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魔王さまと花嫁さん  作者: 結城暁


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後の新年祭

「すまなかった…………」

「顔をあげてください、魔王さま。わたし、怒ってないですから」


 新年祭は噂が噂を呼び、今年はなんと一週間も続いた。

 去年の参加者を大きく上回り、フィルヘニーミからも猛吹雪に負けず来てくれた人が大勢いて、盛況なのは良いことなのだけれど、とても良いことなのだけれど、一週間も続くのはどうかと思う。

 どーも、一週間ひとりさみしくご飯を食べてたリオネッサです。

 いえ、去年と違って魔王さまたちが帰れそうにないと聞いてラシェに泊まり込んでましたけども。

 日中はまだよかった。けれど、夜になって完成したばかりの魔王さま用の宿泊施設のひろーい部屋のひろーいベッドでひとりで寝るわたしはたいへんさみしかった。

 規模が大きくなりすぎて人手がたりなくなり、急遽呼び戻されたメイドさんたちがちらっと話してくれた新年祭では、飲めや食べろや歌えやの大騒ぎだったそうですね?

 ローテーションで狩りに行く人、料理をする人があらわれ、城の料理人は運ぶのがめんどうになり急ごしらえのかまどを広場に建設し、鍋から直によそいだしたそうで。

 それはもう見たかったけど、ガマンしましたとも。危ないので、ええ。

 ガマンしてみんな楽しんでるんだろうなあ、と想像しながらひとりでご飯を食べましたとも。台所がちゃんと使えるか確かめないといけなかったので!

 付き合いとはいえ一週間もお疲れさまでしたー。


「本当にすまない……」

「謝らないでくださいってば。わたし怒ってませんよ」


 うふふ。ほんとに怒ってませんよ。


「いや怒ってるだろ」


 ゼーノの発言となにか言いたげなバルタザールさんは見なかったことにする。


「リ、リオネッサ……」

「はい、なんですか魔王さま」


 笑いながら魔王さまに応対するわたしの背後からこそこそとバルタザールさんが部屋を出て行く。

 ゼーノは困惑しきりのエルフィーを連れ出していった。


***


 ゼーノはエルフィーを小脇に抱えながらようやくか、と息を吐いた。

 リオネッサは普段から怒ることはあるが、それは本気ではなく子猫がじゃれついたときに叱ったりするような些細なもので、本気で腹を立てるということは滅多にない。

 ゼーノが本気で怒られたのは幼い頃、村の守護獣との追いかけっこに巻き込んだときくらいだ。

 小脇に抱えたエルフィーを見る。おとなしく腕に揺られている。初めて見るリオネッサの姿にショックでも受けているのだろう。

 エルフィーもめんどくさい性格をしているが、リオネッサも大概めんどうな性格をしているのだ。人間なんてどいつもこいつも面倒な生き物なのかもしれないが。

 本気で怒るのに何年かかってんだ、嫁いで何年目だ、とゼーノはエルフィーを投げ出した。

 投げ出されたエルフィーは中庭の草塗れになったが、そんなことを気にする余裕はないらしい。


「ママがあんなに怒ってるの、初めて見た……」

「まあアイツも人間だからな」


 なんだそれは、答えになってないぞ、という非難がましい視線を感じるが、ゼーノは気にせず煙草にふかす。


「人間は泣くし、怒るし、笑うもんだ」

「……そう、だね」


 エルフィーは『ママ』という完璧な像をリオネッサに見ていたことに気付き、反省して項垂れた。

 いつも笑顔でやさしく接してくれるリオネッサに勘違いをしていた。人間は完璧ではないのに。

 もしかして今までも我慢してくれていたのだろうか、と肩を落とし更に落ち込むエルフィーの頭をゼーノが乱暴にかき回す。


「前も言っただろ、あいつのご機嫌なんてお前がちょっとかわいく宥めればすぐなおるっつーの。花でもつんで持ってけよ」

「………うん、やってみる」


 ゼーノの助言に従い、エルフィーは中庭にいたアルラウネ達からきれいな花をわけてもらう。どうせならお菓子も贈ろう、と小さいほうの厨房に向かった。

 リオネッサと違ってエルフィーは厨房への立ち入りを禁止されてはいないが、こちらのほうが作業しやすいのだ。まだ子どもで周りの大人たちと比べて体の小さいエルフィーにはリオネッサが使いやすいよう作られた小さい厨房の間取りのほうがやり易い。


