。

 ギードさんがくちばしは白銀(しろがね)色、腹は真鍮(しんちゅう)色、尾羽が(くろがね)色、背は鮮やかな青銅色、羽根は先にいくほど鮮やかな赤銅(しゃくどう)色、と歌うように自慢するのもわかるくらい色鮮やかでキレイな羽根色をしている。

 昔から捕獲され続けたせいで数が少なくなってしまった現在では捕獲も売買も禁止されているオーゲルのベルがなぜギードさんといっしょにいるのかといえば、その昔、密猟者に追いかけられていたベルを危機一髪な場面でさっそうと助け出したギードさんは一目惚れをされてしまい、今に至るのだそうだ。どんなに説得しても、距離を取ろうとしても離れてくれなかったらしい。

 ベルはわたしがエルフィーに歌っていた子守唄を鳴いている。今日もギードさんがエルフィーをお昼寝させてくれているようだ。

 ちっちゃな頃はあんなに魔王さまの腕揺りかごが大好きだったのに、今は意地で起きてようとするんだもんなぁ……。なんでかな……。

 ちらりと脳裏に走る反抗期の文字を隅に追いやる。いくら成長が早いからって、まだそれは早いよ? まだ早いってば!

 しかし、いくら否定しようと、視界に入れまいとしても現実にあるものはあるのだ。受け入れなくちゃ……!

 わたしは閉じていた本を開きなおした。

 本の題名は子育てについて。人界のものだけど少しくらい参考にならないものかと読んでみた。ちなみに魔界人の子育てについては本などない! そうだ。

 こうなったらかたっぱしからまとめてやる! とヤケを起こしたバルタザールさんはまず城にいる人たちからアンケートやら聞き取りやらをして種族別に掟や習慣をまとめている。

 さすがに一人ではムリだと考えたらしく、研究室の何人かを巻き込んだ大規模なものへとなっていた。そのうち現地調査もし始めるな、あれ。

 予算がありあまってれば研究者も追加募集したいくらいだろう。予算、ないですけどね。

 商品が流通するようになれば少しくらいは増えると思うけど。増えるといいな。

 ベルの子守唄が三曲目に入ったところでわたしは本を種に戻して裏庭へ向かった。


***


「ギードさん、ありがとうございます」

「いえいえ。ベルは歌うのが好きですから」


 ギードさんの肩でベルが軽やかなステップを分で踏んでウィンクを投げてよこした。あ、あざとい。

 でもかわいい。うーむ、マスコットにしたら人気が出そう。……密猟者が増えたらダメだね。あきらめよう。


「よく寝てますから近付いても大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 ギードさんの言うとおりエルフィーはよく寝ていた。

 ちょっと前までは毎日魔王さまと二人で見ていられたのに、今じゃギードさんとベルの協力なくしては見られない。うう……、さみしい。

 けど、エルフィーには必要なことなんだよね……?

 触角をよけて、さらっとした髪をなでるとエルフィーがうっすら笑った。

 うん。これが見られるだけでもよしとしないと。魔王さまは見られないけど。

 ……定休日作らなきゃ。でないと魔王さまがエルフィーの寝顔を見られない。今夜はぜったい緊急会議だー!

 あとゼーノはやっぱり殴る!

