またまたトラブル
会議開催日程の一週間はあっという間にすぎた。
新しい特産品の売り込みもうまくいったし、会議も問題なく終わったらしい。
メガネのおかげで今回はあまり怖がられずにすんだとほめてもらえたわたしの機嫌は天井知らずだ。
ぎっしり詰め込んだスケジュールのおかげでまったく観光ができなかったので、滞在期間を延ばして少しくらいは観光しよう! ということになったのだけれど、好評だった布や野菜の問い合わせが多くてまたまたスケジュールがぎっしりつまってしまった。
外貨獲得のチャンスですね、とアルバンさんは引き続き嬉しそうだし、張り切っているのだけれど、わたしは正直言うと複雑だ。魔王さまとの観光デート……。
しかし、アルバンさんの言う通りチャンスなのは間違いないので、泣く泣くお茶会などに顔を出すことに決めた。魔王さまにも面会依頼がたくさんきていたし、しかたないんだけれどやっぱりさみしいなぁ……。来年になれば少しは落ち着いているだろうから、来年はのんびり観光しようと指切りできたのは嬉しかったけどね! やっぱり魔王さまは世界一やさしいなあ……。
という訳で、今日も魔王さまのお役に立つべく呼ばれていたお茶会に足を運んだわたしなのですが……。
どうしてこうなった。
「安心してくださいね、リオネッサ様。貴女の事は我ら『光の使者団』が見事救い出して差し上げます」
何を言ってるんだろう。言葉はわかるのに、意味がまったくわからないし、はっきり言って不安しかない。
そもそも救い出すとか言っておきながらなんでわたしを後ろ手で縛ったの? この人たち頭だいじょうぶですか?
「あなたがたがどこの誰かはぞんじませんが、わたしを救い出すと言うのならまずこの縄を解いてください。そのあと魔王さまのもとへ帰していただきたくぞんじます」
敬語とか苦手だし、今めちゃくちゃ怒ってるのによく言えたわたし。でもそんなわたしのがんばりはまったく届かなかったようで、バルタザールさんよりもゼーノよりもうさんくさくてうすっぺらい笑顔を浮かべた自称光の使者さんは安心してくださいと繰り返した。
「貴女が魔王に洗脳されているのはよくわかっておりますとも。術師が到着次第すぐに解術を施してさしあげますから」
どうしよう、ぜんぜん話が通じない。
いやいやいや、あきらめちゃだめだ。見たところ人界出身同士みたいだし、話せばわか……
「そして貴女を脅かし続けた魔王を見事打ち倒してご覧に入れましょう!」
りあえないね、コレ!
魔王さまを倒すとか天地がひっくり返ってもありえないんで! たかだか! あんたらみたいな! 見るからにひ弱そうなただの人界人に! 魔王さまを倒せるわけが!! ない!!
……落ち着こう。はい深呼吸深呼吸。魔王さまが人界に来るのは多くても年に二、三回だし、魔王さまのすごさを知らなくてもしかたない。うん、しかたないね。しかたないからわたしが魔王さまのすごさを教えてあげなくちゃね!
まずはどこから説明したものかと考えていたら、自称光の使者さんはいつの間にやらいなくなっていた。まあいいや。次に来たらきちんと説明しよう。
魔王さまは世界一やさしくてかっこよくて、紳士でちょっとかわいいところもあって、頭が良くて博識で、草花を育てるのが上手で、かわいいものが好きで、甘いものも好きで、おいしいものを食べると目元がほころぶとか。
まだまだあるけれどこのへんにしておこう。それよりここから脱出する方法を考えなくちゃ。隙あらば魔王さまの良さを広めたいのはやまやまだけれど、迷惑はかけられないもん。
護衛であるホルガーさんもヨルクさんも今はいない。いるのは寝ているエルフィーだけだ。
ニファシオブ侯爵の館へ向かっていた馬車の中、珍しくホルガーさんもヨルクさんも眠ってしまったから疲れているのかな、予定つめすぎちゃったかな、とわたしの膝上ですよすよ寝息を立てているエルフィーの頭をなでながら反省していると、馬車が止まった。もう着いたのかなと思ってホルガーさんを起こそうとしたら乱暴な音とともに扉が開かれたのだ。
「リオネッサ様ご無事ですか!」
この時からもうおかしかった。
怪しさ満点の覆面男に無事を確認されてもなあ、という感想しかない。いきなりのことでわたしが固まっていると、寝ていたエルフィーといっしょに問答無用で連れ出され、あれよあれよと今いる小屋に閉じ込められた。
おかしいといえば、わたしよりもだんぜん体力のあるホルガーさんたちが眠った時点でおかしかったのだ。噂に聞く魔界人にしか効かない薬とかだろうか。用意周到だなあ。考えたくないけど、もしかしたら自称光の使者さんとニファシオブ侯爵がグルということはないよね? だとしたら外交問題に発展しちゃうんだけど……。
昔の魔族より力が弱体化した魔界人とはいえ一騎当千を地でいく魔王軍に人界人が勝てるとは思えないんだけど……。頭悪そうに見えて実はよほど頭がいいにちがいない。勝算があるから実行してるんだろうし。
ここを早く出なきゃいけない理由が増えちゃった。ホルガーさんたちは無事かな。ケガとかしてないといいんだけれど。
エルフィーはリボンのおかげで触角が隠れてるから人界人だと思われているはず。エルフィーが寝ているうちに抜け出さないと。わたしたちを攫った無頼漢相手とはいえ、この前の牛人間みたいに細切れミンチにしちゃったら外交問題待ったなし。
まずはバルタザールさんにもらったお役立ち道具を使おう。
ブレスレット型カッター! どういう理屈なのかさっぱりだけど、指定したものをスパっと切ってくれるすぐれものなんだって。もちろん魔界語じゃないと動かない。
「わたしの腕をしばっている縄を切って」
縄がすっぱりと切れた。まずは手の自由をゲット。窓のないこの小屋からじゃ外をうかがうことはできない。窓があればリボンに擬態した連絡蝶を飛ばせたんだけれど。
そんなときは髪飾りに紛れさせることのできる耳栓型集音器! 一見ただの耳栓なのに耳にいれるとあら不思議、周囲の音がくっきりはっきり聞こえちゃう!