「なんでママが、あんなに怒ってたのかわかる?」


 ちらり、とゼーノがエルフィーを見下ろしてきた。


「お前は?」

「……さみしかった、から?」


 自分であれば、と考えてからエルフィーは答えを出す。ゼーノはそれもあるだろうな、と肯いた。


「あとはお前らの体の心配と自分も参加したかった、ずるいっつー気持ちだろ。ようは拗ねてんだ」


 なるほど、とエルフィーは花の匂いをかいだ。良い匂いがする。


魔王城(ここ)で純粋な人界人はあいつだけだしな。仲間外れにあった気分だったんだろ」

「……」


 これにもなるほど、とエルフィーはゼーノを見た。中身はどうしようもないが見目だけは美しい男なのである。


「今ごろ魔王は死ぬほど落ち込んでるだろうし、リオネッサも八つ当たりしちまったとかで塞ぎこんでるかもしんねーけど、お前ならなんとかできんじゃねーの?」

「……!」


 そうだろうか、とエルフィーは歩みを早めた。


***


 めそめそめそめそ。

 魔王はめそめそしながら執務をなんとかこなしていた。

 あんなに怒ったリオネッサは初めて見た。本人は怒っていないと言っていたが。

 一片の曇りもない笑顔で怒りをあらわにするリオネッサも凛々しくて素敵だったが、怒られるのは精神的に大変な衝撃を魔王に与えていた。

 これからは怒らせないようにしよう、どうしたら許してもらえるだろうか、とペンを走らせる。

 呆れたようなバルタザールが書類とともに言葉をよこしてくる。


「放っておけばその内もとに戻るんじゃないか?」

「それは駄目だ。こういう時こそ男としての真価が問われると、本に!」

「本かあ……」


 それはどうだろうか、と思ったバルタザールだったが口には出さないでおいた。それに魔王城にある本のほとんどは人界のものであるので信憑性はあるのかもしれなかった。

 いずれにしろ夫婦喧嘩はルフントも食わない。もちろんユキオオカミも食わない。


「ああしかしいったいどうすれば……。プレゼントだろうか……それとも料理……?」


 悩む魔王の手はそれでも止まらず、書類の山は数を減らしていく。机仕事の終わりは見えても結論はまだ出ていない。

 どうしたものか、と頭を抱えたくなった魔王のもとにエルフィーが訪れた。豪快に執務室の扉を開け放って。


魔王様(パパ)!」

「エルフィー?」

「元気があってなによりだけど、扉はもう少し静かに開けてくれ」

「ごめんなさい、バルタザールさん」


 ふだんのおしとやかさはどこへ行ったのか、興奮したようすで大股に歩いてくるエルフィーの手には紙の束が大事そうに抱えらている。


「これを、どうぞ! 案を考えて、きました!」


 執務机の空いている場所へその紙束を広げる。魔王の目が驚きで開かれた。それを覗き見たバルタザールはほう、と反対に目を細めた。

 エルフィーの持ち込んだ紙にはリオネッサの喜びそうなもの、ことが記されていた。


「……エルフィー、ありがとう!」

「いいえ! これでママに、きちんと謝りましょう!」

「ああ!」


 やれやれとバルタザールは肩をすくめる。

 紙には『ママへの謝罪大作戦』と題されていた。


***


 一方そのころ、ラシェでは。

 ゼーノの予想通りリオネッサは盛大に落ち込んでいた。


 あああああああああ。魔王さまはぜんぜん、ぜんっぜん悪くなんかないのに、あんな八つ当たりをしちゃうだなんて……魔王妃失格だあ……!

 深く深くため息をつくわたしにおろおろとさせてしまったメイドさんたちには悪いと思いつつ、ひとりにしてもらった。

 そうしてひとりになって冷静になればなるほど恥ずかしくなってきた。いやもうほんと八つ当たり以外のなにものでもない……! うわあああああああの時のわたしを埋めたい!

 クッションを抱き込んで、じたばたごろごろしても恥ずかしさは消えない。

 とりあえず魔王城に帰ったらみんなに謝ろう。

 魔王さまはもちろん、エルフィーにもアルバンさんにも、バルタザールさんにも。あとついでにゼーノ。

 今朝のことを話したお母さまにはアラアラウフフ仲が良いのねと微笑まれたけど、そんないいもんじゃないです。現にわたしは今地中深くに埋まりたいのだし。

 裁縫も掃除も手につかず、自分の失態を思い出してもだえているとあっという間に晩さんの時間になってしまった。時の流れが無情すぎる。覚悟を決めるまでもう少し待っていてくれませんかね?