 さらつやな髪もまあるくてかわいいかわいい頭もずーっとなでていたくなるけど、あんまりなですぎるとエルフィーが起きちゃうからそろそろやめないとね。

 起こさないようにそろりと手を引いた。………ら、エルフィーの眉間(みけん)にぐーっとしわが増えて、口もへの字に曲がった。

 ……これは、あの、もしや。

 ぷるぷる震える手を震えないよう励ましながら、またエルフィーをなでる。

 眉間のしわはきれいに取れて、口元もかわいくほころんだ。

 ……あー――~~~~~。


「落ち着いてくださいリオネッサ様」

「……………はい」


 ギードさんが小声で応援してくれる。

 右手はできる限りやさしくエルフィーの頭をなで続け、左手で自分の両目をおおって空をあおいだ。


「ここで叫んでしまえばエルフィー様が起きてしまいますよ、がんばって!」

「………………………はい」


 ふんばれわたし。エルフィーのためにふみとどまれ、わたし。

 エルフィーはすよすよ安らかな笑顔で眠っている。かわいい。

 ほっぺは生まれたばかりのころとくらべると少ししゅっとしてきたけれど、それでもまだじゅうぶんふくふくだ。子猫の肉きゅうと同じくらい触り心地がいいんだよね。

 ちょっとだけ誘惑に負けてほっぺをつっつく。

 あーふにふに。

 手のひらもつっつく。

 はぁーふにふに。

 子猫とはまた違ったふにふに感だよね。いつまでも触っていられそう。

 けれども、エルフィーを起こしちゃうわけにはいかない。そろそろせんりゃくてきてったーぃ………。


「リオネッサ様」

「はい」

「気合です。成せば成ります」

「はい」


 エルフィーの手が がわたしの 指を つかみました。

 きゅって。きゅって! ひえええぇぇぇぇぇかわいいいいい。

 んもおおエルフィーがかわいい! かわいすぎる!

 わたしに絵心があればこの瞬間を超緻密(ちみつ)な絵に描き起こしてみんなに自慢できるのに! ないから自慢話をめいっぱいします!

 しすぎると魔王さまがしょげちゃうのでほどほどのところで切り上げますけども。

 こういうのを見ちゃうとやっぱりまだまだ子供でいてほしいって思っちゃうな~。そんなに急いで大人にならなくていいんだよ?

 わたし、エルフィーのお母さんらしいことをぜんぜんできてないんだもん。

 もしかしてわたしが半人前すぎて頼りないからはやく大人になりたいのかな………。

 あ。ちょっと目の奥が熱くなってきた。引っ込んで。ああもうかっこ悪い。

 エルフィーに頼られるような“お母さま”になれるようがんばらなくちゃ!

 もうすぐエルフィーが起きちゃうころだし、寝顔を目に焼き付けてから部屋に戻ろっと。


「…………」

「…………」


 エルフィーと目があった。ばっちり。がっちり。しっかり。寝ぼけ眼でわたしを見上げていた。

 ど、どどどどどうしよう。

 うしろでギードさんも会あてているらしい気配がする。落ち着いてギードさん! わたしも落ち着きますから!

 ベルがあいかわらず歌い続けていたから寝ているものだとばかり思っていたけれど、いつから起きてたんだろう。

 そうだ! 母親らしい姿を見せられる絶好の機会じゃない! うろたえてる場合じゃないよね!

 とはいえこういうときどうするのが正解なのかぜんぜんわかんないんだけど!


「まま……」

「なあに? エルフィー」


 久しぶりに舌足らずな呼び方をされたわたしのほおはゆるゆるだ。エルフィーってばほんともう世界一かわいいんだから!

 さらにわたしの膝へぐりぐり額を押し付けてくるからさあたいへん!

 全身があぶられたチーズのように溶け出したりしないよう気合を入れなくてはならなくなった。


「眠いならまだ眠ってていいんだよ」


 むーむー言いながら、それでもエルフィーは首を横にふった。


「おきる。おきて、ほん、よむ」

「そうなの。じゃあママが読むよ。鬼の子三兄弟にしようか? 白百合と王さまにしようか?」


 額を変わらずわたしに押し付けながらエルフィーはまた首を横にふる。

 おや? ブームが去ってしまったか。なら絵描きの旅とか白猫女王と従者はどうだろう。ぐーたら姫の大冒険は?

 そのどれもに首をふって、エルフィーはますますわたしに額を押し付ける。痛くない? だいじょぶ?


