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魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


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リオネッサのがんばり

 やって参りました王都イレニティア。

 人界最大の国、ルデイア王国の都市で、王の住んでいる城があって、城下町があって、市場があって、人がいっぱいいて、とにかくにぎやかで華やかで、目が回りそうなところだ。エルフィーも好奇心で瞳を輝かせ、馬車の窓から(のぞ)き見ていた。

 わたしも王都に来るのは初めてだったので、見るもの聞くものすべてが珍しい。祭りでもないのに屋台は出ていたし、道は石畳がきれいに敷き詰められたし、噴水まであるし、建物は石造りで頑丈そうだしで、魔界ともわたしの故郷(いなか)とも違うのが馬車の中からでもよくわかった。

 わたしの故郷は王都どころかルデイア王国からも離れた小国中の小国の田舎だからしかたないけれど。そういえば人界は小国を統合してルデイアを中心に五つの大国になろうという動きがあるらしいけれど、どうなることやら。

 今乗っている馬車は人界でよく見る普通の馬車だ。ばしりんと名付けた馬なし馬車は人界との界境(かいきょう)で人界の馬車に乗り()えた。なぜなら見た目がとにかく怖いから。

 竜骨を使っているから大きな骸骨竜が首だけで走っているようだし、本来なら目玉があるはずの黒々とした穴の中には目玉の代わりに不気味な炎が燃え吹き出していたりで、魔界に馴染んできたわたしでも怖いと思うのだから、免疫のない人界人が見たら腰を抜かすのは確実だろう。おまけに時々叫び声のようなものも聞こえてきてさらに気味が悪い。

 三界合同会議は不可侵、不干渉と友好を確かめあう場でもあるので、いたずらに恐怖心を抱かせるわけにはいかないのだ。乗り換えるときにばしりんが寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 大昔にあった大戦争を経験した人界人はいないけれど、子供が悪さをしたら魔族が来るぞと言うのが人界でのお約束だ。魔族はもういないのだけれど、魔界人を魔族と混同して敬遠する人界人も少なくない。だから、刺激は少ないに越したことはない。

 わたしとしてはもう少し歩み寄りたいなあ、というのが本音だ。けれど、魔界人を怖がる人界人がいるように、人界人を怖がる魔界人もいるのが現状だ。ゆっくりでも分かり合っていけるように、気長に構えるしかない。そのための特産品アピールなのだし、がんばらないと。

 会議に出る魔王さまの服装を調えるのは楽しかった。たてがみを梳かして、特別に作った香油をつけて、レースを使ったとっておきのリボンで結んだ。背広やシャツも新調したし、クラバットの刺繍も気合を入れたし、爪もピッカピッカに磨いた。しっぽにもリボンが似合うか否かをアルバンさんたちと話し合ったときはとっても白熱した。

 人間相手だと睨んでいると思われ、怖がられがちな魔王さまに解決策としてメガネもプレゼントできたのでとても良い旅になったと思う。これでわたしが着飾ることさえなければ完璧だった。

 コルセットも化粧も、人混みも人前でしゃべるのも苦手だけれど、こればかりはしょうがない。魔王さまの隣にふさわしいお、奥さんとして、しっかり努めなければ。

 わたしの失敗は魔王さまの体面にもかかわってしまうのだからなお気合が入るというものだ。とりあえず、いつでもどこでも笑顔だ笑顔! わたしは魔王さまに嫁げて幸せですって宣伝して回らなくちゃ!

 ヴィーカからの手紙でわたしが魔王さまに嫁がされたかわいそうな少女ということになっていると知ってものすごく驚いた。

 近所の人たちは祝福してくれていたから、まさかそんな勘違いをされているとは夢にも思わなかったのだ。ヴィーカの婚約者であるオルフェオが頻繁(ひんぱん)に人界のあちこちを旅する商人で助かった。

 でなければ、何も知らないわたしはやさしい魔王さまたちに甘えてしまって最低限の外交で済ませていたに違いない。ああもう、ほんとわたしって考えなし!

 そんなわけで、わたしは魔王さまたちが会議に出席している間の時間のほとんどを貴族女性の外交の場であるお茶会に出席して過ごしている。

 小さいころは上流貴族の華やかそうなお茶会に憧れていたのものだったけれど、体験してみるとそこまで憧れるものじゃないと嫌でもわかる。みなさんきれいに着飾ってるし、柔和そうな笑顔を浮かべていらっしゃるけれど、どこか怖い。

 もちろん笑顔で怒っているバルタザールさんやアルバンさんたちに比べればぜんぜん怖くないんだけれど、少し種類が違うというかなんというか。たぶん、田舎者扱いされてバカにされてるんだろうなあ。見下されたような笑顔っていうんだろうか。

 わたしが田舎者なのは事実だし、上辺だけでも仲良くしてもらえるならぜんぜん構わないんだけど、後ろで控えてくれているホルガーさんと、新しく護衛兼使用人になってくれたヨルクさんが怒ってるみたいで怖い。