「魔王の場所はわかったのか」
「国賓館にいるのは間違いない」
「早く手紙を」
「ドゥステッカ国宰相と会食らしい」
「野蛮な獣ふぜいが調子に乗りやがって」
調子に乗ってるのはあなたたちですからね?
魔王さまは思い込みと勘違いと偏見でバカやってるアナタたちより万倍も理知的で聡明なお方ですからね? むしろ比べるのすらおこがましいわ。
物音や話し声で小屋の周りに五人は男の人がいるとわかった。ガチャガチャいってるから鎧をつけているのは確定。でもさっきの人を見た限り正規軍って感じじゃなかったよね。雇われたのか、魔王軍に恨みでもあるのか。
まあそれはどうでもいいか。大事なのは五体満足で魔王さまのところへ帰ることなんだし。
正面突破はむり、と。どうしようかな。
あとのお役立ち道具ってちょっと物騒なのばっかりなんだよね。ちょっとくらいのケガだったらおとがめなしになるかもだけど、再起不能になったりしたらさすがに後味が悪いもんね。
………でも小屋がちょっと壊れるくらいはしかたないよね?
「エルフィー。寝てるところ悪いんだけど、起きられる? だいじょぶ?」
「まま……?」
「おはよう。起きたばっかりで悪いんだけど、歌えそう?」
「むにゅ…」
やはり魔界人にしか効かない薬を使われたのだろう。エルフィーは過去最高に眠そうだった。エルフィーの歌で防壁を作ってもらうのはむりになったので、フリル型防壁と連絡蝶に魔力を充てんさせてもらう。眠たいのに魔力を消費させてしまってたいへん申し訳ない。
今度は魔力を充てん済みのものか、魔力を充てんしなくてもいいものがないか聞いてみよう。
魔力充てん完了! 防壁展開も完了! 連絡蝶もスタンバイオッケー!
あとはバルタザールさんいわく、ちょっと大きな爆発が起きるボタン型爆弾を壁に投げつけるだけだ。えいっ。
衝撃で爆発するって言ってたけどわたしが投げつけたくらいで爆発するのかなあ?
………………心配するだけムダでした。あんなちっちゃな見た目ただのボタンが小屋をみごと半分吹き飛ばしました。わたしひとりが通れるくらいの穴でよかったんだけど?! 念のために防壁展開させておいてヨカッタ!
逃げられるのはいいけどすごい音だったからもう気付かれてるよね。むしろ気付かないほうがおかしい!
「なんだ今の音は!!」
「襲撃か?!」
すみません、襲撃じゃなくて内側からの爆発です! ちなみに修理費は払いませんよ。閉じ込めたほうが悪いんですからね。
エルフィーを背負って一目散に走り出す。ドレス走りづらい! 今度からはもっと動きやすさも考えよう。
ありがたいことに小屋のまわりは森だった。でもドレスひっかかる。隠れやすいのはいいけど、ドレスひっかかる! せっかくのドレスなのに! 帰ったらドレスの補修費を請求させてもらいますからね、自称光の使者団さん!
連絡蝶がアルバンさんのところにたどりつくまでどれくらいかかるんだろう。それまで逃げて逃げて逃げまくってやる!
「うぅー。ままー」
「ゆらしてごめんね、エルフィー。ちょっとがまんしてね」
「あい」
背後では大声でわたしたちを探す男たちの声がする。
「リオネッサ様ご無事ですかー!」
「消火はやくしろ!」
「リオネッサ様どこですか!」
「ひどいありさまだ!」
「探せ!」
「まさか、死んだのか?!」
生きてます。かってに殺さないでください。でもそのまま勘違いしててください。その間にわたしたちは逃げます!