「たくさんほんよんで、ままのやくにたつの」


 ぽつぽつとエルフィーは話し始めた。まるで独り言のようだった。


「まま。えるふぃー、ままのやくにたつとおもってたの。ままはえるふぃーにやさしいから、えるふぃーはそのぶんをかえしたかったの」


 最近はずっと自分のことを私って言ってたのに、名前に戻っている。

 きっと誰にも話せず胸の奥深くにしまいこんでいたのだろう。夢の中のわたしにだったら話せることなんだね。


「でもだめだったの。ままたいへんだったのに。えるふぃーはやくになてなかったの」

「そう………」


 ここでそんなことなかったよと言ってもエルフィーは納得しないだろう。だって、エルフィー自身が役に立てなかったと思いこんでいるのだから。


「ママはとっても助かったけど、エルフィーはそう思ってなかったんだね」


 顔を伏せたままのエルフィーをなでる。


「さらわれたときエルフィーがそばにいてくれたから、ママはすごく心強かったんだよ。ひとりじゃなかったからなんとかなるって思えたの。

 エルフィーがいなかったらきっとママ泣いちゃってたなあ。エルフィーがいたから連絡蝶にも防壁にも魔力を充てんできたし、ママはすごくすごく助かったよ。

 エルフィーは役に立ってたよ」


 どう言えばわたしの思ってることが伝わるかな。伝えるってむずかしいねぇ、エルフィー。

 わたしなんか単純だからぎゅっとされて大好き、とかがんばったね、って言われれば嬉しくて次もがんばるぞー! ってやる気が出せたり、落ちこんでる気分がすぐ上向いたりするけど、エルフィーは違うんだね。わたしよりもっとずっと繊細(せんさい)なんだ。

 少しでもわたしの思ってることが伝わればいいな。少しでもエルフィーの気が晴れるといいな。

 わたしはエルフィーが役に立つと思ったからまゆたまごを拾ったわけじゃないんだよ。役に立ってるから育ててるわけじゃないんだよ。

 エルフィーを拾ったのは偶然だけど、エルフィーが大好きだからいっしょにいるんだよ。

 血は一滴だって繋がってないけど、わたしはエルフィーのことを大事な、大事な家族だと思ってるよ。

 のろのろと顔を上げたエルフィーはもう寝ぼけてはいないようで、湖面のようにきれいな瞳は本物の湖のようにゆらゆらと揺らいでいた。

 きっと、エルフィーは頭が良いから難しく考えすぎちゃうんだろうな。そんなところもかわいいんだけど。うふふ。

 なんて、エルフィーならなにをやってもかわいいんだけどね。

 ぎゅーっとエルフィーを力いっぱい抱きしめる。もちろん痛くないように。

 エルフィーが慌てたみたいにもぞもぞ動いても知らんぷりだ! だってわたしはエルフィーが大好きでたまらないんだから。


「エルフィー。ママはエルフィーはだーい好きだよ。だからいつだって抱きしめたいし、甘えてほしいし、笑っててほしいな」


 勢いよくエルフィーが顔をあげた。

 ちっちゃな唇がわなわなと震えて、開いたり閉じたりをくり返す。そのうちに大きな瞳からぽろぽろと宝石のようにきれいな滴がこぼれだした。

 ひっくひゃっくとしゃくりあげ始め、眉間にしわがよって、口はぐにゃんと曲がって、鼻水まで出てきた。

 ふええ、と弱弱しい泣き声を皮切りに最後はびゃああああああ、と周りの小動物が逃げ出す声量になった。

 今までいろいろがまんしてたんだね。エライね。気付けなくてごめんね。

 そんな思いでわたしはエルフィーが泣き疲れて再び寝入ってしまうまでその背中をなで続けた。

 泣いて泣いて、泣きはらしたエルフィーの顔はまぶたは腫れるは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるはでひどいものだったけれど、それでもやっぱりかわいかった。

 それから、前みたいにはいかないけれど、わたしにも魔王さまにも少しだけ甘えてくれるようになった。

 うんうん。やっぱりエルフィーはいつだってエルフィーはかわいいけど、笑顔が一番かわいいよ!

 やっぱり部屋は別々のままだけど!

今日のお前もな大賞

>魔王さまだけじゃなくてアルバンさんもバルタザールさんもいろいろ抱え込むクセがあるもんね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