 二人とも笑顔で給仕とかしてくれてるんだけど、受け答えもしっかりしてるんだけど、なんだか不穏だ。例えると、今にも雨が降り出しそうな空模様というか。

 事前にアルバンさんたちと相談した通り、問いかけには笑顔で相槌を打って、ちょくちょく魔界はいいところですよアピールをしているんだけど、いまいち伝わってないみたいだからそのせいかなあ。誰だって故郷をバカにされるのは嫌だものね。

 魔王さまがどんなにいい人か力説しても軽くかわされて話題がするりと変わるし。わたしとしてはもっと魔王さまと魔界のよさを広めたいんだけど。

 他の人のだいたいおんなじような話ばっかりでごっちゃになるし、飽きちゃうよ。どこそこに美形がいるとか、流行のお芝居やお菓子やドレスがどうのとか。

 魔界に劇場はないし、お菓子は城でしか作ってないし、ドレスもわざわざしつらえてまで着るのはわたしぐらいだろうし。みんな魔物獣の皮とか木の皮とか植物をうまく服を作れるからなあ。

 魔界では実用的なもののほうが喜ばれるんだよね。お菓子かと思えば兵糧(ひょうろう)だった、なんてことがよくある。

 服だって、そもそもわたしが嫁ぐまで仕立て屋さんがいなかったくらいだし。今は見習いさんもふくめて五人だから、流行を作る以前の問題なんだよね。みなさん、ほんと自給自足が得意だからなあ。

「それで、リオネッサさまが着ているのはどいういったものが使われているのかしら」

(ワタクシ)のはリャリャク産の絹糸を使っていますのよ。夫がこの日のために特別に誂えてくださったものですの。流通が少なくて集めるのに苦労したそうですわ」


 わたしの返事は期待していないんだろう。アッセニーミ国の公爵夫人がそう言ったのを皮切りに(ワタクシ)のは(ワタクシ)のも、と次々にドレス自慢が始まる。たぶん、ものすごく高いんだろうな。たしかにわたしのドレスは絹じゃないし、高くもないんだけどさ。


「わたくしのドレスは魔王陛下が選んでくださったものです。みなさまがご存じのとおり、魔界では特産品が少なく新たな特産品を、と研究している最中のものでして一点物なのです。今も傷や汚れを付けないように緊張しております」


 だからヘマをしても大目に見てくれないかな、という気持ちは伝わっただろうか。

 いろんな魔界虫の糸や植物の繊維を使って染色もいろいろ試している最中なので、試作品は一点物が多い。手間や色味などを考えて量産できそうなものがようやく定まってきたところだ。

 機織りを受け持ってくれているザデナロウプ族は自分の糸にこだわる人が多くて、納得いかないとすぐ食べてしまう。今着ているドレスは試作品をムダにしたくないので我がままを言って作ってもらったものだ。

 ザデナロウプ族が出す糸で作った布はとても軽いし発色もいいけれど、糸を取れるのは年に一回なので量産に向かないと没になったものである。わたしが実家から持ちこんだ型紙から作ったものなので人界の流行にはかすりもしていないだろうけれど、華やかに見えるようメイドのカチヤさんがレース作りをがんばってくれたおかげでこの場にいても浮かなくてすんでいる。


「そ、そうなのですね………」

「はい。職人のかたたちと試行錯誤しております。この間はとても手触りのいい布が織れました。染色も容易で、何年かしたら流通させることができると思います。


 この布なのですけれど、とホルガーさんに合図して見本を出してもらう。人界へ輸出するものなのでここで貴族の意見を聞けるのはとてもありがたい。


「まあ……!」

「これは素晴らしい手触りですわね……!」

「うっとりしていしまいますわ……」

「初めて見ますわ……!」


 きゃっきゃっとおしとやかに、けれど力強く布を奪いあう奥様がたに感心しつつ、心のメモ帳に記憶しておく。市場調査は大事だ。

 他にもいくつか布や野菜やお菓子を紹介してお茶会を無事乗り切った。うぅ、肩がこる……。


***


「お疲れ様です、リオネッサ様。お見事でした」

「何か食べますか?」

「お二人もお疲れさまでした。おやつをちょっとだけ食べたいです。ああいう場所で食べても食べた気がしなくて」

「あまり食べていらっしゃいませんでしたものね」


 三人でちょっとだけクッキーをいただく。夕食は晩さん会の前に早めにいただくから、ほんのちょっと。アルバンさん印のおいしいハーブクッキーで、心身の疲労に効果があるらしい。


「ホルガーさんもヨルクさんも宿につくまで変身を解いてもだいじょぶですよ。窮屈(きゅうくつ)でしょう? 馬車の中なら人目もありませんから」

「お言葉に甘えて……、といきたいところですが、大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」

「だいぶ慣れてきましたし、宿では解きますので心配はご無用です」

「おふたりともすごいですね……」


 むむう。がんばりやさんだ。わたしもがんばらないと。

 明日はお茶会が午後に一件だけだし、今日以上の注目を集めるためにアルバンさんと作戦会議だ!


「このまま特産品の販路を広げるためにも奥さまがたの話題をかっさらい続けますよー!」

「リオネッサ様、揺れて危険ですから馬車の中ではお静かに」

「……はい」


 笑いをかみ殺すヨルクさんを見ながらホルガーさんがアルバンさんに似てきたなあと遠い目をするわたしであった。

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