 だけれど、わたしも魔王さまに嫁いで三年目! 腹をくくります!

 と、意気込んで晩さんの席に着いたわたしを待っていたのは魔王さまたちからの謝罪だった。あれえ?


「すまなかった、リオネッサ!」

「ごめんなさい、ママ!」

「え、あの、ふ、ふたりが謝ることなんてなにもないですよ? 謝らなきゃいけないのはわたしのほうで……」

「いや、君の寛容に甘えていた我々の落ち度だ。君がああまで怒るのも無理はない」


 いやあああああ! 忘れてください!

 こくこくとエルフィーがうなずく。ああああ忘れて! おとなげないやつあたりをしたお母さまのことなんて忘れて!

 羞恥と申し訳なさに固まっていると、お詫びだと花やお菓子を渡された。

 それから再び頭を下げられる。

 下げないでえええ! 上げてくださいいぃぃ!


「やはり新年祭は数多くの魔界人が集い、中には羽目を外し過ぎる者もいる。リオネッサの身の安全のためにも参加はさせられないのだが、リオネッサと参加できる休暇を設けることにした」

「え、あの、でも……お仕事があるのでは……」


 ただでさえ机仕事が溜まりがちなのに、予定外に長くなった新年祭の埋め合わせはどうするんだろう。

 ちろりと仕事の鬼たちアルバンさんとバルタザールさんを見るとにっこり、と笑われた。


「大丈夫。最近のフリッツは裁可の判を押すのが主で机仕事は減ってきてるから」

「魔素濃度調査も今回羽目を外し過ぎた方達に振り分けさせていただいておりますので。

 魔王城の庭を汚した分くらいは働いていただかないと……」


 アルバンさんが静かに怒っていらっしゃる。にこにこ笑顔で並んでいるメイドのみんなもちょっぴり怖い。

 庭の片付けがよほどたいへんだったみたいだ。


「断ると来年の参加資格は無しになるからね。皆さん快く承諾してくれたよ。次回からは自分で汚した分は自分で片付けるって約束もしてくれたしね」


 これ、約束させた、が正しいのでは。ひええ、さむい。


「僕の研究材料も派手に狩られたからね……」


 あとから聞いた話なのだけれど、バルタザールさんは研究材料の森の賠償を金銭で求めたそうだ。物々交換禁止。

 魔王城とその周辺でちょこっと流通しているだけの硬貨を魔王城周辺以外から来た人たちが持っているはずもなく。ばっちり契約書まで作って、しかも利子までついているというからもう、ほんと、バルタザールさんて怒らせちゃダメだなって。

 森で狩りをしないと食料が足りないという意見は、森での狩猟は許可を出していないし、一人一皿は確実にあったのだから食べ終わったら帰れ、と一刀両断されてしまったそうな。


「来年はママだけを仲間外れになんてぜったいにしません!」

「その通りだ。寂しい思いをさせてしまった埋め合わせを我々にさせほしい」

「そんな、仲間外れだなんて、思ってませんし、埋め合わせなんて、そんなの」


 魔王さまたちといっしょの休日はそりゃあ嬉しいけれども、でも、迷惑じゃあ……。

 もごもご、何も言えないでいると、今の今まで晩さんを貪り食らっていたゼーノからヤジが飛んできた。


「いいからおとなしくもらっとけ。拗ねに拗ねてあとから爆発するよかマシだろうが」

「うぐ」


 正論すぎてぐうの音も出ない。


「リオネッサ。君と毎日会えないのは私も寂しかった。今朝の凛とした君も素敵だったし、機会があればまた見たいと思う。それから、我がままを言ってくれると私はとても嬉しい。

 怒られたのは少し、ほんの少しだけ、打ちひしがれたが」

「ごめんなさい!」

「かっこよかったよ、ママ」

「忘れて!」

「それも長い目で見れば笑い話になるだろう」

「そうだといいんですけど……」


 みんなで笑いあって、冷めてしまった晩さんを美味しく腹におさめた。

 翌日からの三日は親子水入らず、平穏にすごし、四日目は各地から届いた謝罪やら弁明やら返礼品が届いて、てんやわんやで忙しかった。

 来年の新年祭はもう少し短く、無事に終わりますように。

 それから、バルタザールさんへの借金を返すために出稼ぎに来た人たちがはやく故郷に帰れますように。

タイトルの後の新年祭はあとのまつり、と読んでください。

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